「もう奨学金は返せない」…26歳息子から、まさかの電話。61歳会社員が“ささやかなリタイア計画”を断念した夜
大学進学のため、多くの家庭が利用する奨学金。なかでもJASSO(日本学生支援機構)の貸与型奨学金は、今や学生の2人に1人以上が利用する“当たり前”の存在になっています。しかし、その返済は卒業後15年、20年と長期に及ぶことも珍しくありません。そして近年、表面化しつつあるのが、「誰が返すのか」をめぐる親子間の衝突。進学した本人が返すべきなのか、それとも十分な学費を用意できなかった親にも責任があるのか――事例とともに見ていきましょう。
定年まであと4年、老後の見通しはたっていたはずが…
地方都市で暮らす中原邦夫さん(仮名・61歳)は、地元の建材メーカーに勤める会社員です。営業職として長年働いてきましたが、60歳で再雇用となってからは年収が大きく下がり、現在は380万円ほど。妻もパート勤務で、収入は年100万円前後です。
住宅ローンはようやく完済。しかし、収入減に加え物価高の影響も大きく、「老後に向けてどれだけ残せるか」を夫婦で気にするように。それでも中原さんには、小さな楽しみがありました。
「65歳になったら完全に仕事を辞めて、少しのんびりしたいと思っていたんです。旅行とか、釣りとかをしてね」
60歳で受け取った退職金と預貯金で1,800万円ほど。65歳から受け取る予定の年金は、夫婦で月23万円程度です。余裕のある老後とまではいきませんが、「慎ましく暮らせば何とかなるのではないか」。そう考えていました。
「もう奨学金は返せない」息子からの電話
大学卒業後、首都圏のIT企業に就職した次男。学生時代には、日本学生支援機構(JASSO)の貸与型奨学金を利用。月10万円を4年間借り、総額は約480万円にのぼります。
当時、中原さん夫婦には住宅ローンと教育費の負担が重くのしかかっていました。 「大学には行かせたい。でも、現実的に全部は出せない」 と、奨学金を利用することに。
就職後は、毎月2万円以上を返済しながら、県外で一人暮らしをしていた次男。しかし、入社から数年後、状況が一変します。
慢性的な長時間労働で心身のバランスを崩し、退職。転職活動もうまくいかず、現在は単発の仕事やアルバイトで食いつなぐ日々。家賃や国民健康保険料を払うだけで精一杯の状態になっていました。
そんなある日、次男から電話がかかってきたのです。
「もう奨学金は返せない」
「払えないって…どうするんだ、お前」
すると、こう続けたといいます。
「いまは、それどころじゃないんだ。そもそも18歳の時に、“20年近く毎月返済が続く”って、本当に理解できてたと思う? 気づいたら新卒の時点で500万円近い借金を背負わされてた俺の身になってよ」
中原さんも思わず語気を強めました。
「でも、大学に行きたいって決めたのはお前だろ。自分のための進学だったんだから、返済するのは当然じゃないのか」
「大学に行くのが当たり前の時代に、『子どもに大学資金を残せなかった親側に問題はなかった』っていえるの? 父さんは」
息子の言葉に、思わず声を失ったといいます。
返済は20年超になることも…奨学金という「大きな借金」
大学生の2人に1人以上が利用している、JASSO(日本学生支援機構)の奨学金。なかでも利用者が多い「第二種(貸与型)」は、卒業後に返済が必要です。
例えば、月10万円を4年間借りた場合、借入総額は約480万円。月2万円超の返済が20年間続く計算ですが、第二種の利率(令和8年度)は利率固定方式で年2.722%、利率見直し方式で年1.874%と、ここ数年で大きく上昇し、返済負担の増加が見込まれます(卒業時の利率が適用)。
「令和5年度奨学金の返還者に関する属性調査結果(JASSO)」によると、返還義務がある人のうち、3ヵ月以上返済を延滞しているのは約2.75%。およそ36人に1人が延滞している状況です。
返済が難しくなった場合には、「返還期限猶予」や「減額返還」といった制度を活用する方法があります。ただし、返済自体がなくなるわけではなく、完済は後ろ倒しになるため、将来の結婚や住宅購入に影響が及ぶことも。
奨学金は学生本人が借りるものであり、返済も本人が行うのが原則です。しかし、連帯保証人を親とする人的保証(※)を選ぶケースも多く、子どもが返済できなくなれば、親に請求がくることになります。
※「人的保証」は親などが連帯保証人になる方式。本人が返せなくなると、親など保証人に請求がいく。一方、「機関保証」は保証料がかかるが、本人が返せなくなると、保証会社が立て替え、その後本人へ請求する。
つまり、子どもが返済するものだと考えていても、その借金が親に回ってくることがあり得るのです。中原さんも次男の連帯保証人になっており、もし返済が滞れば自分に請求が回ってくることになります。
奨学金は進学の大きな支えになる一方で、卒業後に長期間続く「借金」でもあります。そのため、「誰が・どう返済していくのか」を含め、借りる前に親子で十分に話し合っておかなければ、親子間でのトラブルに発展する可能性もあります。
「本人のための進学なのだから自分で返すべき」という親の思いと、「学生の自分には現実感がなかった」という子ども側の感覚。そのズレが、社会に出た後になって表面化するケースも少なくありません。
「65歳で辞めるわけにはいかなくなった」
「もちろん、十分なお金を用意してやれなかった申し訳なさはあります。でも、こっちも老後資金に余裕があるわけじゃない。正直、頭が痛いですよ……」
そう嘆く中原さん。結局、当面の間は返済を肩代わりすることにしました。
「猶予や減額の申請をしろと、強くいえなくて」
奨学金の残額はまだ400万円以上あり、もし次男が安定した仕事に戻れなければ、返済は長期化する可能性があります。さらに、生活が立ち行かなくなれば、実家に戻ってくることもあり得るでしょう。
「65歳で完全に仕事を辞めるつもりでしたけど、無理かもしれませんね。アルバイトを探さないと。最近は夫婦でそんな話ばかりです」
