日本企業において、会社に対する従業員の帰属意識が低下しているという。みずほ総合研究所調査部主席エコノミストの河田皓史さんは「昨今はブラック企業よりも、JTC〜つまりJapanese Traditional Companyが不満の的になっている」という――。

※本稿は、河田皓史『働く人が減っていく国でこれから起きること』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。

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■ブラック企業より嫌われる企業体質

筆者が就職活動を行っていた頃(2008〜09年)は、就活生に最も忌避される企業は「ブラック企業」だった。ブラック企業が嫌われ避けられていることには今も変わりないが、日本全体として労働環境が改善する中で、ブラック企業の数自体が減っているとみられ、それに伴ってブラック企業への批判も減少している印象を受ける。

一方、ブラック企業と入れ替わるようにこの数年で批判の的となってきた企業(企業体質)が「JTC」(Japanese Traditional Company)である。実際、Googleトレンドでそれぞれの言葉の人気度をみると、「ブラック企業」は2010年代半ばをピークに低下傾向にあるのに対し、「JTC」はこのところ上昇しており、「ブラック企業」に接近している(図表1)。

どちらの言葉も通常ネガティブな意味でしか使われないことを踏まえれば、人々の不満の矛先が「ブラック企業」から「JTC」にシフトしつつあることが窺われる。

出所=『働く人が減っていく国でこれから起きること』

■「JTC」への不満が高まった理由

なぜここにきて「JTC」への不満が高まっているのだろうか。「JTC」という言葉は、日本企業の伝統的なカルチャーに対する違和感・嫌悪感を表明する文脈で用いられることが多い。

林正浩(2024)「JTC(ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー)のみわけかた」は、「上意下達を当たり前とする企業風土、意志なき伝言ゲーム、縦割り組織、過剰な忖度などによって醸し出される硬直的な、そして変化を好まない日本的な企業体質を半ばやゆした略語」としている。

「JTC」と思(おぼ)しき企業で働く人からすれば、こうした特徴はまさに「あるある」というか、むしろ「伝言ゲーム」や「過剰な忖度」が存在しない企業組織というものを想像しがたいのではないだろうか。

■味わい深いJTCエピソードの数々

学生時代の同級生などに話を聞いても、味わい深いJTCエピソードが山のように存在するようだ。例えば、紙資料のホチキス止めの位置・角度について上司に注意されたとか、文書システムを更新したら印刷のやり方が変わり、印刷に手間取った役員が激怒したとか、社長を待たせる時間を1〜2分削るために従業員が資料を抱えて数百メートル全力疾走することが事務マニュアルに記載されているとか、笑えるような笑えないようなエピソードが山のようにある。

決裁や資料回覧の際に判子(はんこ)を上席者のほうにやや傾けて押すという「謎文化」も、少なくとも筆者が社会人になった頃には既に謎文化扱いだったと思うが、それから15年以上経った現在でも一向になくならない(「判子」文化自体をなくそうとする動きは一時期高まったが)。新入社員・若手社員に宴会で一発芸を強いるという文化はほぼ消滅したように見受けられるが、15年かけてその程度の進展しかなかったのが日本企業の現実である。

筆者も日本で生まれ育った日本人として日本企業を応援したい気持ちは山々だし「JTC」が悪口になっている状況(古(いにしえ)の「ジャパン・プレミアム」を彷彿(ほうふつ)とさせる)に対して忸怩(じくじ)たる思いもあるのだが、こうした事例を見聞きするにつけ、日本企業の将来は暗そうだと思ってしまうのも正直なところである。

■今見直すべき古いJTCカルチャー

これだけ人手不足が社会問題になり、人材獲得競争が激化しているとされる中でも、どういうわけかこうしたJTCカルチャーは見直される気配がないように見える。

若年層の獲得・定着という点ではJTCカルチャーを見直したほうがいいだろうし、また賃上げと比べてはるかに企業にとっての外形的な「コスト」は小さいはずだが、それにもかかわらず手を付けられないという状況自体が、問題の根深さを表していると言えるかもしれない。

林正浩(2024)のJTC具体例のうち、「上意下達」や「縦割り組織」の是非はケースバイケースかもしれない。特に「上意下達」については、経営者が十分に優秀であれば、ポジティブでもあり得る。特に、カリスマ経営者が一代で築き上げた大企業などは、「上意下達」を武器にして急成長を遂げた面もあるだろう。ただ、天才的な経営者が何代も続くわけではないだろうから、どこかのタイミングで見直しは必要になるだろう(天才は希少だからこそ天才と呼ばれるのである)。

一方、「伝言ゲーム」や「過剰な忖度」は明らかに無駄であり、日本企業の生産性の低さに寄与しているとみられる。場合によってはさらに質(たち)の悪い問題(品質不正など)などにつながることもあるだろう。特に、「過剰な忖度」は極めて危険である。「忖度」により真実が捻(ね)じ曲げられ、正確な情報がトップに上がらなくなれば、その企業は破滅に向けた序曲を奏で始めたと言っていい。

■日本の若手従業員は帰属意識が低い

会社や仕事に冷淡な人が増加していることや、「JTC」への不満が強まっていることを企業も認識していないわけではない。「大卒新社会人の3割が3年以内に離職する」といった若年離職の問題は筆者が学生の頃(2000年代後半)にもよく指摘されていたが、転職市場が厚みを増す中で最近は各企業で主力となる中堅クラス(30代〜40代前半)の離職(転職)が増加していることもあって、人材流出に関する企業の危機感が一段と高まっていることは確かだろう。

こうした流れの中で、いわゆる「エンゲージメント」(従業員の自社に対する帰属意識・信頼感・愛着)の向上に向けた取り組みが多くの企業で進められている。差し当たり、従業員に対するアンケート調査を実施し、従業員が会社に対して何を感じているかのデータを集めている企業が多いようだ。従業員が何に満足し、何に不満を持っているかを知ろうともしていなかった時代と比べれば一歩前進ではあるだろうが、そうしたデータ収集が有効な施策の立案・実施につながっているかというと、少なくとも現時点では、それほどうまくいっていないようである。

そもそも日本企業の従業員のエンゲージメントの低さは有名である(だからこそ、どの企業もエンゲージメント改善に向けた取り組みを進めているということでもある)。ギャラップの調査「State of the Global Workplace」の最新版(2025年版)をみると、日本のエンゲージメントスコアは7%と世界平均(21%)を大きく下回り、世界最低レベルの状況が続いている。

■「エンゲージメント」を高める方法とは

「エンゲージメント」という言葉・概念は数年前から流行しており、前述の通り多くの企業で取り組みが進められてきたことを踏まえると、やはり多くの企業においてはエンゲージメント向上の取り組みはあまりうまくいっていないと評価せざるを得ないだろう。

それも当然と言えば当然で、エンゲージメント向上のためには従業員にとってプラスなこと、従業員が望むことをする必要があるわけだが、従業員にとってプラスなことは経営者にとってはマイナスというゼロサム性が相当ある(賃上げはその典型である)。当たり前の話だが、経営者は自分の取り分を減らしてまで従業員に何かしてあげようとは通常思わない。したがって、経営者と労働者のパワーバランスに大きな変化が生じない限りは、エンゲージメント向上に向けた実効性のある対策は打たれないのが必然である。

このように世代間の価値観ギャップが拡大し、老いも若きも企業への不満を募らせる中で、筆者世代のビジネスパーソンは両者(中高年層〈経営層〉と若年層〈労働組合員層〉)を取り持つような役回りになっていることが多い。「会社と自分を一心同体のものと考える中高年層」と「会社への帰属意識が薄い若年層」の板挟みにあって強いストレスを感じていることが、他の年齢層に比べて高いFIRE願望を持つことにつながっている面があるのかもしれない。

■不満の声すら出なくなったら危機的

また、このところ耳にするようになった言葉として、「静かな退職」や「リベンジ退職」といったものもある。「静かな退職」は「会社に所属してはいるが最低限の仕事しかしない」という行動であり、「リベンジ退職」は「会社や上司への不満や怒りを晴らすために、意図的に組織に損害を与える形で退職する」こととされる。

河田皓史『働く人が減っていく国でこれから起きること』(朝日新聞出版)

このうち「静かな退職」については、かつて「エコノミックアニマル」、「24時間戦えますか」と揶揄された日本のサラリーマンにとっては奇妙な態度に見えるが、欧米の非エリート層においてはむしろ一般的な労働スタンスであると海老原嗣生(えびはらつぐお)(2025)『静かな退職という生き方』は指摘している(エリート層は日米欧とも共通してハードワークが求められるとも指摘している)。

経営者・管理職の多くは、こうした流行語に象徴されるような消極的な労働態度を苦々しく思っているだろう。実際、本稿 本書の読者の中にも、従業員や部下の労働態度への対応に苦慮している人がいると思う。この点、会社に対する不満を言っている従業員はまだマシである。不満を声に出して言っているということは、その会社にとどまることを前提にしている可能性が高いし、言えば何か改善につながるかもしれないという期待を多少とも有していることを表している。

逆にいえば、明らかに苦痛を感じ不満を持っているはずの人が何も言わなくなる時が最も危険である。その人はもう会社に見切りをつけてしまった可能性が高い。これを会社単位に広げていえば、従業員からの文句の多い会社はまだしも健康的である。

逆に、「特に大きな不満の声が出ているわけではないが、淡々と人が抜けていく」という状況に陥った会社は、多くの従業員から「この会社と対話すること自体無駄」と思われてしまっている可能性が高く、人材係留の面では危機的な状況になっていると思われる。

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河田 皓史(かわた・ひろし)
エコノミスト
1987年生まれ。岩手県出身。みずほ総合研究所調査部 主席エコノミスト。東京大学経済学部卒。デューク大学大学院経済学修士課程修了(経済学修士)。日本銀行を経て、2023年11月みずほリサーチ&テクノロジーズ(現・みずほ総合研究所<※みずほ総合研究所はみずほ銀行内の組織の名称>)入社。
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(エコノミスト 河田 皓史)