坂本花織、コーチへの道は“21年以上かかる”「5年後はまだ武者修行…」憧れの恩師を目指すネクストステージの覚悟
21年間の現役生活を終え、5月13日に上下白の衣装で引退会見に臨んだフィギュアスケートの坂本花織(26)。
競技人生を振り返り、引退後は恩師のような指導者の道へ歩む決意、そして結婚したことも報告した。
会見終了後の行った坂本のインタビューで、引退後に描く5年後、12年後、そして21年後の未来へのイメージを教えてもらった。
中野コーチからの厳しくも愛あるエール
引退会見では、21年間と4カ月の競技人生を振り返った坂本。
ミラノ・コルティナ五輪で団体・個人で銀メダルを獲得しているが、オリンピックで流した坂本の涙は印象に残っている。
会見では、「いろんな悔しいも経験してきたし、いろんな嬉しいも経験して21年間、一言では表せないくらい、いろいろな景色を見てきたと思います」と語った坂本。
会見終了の間際には、4歳の頃から坂本を指導してきた中野園子コーチとグレアム充子コーチが登場。
中野コーチは「花織、長い間一緒にスケートをしてくれてありがとう。そして、コーチになると言ってくれてありがとう。ただコーチは地味で楽しいことはあまりない仕事です。派手なところに慣れてしまっているので、落ち着いて続けてくれるか心配です」と笑いを交えながらエール。
グレアムコーチも「神戸から世界に羽ばたく子たちをいっぱい作れるように、中野先生になるまでサポートしますので頑張りましょう」と心強い言葉を送った。
2人のコーチからの言葉を受けて、坂本は「頑張ろうと気合が入りました」と気を引き締めた。
会見して実感した“引退”
会見後のインタビューで、今の心境を坂本はこう語った。
「世界選手権が終わって、もう競技者じゃなくなったんだなと思って。終わり方がいつも通り過ぎて、一夜明けて帰って終わりみたいな感じだったんですけど、引退会見を開いて終わったんだなと自分もやっと確認できた。そこまではアイスショーに出続けていたからあまり現役と変わらず動いて、同じスケジュールで動いていたからあまり実感がなくて、『実感ある?』と聞かれても『いや、ないです』という感じで。こうやって会見開くと『引退したんだな』って自分もちゃんと自覚できる」
現役最後の大会となった世界選手権では自己ベストを更新して終えた坂本。「まだ続けられるのではないか」という声もある中、坂本自身は「強いまま終わりたかった」と引退を決めた理由を話す。
「たしかにまだできるなと思う。けど、続けてしまったら次、辞め時がわからなくなりそうで、落ちて辞めるのがとにかく嫌だったから。強いままで終わりたかったのがあったし、先生もそれを言っていて。辞め時が、引き際が一番というのを」
5年後はまだ試行錯誤している
引退後、2人のようなコーチを目指す坂本。どのような5年後、12年後、21年後の未来をイメージしているのか本人に聞いた。
まず、5年後の31歳を「まだ武者修行期間」と書いた坂本。
「今と何も変わっていない気がする。一番の目標である中野園子先生に近づくにはまだまだ5年じゃ足りない。インストラクターはすぐになれるものではなくて資格や講習いろいろ受けて、試合でリンクサイドに立てたりできる。試行錯誤しながら先生の意見を聞いてふんふん言っている期間だと思います」
5年ではまだ表舞台には出ていないという坂本。
次に12年後には、2038年の冬季五輪が控えている。その頃には、「教え子がオリンピック出場(※自分はまだ行かない)」と記入。
12年後もまだまだだと予想する坂本は「12年だったら中野先生、まだいけると思うので、私は残り組で」と、後輩や教え子をオリンピックへ「行ってらっしゃい」と送り出したいと語った。
その理由は、坂本自身も21年かけて頂点へのぼってきたからだという。
「自分が21年かかってここまで来たので、(コーチになるには)それ以上はかかると思っています。その覚悟で」
21年後は神戸クラブを日本1に!
最後は現役生活と同じ21年後、47歳。「関西1、あわよくば日本1、強い神戸クラブにする!!」と記入。
「そろそろ神戸クラブも変わってくるのかなと思うので、あの2人は長生きしますけど。たぶん主導で動くのが自分になってくるのでオリンピックも『うちからみんな出ているよね』と言われるようなクラブにしたい」
ここに書いた未来の予想はすべて憧れる中野コーチになることをイメージしているようで、坂本も「坂本花織の中野園子になるためのネクストステージみたいな」と笑う。
「記者会見でも中野先生が『コーチは地味で大変で』と言っていて、先生方の力があったからこそ、選手は自信を持って試合に挑めると思うので、そういう力を自分も付けてちょっとでも試合で結果を残せるような選手を育てたいと思っている。自分自身もやっぱり大変だったのでその大変さはわかってあげられると思うので、厳しくもしますけど、みんなが良い方向に行けるようにアシストしていけたら」
コーチとして一人前になるには、自分の競技人生と同じくらいの月日が必要と語る。笑顔でネクストステージのスタートラインに立った。
