3月29日、被害を受けたイラン・テヘランの街を歩く女性。ウェスト・アジア・ニュース・エージェンシー提供=ロイター

 1978年、革命前夜のイランでの民衆蜂起に接し、ミシェル・フーコーはそこに「政治的霊性」を見た。イラン革命の反帝国主義、権力に対する対抗、西欧近代批判を評価したのだ。

 イラン革命は、当時イスラム世界で台頭しつつあったイスラム復興主義の初めての成功例として、広く注目された。イスラム主義研究の第一人者、小杉泰は『現代中東とイスラーム政治』(昭和堂・品切れ)で、1970年代以降、国家の上にイスラム法を、イスラム法学者を統治者の上に置くイスラム国家システムへの希求が、イスラム世界で進んだと論じる。それを近代西欧式の共和政体と合体して実現させた点で、イラン革命は画期的だった。

 冷戦期に「東でも西でもなく」と自立を掲げたのも、注目を浴びた。イランの「手先」と見なされ、現在イスラエルから激しい攻撃を受けているレバノンのヒズボラやイラクの親イラン民兵は、イラン型イスラム革命に共鳴、感化されて発展した。

強権化する体制

 一方、周辺の湾岸産油国はイラン革命の「輸出」を恐れ、イランを脅威視した。イラン・イラク戦争以降、同地では戦争が半世紀近く繰り返された。富田健次『ホメイニー イラン革命の祖』(山川出版社・880円)は、革命の指導者ルーホッラー・ホメイニ師と革命初期のイランの動乱をたどる。

 だが、革命は理想どおりに進むわけではない。吉村慎太郎『改訂増補 イラン現代史 従属と抵抗の100年』(有志舎・品切れ)は、イラン革命の背景にある冷戦期の米国によるイランへの介入と、それを後ろ盾にしたシャーによる独裁政権への国民の広範な反発があったことを強調する。そこでは、宗教勢力だけではなく、労働運動や学生、共産党など多様な勢力がいた。

 吉村の歴史記述が主としてイラン革命までのイランとそれを取り巻く大国との関係に力点を置くのに対し、黒田賢治『イラン現代史』(中公新書・1155円)は、20世紀から現在までの国内動向を詳細に論じる。ホメイニ死後最高指導者に選ばれたアリ・ハメネイ師のもと、体制は権威主義化した。90年代以降改革派と保守派がせめぎ合い、ポピュリスト大統領が登場し、社会には「緑の運動」などじわじわと自由を求める声が広がる。体制を支える軍事組織、革命防衛隊は国内外で力を伸ばし、いまや米・イスラエル相手に「国家存亡の危機」を闘い続ける。

小気味よい女性

 イスラム体制下で生き辛(づら)さを抱える女性たちを描いた本や映画は多々あるが、国内でしぶとく生きる主人公を描くマルジャン・サトラピの漫画『ペルセポリス』の映画版は、カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した。イランで女子サッカーが盛んなのは有名だが、映画「オフサイド・ガールズ」でサッカー観戦のために男装して潜入する女性たちは、したたかで小気味よい。

 国外に逃げながらも、イラン人たちを祖国につなぎとめるのは、芳醇(ほうじゅん)な文化の香りだろう。黒柳恒男『増補新版 ペルシア文芸思潮』(東京外国語大学出版会・3080円)は9世紀以来連綿と続くペルシャ文学の流れを紹介するが、ペルシャ文化が多様なエスニシティーを超え、イランの地からインドや中央アジアまで共有されたことがわかる。

 詩への偏愛は現代も続き、くしくも『現代詩手帖』2月号の特集は「イラン現代詩を読む」だ。それに倣い『ペルシア文芸思潮』からの詩句で締め括(くく)ろう。文明が、破壊されないように。

 「イランにありしよきものすべてが/今やその形跡(あと)を留めていぬのを知り給うや(中略)愛するわが子が突如殺されるを見ても/母は恐怖で叫び声すらあげられぬ」(アンヴァリー「ホラサーンの涙」)=朝日新聞2026年4月18日掲載