スガキヤの「ラーメンフォーク」。撮影=上野英和

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愛知県を中心に静岡県から兵庫県まで332店(派生ブランド含めて361店。2017年4月現在)を展開する「スガキヤ」の愛用者にとって、おなじみなのが先の割れたスプーンだ。正式名は「ラーメンフォーク」という。学校給食で使った「先割れスプーン」の進化形のような形で、スガキヤを象徴する存在だ。

ラーメンフォークは、スープを飲むためのスプーンと、麺を食べるためのフォークが合体した食器だが、現在のラーメンフォークは10年前の2007年に全面刷新されたことをご存じだろうか? フォークの歯が3本から4本と増えて、麺がすくいやすくなり、従来は右側に寄っていたフォークの歯が、左利きの人も使いやすいよう中央になった。女性デザイナー・高橋正実氏とノリタケカンパニーリミテッドの共同開発だという。

■「環境保全」と「ケチガキヤ」

この食器が開発された経緯は、2つある。オモテの理由とウラの理由だ。オモテの理由は「環境にやさしいこと」だ。スガキヤを運営するスガキコシステムズ取締役の菅木寿一氏がこう説明する。

「ラーメンフォークが開発されたのは1978年で、先代社長で創業者の菅木周一(寿一氏の祖父)が考案しました。箸の原材料となる木材の伐採=森林破壊が言われ始めた時代で、祖父は毎日大量に捨てられる割り箸を見て心を痛めた結果、環境保護の視点からあの食器を考えたのです。当時は『箸よさらば』の社内スローガンがあったと聞いています」

初代ラーメンフォークは店の象徴となったが、使い勝手は最高……とはいかず、多くのお客は店員に箸を求めるようになり、割り箸をなくせなかった。万事に合理的な名古屋人も全面的に受け入れるわけにはいかなかったのだ。それが2代目デザインとなって使い勝手が向上した。

一方、ウラの理由は、周一氏の信念による。

「実は創業者はかなりの倹約家で、本人もそれを誇りにして『ウチはケチガキヤだ』と公言していました(笑)。その意識が、さまざまな会社の仕組みを見直し、経費節減で低価格のラーメン提供につながった一面もあります」(寿一氏)

モノ不足の時代に育った当時の経営者は、「ケチ」が信条だった人が一定数いたことも付け加えておこう。ちなみにラーメンフォークは、そのデザイン性が認められて、ニューヨーク近代美術館(MoMA)にも置かれ、現在は国内アンテナショップやインターネット通販でも1本1620円(税込)で買うことができる。

本記事の撮影を担当した上野英和カメラマンも、自分の結婚式の引き出物としてラーメンフォークを配ったそうだ。「名古屋らしいオリジナリティがあったこと、スガキヤとニューヨークとのギャップが面白くて選びました」と振り返っていた。

■麺を「仕入れ」から「自家製造」に変えた理由

ラーメンとスープ開発の裏話も紹介しよう。2回目の記事でも触れたが、スガキヤラーメンのスープは「魚介ベースのとんこつ味」で、味噌煮込みうどんなど濃い味が特徴的な名古屋では異色の味だ。

「開発時、近隣のラーメン店ではとんこつ味や鶏ベースの味もあったそうで、差別化を考えてこの味となりました。当時は『ちょっと変わった味』だと言われました」(菅木氏)

地元で育った人は「都市伝説」として知っているが、「スガキヤのラーメンは原料に蛇を使っているのではないか」との噂が立ち、“ヘビラーメン”とも言われた。店で提供する場合は「粉末」を使うのだが、この粉末も噂に拍車をかけたのかもしれない。滋養強壮によさそうだが、もちろんそんなことはない。

「あの粉末の正体は魚の節(ぶし)なのです。鰹節(かつおぶし)のように、数種類の魚と昆布からとったダシのパックです。スガキヤの各店舗ではこの節を入れて煮込み、別に温めた自家製とんこつスープを合わせて作っています。麺類はすべて500円未満の低価格ですが、店で手間はかけているのです」と菅木氏は明かす。

スープが自家製なら、麺はどうだろう。実はこれも内製化が進み、グループ企業が製造を担っている。かつては取引先から仕入れていたが、次のことがきっかけで方向転換した。

「ある日、創業者が麺の重量を計測したら、約束した量よりも少なかったのです。お客様への信頼も損ねるし、商道徳的にも許せない。じゃあ、自分のところで製造しようと決意し、それ以降は試行錯誤しながら自家製の麺づくりに取り組むようになりました」(菅木氏)

現在は、店舗で取り扱う麺の全量が自社工場だ。こうした麺の内製化もスケールメリットが働きコストダウンとなり、低価格のラーメンにつながっている。

■いつの時代も「お値打ち」に応えてきた

久しぶりにスガキヤのラーメンを食べた人は、「昔から変わらない味」と感じる人も多い。出張時に時々利用する筆者もその1人だ。だが実は、舌の肥えた現代の消費者に「変わらない」と思われる味を提供することはむずかしい。終戦の翌年である1946年に創業し、48年からメニューにラーメンが加わったスガキヤは、以後70年近く、ラーメンを提供してきた。少し引いた視点で考えれば、終戦直後、高度成長期、80年代や90年代、そして21世紀の現代で、まったく同じ味はありえないのだ。菅木氏はこんな言い方で説明する。

「いかに、いろいろな材料を少しずつ変えて『昔ながらの味』と思われるか。お客様のイメージから、できるだけ乖離(かいり)しないようにするのが、私たちの使命です」

この使命は、名古屋人が好きなお値打ち価格に対してもそうだという。

「店のメニューの原材料は長期トレンドで値上がり傾向が続いています。たとえば魚介ベースのスープの原料である海産物の仕入れ価格は上がっていますし、野菜サラダの野菜も天候不順が続くと高騰し、仕入れ値に影響します。できるだけ企業努力で吸収していますが、やむを得ず価格改定で対応する場合もあります。でもお客様のスガキヤの価格に対するイメージはできるだけ守り続けたいと思っています」

そんなスガキヤの店が最もにぎわうのは、年に1度の「スーちゃん祭」だ。定番商品やセットが半額になるもので、今年は3月4日と5日の土日に開催された。2日間限定だが、もともと安い定番の「ラーメン」(320円)が160円、「ラーメンサラダセット」(630円)が320円、「ソフトクリーム」(150円)が70円になるなど破格値で提供された。2日間で約40万人のお客でにぎわったという。

なかなか収入が伸びない時代の昼食時や小腹を満たしたい時に、通常でも全麺類がワンコイン(500円玉)でお釣りがくるスガキヤは、昔も今も庶民の味方だ。当連載への反響として「自分の子供時代は180円(200円)だった」や「明日食べに行こう」といった声が多かったことも紹介しておきたい。

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高井尚之 (たかい・なおゆき)経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(プレジデント社)がある。これ以外に『カフェと日本人』(講談社)、『「解」は己の中にあり』(講談社)、『セシルマクビー 感性の方程式』(日本実業出版社)、『なぜ「高くても売れる」のか』(文藝春秋)、『日本カフェ興亡記』(日本経済新聞出版社)、『花王「百年・愚直」のものづくり』(日経ビジネス人文庫)など著書多数。

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(経済ジャーナリスト 高井尚之=文)