「堕ちた」と言われても後悔はない。元アイドルのセクシー女優が、病気で働けない両親の生活費を“全額稼ぐ”切実な理由
一度は芸能活動を引退した彼女が、なぜ世間から「堕ちた」とも言われるセクシー女優デビューを決めたのか。そこに後悔や、葛藤はなかったのか?
五条さんのセクシー女優という仕事に対する思いを、家族との関係性も含めてがっつりお話してもらいました。
◆山梨のご当地アイドルとして、芸能キャリアスタート
五条 恋(以下 五条):もともとデビューは、2012年に地元の山梨でご当地アイドルとして、なんですよ。新聞に募集記事が載っていて、それに応募して合格したんです。
――もともと、アイドルに興味があったんですか?
五条:私、AKB48が大好きで、今も板野友美さんの追っかけをしてるくらいのファンなんです。だから「アイドルになったら、ともちんに会えるかも!」って考えたのが、デビューのきっかけですね。
――アイドルをしていた期間は?
五条:1年経たないくらいでやめちゃいました。実はお母さんが病気になってしまって。山梨の田舎だと基本的に車移動なので、親の協力がないとアイドル活動は難しいんです。レッスンにも行けないし、仕方がないなって諦めました。
◆高校時代にグラビアデビュー。でも学校で問題に……
――それが中学生の頃。それから芸能活動ができる高校に進学した、とのことですが、それはやっぱりアイドルを諦められなかったためですか?
五条:そうですね。それに家族も諦めてほしくないって気持ちがあったらしくて、お母さんも「せっかくだから芸能活動できる学校に行ったら?」と言ってくれたので。
――ご家族も応援してくれていたんですね。
五条:それで、東京の事務所に入ってアイドル活動を……となったんですけど、山梨から通っていたので大人数のグループだと時間を合わせるのも難しくて。じゃあ2人組のユニットで、となったんですけど、その前に「水着の宣材を撮る」と。
私はそういう、グラビア系の写真はイヤだったんですけど「アイドルも水着の写真は必要だよ」と言われて「確かにな」と、とりあえず宣材として撮ってもらったんです。そうしたら、なぜか「写真集を出します」って話に(笑)。
――それだけ魅力的だった、ということだとは思いますが。
五条:事務所の人が山梨まで来て、親にも説明してくれたんですけど、そのとき見せてくれた写真集は水着が5ページくらいで残りはパジャマとか私服だったんです。でも私の写真集は、できあがってみたらその真逆の構成で(笑)。
そのせいか、学校で「グラビア活動禁止」になってしまって、それで退学することにしたんです。
◆ライブ会場に行ったら「今日で解散です!」
――グラビア系の写真はイヤだった、とのことですが、その理由は?
五条:私、当時はぽっちゃりと言うか、ムッチリ系の身体だったので「私なんかがグラビアなんて、とんでもない!」って気持ちだったんですよ。
写真集の撮影では、どうすればいいのか全然わからないのに「ちゃんとやって!」なんて怒られたりもして。
でも、ご当地アイドル時代に比べたら、スタッフさんも気を使ってくれるし、ヘアメイクさんも付くし、待遇がまったく違ったので「グラドルもいいな」って(笑)。
――その後もグラドルをしながら、アイドル活動も続けていますね。
五条:でも私、本当にグループ運がなくって。加入しても続かないんですよ。ライブ会場に行ったら「今日で解散です!」って言われたり、いきなりクビになっちゃったり(笑)。
