西側の勝利で「終わった」はずの歴史が逆流…北京の軍事パレードが予感させる「アメリカ主導の国際秩序」の終焉
ロシアによるウクライナ侵攻、世界的な移民排斥運動、権威主義的国家の台頭、トランプ2.0、そして民主主義制度基盤の崩壊……。
「なぜ世界はここまで急に揺らぎはじめたのか?」。
発売からたちまち重版が決定した話題書、『新書 世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか』(川北省吾 著)では、共同通信社の国際ジャーナリストが、混迷する国際政治の謎を解き明かすために、国際政治学者や評論家、政治家や現場を知る実務家へのインタビューを敢行。辿り着いた答とは?
本記事では、逆流する歴史──よみがえる伝統主義について詳しくみていく。
※本記事は、川北省吾『新書 世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか』より抜粋・編集したものです。
反米の楼閣
2025年9月3日午前10時、北京の空は晴れ上がっていた。天安門広場は5万人を超す人々で埋め尽くされていた。軍事パレードに先立つ華々しい式典。抗日戦争勝利80周年を祝う一連の記念行事のクライマックスだった。
青空に放たれる白い鳩。天安門の楼上には、人民服を着た中国国家主席(共産党総書記)の習近平の姿が見える。右隣にロシア大統領ウラジーミル・プーチン、左隣には北朝鮮の朝鮮労働党総書記、金正恩が並び立った。
第2次大戦終結から80年。アメリカが主導し、築き上げた国際秩序を塗り替え、新秩序の形成を狙う中ロ朝。3首脳のそろい踏みは、権威主義・独裁国家による「反米の枢軸」を印象づけた。
「友人」たちも存在感を放つ。ベラルーシ大統領アレクサンドル・ルカシェンコ。イラン大統領マスード・ペゼシュキアン。ミャンマー軍事政権トップの国軍総司令官ミンアウンフライン──。参加した26ヵ国の要人に、先進7ヵ国(G7)首脳はいない。
式典が始まると、習は演壇に歩み寄った。大群衆を見下ろし、台湾統一を念頭にうたい上げる。「世界一流の軍隊建設を加速させ、国家主権と統一、領土の一体性を断固守らなければならない」
演説に続く軍事パレードでは、アメリカ本土に届く潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「巨浪3」や大陸間弾道ミサイル(ICBM)「東風61」を初公開。極超音速兵器から海上ドローン(無人機)まで「強軍」の象徴を次々と披露した。
「レコンキスタ(失地回復)の時代」を映し出す一大ページェント。冷戦終結後の著作『歴史の終わり』で、リベラルな民主主義が「人類の統治の最終形」になると説いた米政治学者フランシス・フクヤマの予測とは大きく異なる世界である。
西側の勝利で「終わった」はずの歴史の逆流──。それは今、日米欧にも押し寄せ、反リベラル思想が再び頭をもたげる。冷戦終結から35年を経て、歴史はなぜ「始まった」のか。アメリカの元中央情報局(CIA)工作員グレン・カールの話を再び聞いてみよう。
伝統主義者ルネ・ゲノン
「私がCIAに入ったのは40年ほど前、1985年にさかのぼる」。緑園を臨む自宅テラスの椅子に腰掛け、カールは入局から間もない頃の話を切り出した。赴任したヨーロッパの街角で、ある極右政治家と知り合ったという。
カールは当時、ヨーロッパ極右の動向を追いかけていた。活動家や学生に接触し、情報を仕入れる日々。極右政治家との面会もその一環だった。だが、その出会いは若きカールの世界観を一変させる。
「彼は1冊の書を私にくれた」
カールはそう振り返る。著者はルネ・ゲノン。一握りの専門家を除き、イギリスやアメリカをはじめとする英語文化圏ではほとんど知られていなかったが、極めて重要なフランスの思想家だった。
ゲノンは1886年、フランス中部のカトリック家庭に生まれた。伝統主義の立場から「反近代」を貫き、『世界の終末』などの著書を残した。イスラム教や東洋思想にも通じ、宗教、哲学、象徴論・神秘主義を横断する壮大な体系を築く。
イタリアのベニート・ムソリーニやナチス・ドイツのアドルフ・ヒトラーら独裁者の精神的支柱となり、イスラム教やロシア正教会の保守層にも影響を与えた。1930年にエジプトに渡り、51年にカイロで客死した。
カールによれば、ゲノンのような伝統主義者と独裁者には親和性がある。相通じる信念を持っているからだという。それは一体、どのような信念か。「現代社会は堕落している」という考えだ。
カールは言う。
「彼らは『近代合理主義や物質主義は人生のよりどころとなる精神的価値を蝕んでいる』と強く信じている。人は神を信じなければ存在意義を失う。民族の"純血"を信じない者は無価値だ。道を示してくれるストロングマン(強権指導者・独裁者)を信じないと方向を見失う──とね」
彼の言葉を聞きながら、ウラジスラフ・スルコフを思い浮かべた。帝政期の怪僧になぞらえ、「プーチンのラスプーチン」と呼ばれたクレムリンの戦略家。時空を超え、現代ロシアに現れた伝統主義者である。
スルコフは2021年、「過度の自由は致命的だ」と述べている。プーチンがインタビューで「リベラルな考えは時代遅れ」と公言した2年後だ。(注1)2人の目には、行き過ぎた西洋化は「堕落」と映っていたのだ。
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さらに〈ウサマ・ビンラディンが9.11を起こした「真の理由」…実は「アメリカ帝国主義」への恐怖ではなかった〉では、元CIA工作員グレン・カールの話から、プーチンやトランプ、そしてビンラディンをも突き動かした「伝統主義」の正体について詳しくみていく。
注1 Vladislav Surkov: ‘An overdose of freedom is lethal to a state’ 2021年6月18日のフィナンシャル・タイムズ記事(デジタル版) Vladimir Putin says liberalism has ‘become obsolete’ 2019年6月28日のフィナンシャル・タイムズ記事(デジタル版)
