ショパンコンクール4位・桑原志織「年齢制限から最後のチャンスだったコンクール。30歳の今だからこそできる表現を模索して」
2025年、「世界三大コンクール」の一つに数えられるショパン国際ピアノコンクールで桑原志織さんが4位入賞を果たし、話題を呼びました。凱旋ツアーを前に、コンクールの舞台裏とこれからの夢を聞きます。(構成:山田真理 撮影:木村直軌)
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運命の巡りあわせに背中を押されて
ポーランドのワルシャワで開かれたショパン国際ピアノコンクールでは、一次〜三次予選をソロで、ファイナルはオーケストラとともにコンチェルトを演奏しました。会場はショパンを愛する方々で満席。長丁場の演奏にもかかわらず真摯に耳を傾けてくださり、集中して演奏できたと思います。
コンクールでは、「入賞したい」と思って演奏すると念が入ってしまうので、とにかくベストを尽くすことだけを考えて過ごしていました。ですから結果発表も会場には見にいかず、「Congratulations!」とお祝いメッセージをいただいたり周囲の方に知らされたりして予選通過を知ることに(笑)。
本番を終えたら、すぐに次の練習……という生活を繰り返しているうちに、あっという間にファイナルまで進んだという感覚です。
じつは、ショパンの曲をオーケストラと演奏するのは初めて。ですから不安もあったのですが、リハーサルはスムーズに終わりました。とにかくオケの皆さんがあたたかく、円熟した音でサポートしてくださった。私も自然体で、音を重ねることができました。
ピアニストは孤独に練習する時間が長いものですから、ほかの楽器の方以上に、アンサンブルに対する喜びを強く感じるのかもしれません。心地よく音が溶け合い、演奏中はとにかく幸せを感じていました。
ファイナルで、約1時間かけて2曲を弾き終え、大きな拍手をいただいた瞬間は、なんと言葉にすればよいのでしょうね。私が最後の演奏者でしたし、私だけでなく、オケやスタッフの方々、会場のお客様も、コンクールを駆け抜けた満足感を共有していたと思います。嬉しいことに4位という順位をいただき、もう上出来すぎるくらいです。
今振り返れば、出場してよかったと心から思うのですが、コンクールへの参加は前々から決めていたわけではありません。突然降ってわいた――というと日本語として失礼なニュアンスになってしまいますが、本当にいろいろな偶然や幸運が重なって実現したことなのです。
2024年の12月にショパンコンクールの運営団体から、驚きの連絡がありました。「出場基準を変更し、指定のコンクールで2位以上を獲得した人は予備予選を免除することになったので、あなたには出場権があります」と。
ピアニストにとって憧れのコンクールに挑戦できると知って驚きつつも、すぐに出場を決めることはできませんでした。というのも、私はその直前に、ベルギーで開かれるエリザベート王妃国際音楽コンクールにエントリーを済ませたばかり。
自分のこれまでのペースでは、国際コンクールに挑むのは年に1本ほどでしたし、エリザベートとショパンコンクールは、チャイコフスキー国際コンクールとともに、世界三大コンクールに数えられる大舞台。演奏するプログラムもまったく違うため、準備が間に合うだろうかという心配があったのです。
しかし、16歳から30歳までという年齢制限から、私が参加できるのはこれが最後のチャンス。またショパンというのはピアニストにとって、いつかは正面から向き合わなければならない作曲家でもあります。
30歳を迎える年にやってきたこの巡りあわせに、「だったら今、勉強し直してみては?」と背中を押された気がしたのです。

2025年10月20日(現地時間)、ショパンコンクールのファイナルでは、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団とともに、「ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 op.11」を演奏(撮影(c)W.Grzedzinski/NIFC)
ポーランド語で「ハッピーバースデー」
課題曲の多くは以前に弾いていましたが、ファイナルで演奏した「幻想ポロネーズ」をはじめ、ゼロから勉強する曲も何曲かありました。
また以前に弾いたことがあるといっても、5〜10年ぶりに本棚から楽譜を引っ張り出してきたような曲は、当時の自分がまだ若く、解釈が未熟に感じられ、結局一から考え直すことに。
30歳の今だからこそできる表現を模索できたことは、ピアニスト人生において大きな意義があったと感じています。
曲に「取り組む」とは、単に、楽譜通りの演奏を暗譜で弾けるようになることでは終わりません。たとえばショパンの作品は、AIに楽譜を読み込ませ、自動演奏をしてもきっと美しいでしょう。
けれども演奏家がショパンの人物像や時代背景への理解を深め、自分の表現を探していくことによって、それぞれの個性が響き始める。その違いがあるからこそ、たとえばコンクールなどで「このピアニストの演奏が好きだ」といった感想が生まれるのだと思うのです。
近年は一次予選からユーチューブで生配信されているので、私の予選・本選の動画もたくさんの方が観てくださり、世界中の方からあたたかいコメントをいただきました。私の出番は、日本では深夜や早朝の時間だったにもかかわらず、「生配信を見ながら応援しています!」というメッセージをいただくことも。
22日間のコンクール中は、慣れない環境での生活や、ほかの参加者の評判を耳にすることもあるので、知らず知らずストレスを受けます。皆さんからの応援は、コンクールをやり遂げる大きな原動力になりました。
私の演奏のどこが評価されたか、ですか? 何人かの審査員の方からは、オーケストラと合わせても音が埋もれることなく、最弱音もきちんと客席に届いていたと褒めていただきました。アンサンブルも自然でよかったと。
私の手は女性としては厚みがあって、指も太くてしっかりしているほうです。筋肉が比較的しなやかなのか、肩こりや腰痛、またピアニストに多い腱鞘炎に悩むこともありません。これは持って生まれた体のおかげと、両親には心から感謝しています。
コンクール期間で忘れられないのは、一次予選が終わった後に、プログラムに書いてある生年月日をご覧になったのか、外で待っていてくださったお客様がポーランド語で「ハッピーバースデー」を歌ってくれたこと。聴衆の方と初めて触れ合った瞬間でもあり、とても感動しました。
コンクールの後半には、練習場からの帰り道に、私を自転車で追い抜いていった人がわざわざ戻ってきて、「シオリでしょ? 頑張ってね」と声をかけてくれたこともあったんですよ。
雨の日で、傘を差してキャップも目深にかぶっていたのに(笑)。街中の方々がコンクールを楽しみにしてくださっていることが伝わってきました。
<後編につづく>
