坂東彌十郎が『風、薫る』に吹き込む新しい風 熟練の“愛されキャラ”が放つ存在感
2026年度前期NHK連続テレビ小説『風、薫る』は、明治時代に生きた2人のトレインドナースをモチーフに描くバディドラマ。主人公・一ノ瀬りんを見上愛、その“最強のバディ”となる、もう1人の主人公・大家直美を上坂樹里が演じている。そんなりんと直美と深い関わりを持つようになる人物を、坂東彌十郎が演じるという。還暦を過ぎてからテレビに進出した彌十郎にとって、朝ドラは初出演のこと。そこで、彌十郎のこれまでの歩みを振り返ってみたい。
参考:『風、薫る』第10話、りん(見上愛)が謎の男・清水卯三郎(坂東彌十郎)と出会う
坂東彌十郎は、映画スターとしても活躍した歌舞伎俳優・坂東好太郎の息子で、代々続く大和屋一門の出身。親戚には坂東玉三郎もつらなっている。180cm超と梨園としては身長が高いことで知られており、子どもの頃には苦労もあったという。
「一般的に、歌舞伎俳優の子は子役として初舞台を踏むものですが、子役ってやっぱり、小さくてしっかりしている子じゃないと務まらないんです。でも、僕はその頃からすでに背も大きく(笑)、子役に見えないことから、役がつかないどころか、舞台に出られなかったんです」(※1)
そのため、初舞台は1973年、17歳のときと遅かった。また、1975年には、入門するはずだった八代目三津五郎が急死、その後、おじの守田勘弥も亡くなってしまう。さらに、25歳の時には父も亡くすという経験をしている。
大きな後ろ盾を立て続けに失った彌十郎は、病床にあった父の口利きもあって、スーパー歌舞伎など革新的な舞台演出で名を馳せていた3代目市川猿之助の元へ。これが「ひとつのターニングポイント」(※1)だったという。1981年から猿之助一座に15年ほど身を置き、演出助手を務めてヨーロッパ公演などを経験した。猿之助一座から離れた後は、中村勘三郎の平成中村座などに出演してきた。2016年、還暦の時には、長男の坂東新悟との親子会「やごの会」で、パリやジュネーブでの公演を果たしている。
そんな彌十郎に大きな転機が訪れる。きっかけは、2019年にシネマ歌舞伎『三谷かぶき 月光露針路日本 風雲児たち』に出演したことだった。脚本・演出の三谷幸喜から声をかけられ、2022年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に抜擢される。当時65歳にして初の連続テレビドラマのレギュラー出演をすることになったのだ。
演じた北条時政が大きな話題になったのは、周知のことだろう。「三谷さんからは『江戸の長屋のおやじのように』と言われただけ」(※2)だったというが、そのキャラクター造形は秀逸だった。元々は地方の平凡な豪族で、 豪快で憎めないダメおやじだった時政が、幕府を牛耳る権力者へと変貌していく。その様を、彌十郎は魅力的かつ自然体で演じてみせた。歌舞伎では「悪」のイメージが強い時政役だが、「演じてみて、僕は人間味豊かな時政が大好きになりました。ドジなところも僕に似ていて。普段の僕を知っている人からは『素顔の彌十郎そのままだ』と言われます(笑)」(※3)と語るように、そのユーモラスな演技で“愛されキャラ”へと昇華させた。
また、初回で「最後は、首ちょんぱじゃねーか」というセリフが飛び出し、SNSでは議論を呼んでいた。時代劇としては斬新なこのセリフも、彌十郎にかかれば、なぜかはまってしまうから不思議だ。それはやはり、歌舞伎の基礎の上に“ふざけた”セリフをのせることができる、役者としての経験と技量があるからなのだろう。
これ以降、映像の世界での活躍も目覚ましく、TBS日曜劇場『VIVANT』(2023年)、『グレイトギフト』(2024年/テレビ朝日系)、NHK夜ドラ『VRおじさんの初恋』(2024年)、『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』(2025年/フジテレビ系) など、多彩な作品に次々と出演する。年齢的にも、いわゆる「おじさん」の役なのだが、威厳を感じさせつつも茶目っ気があり、すっとぼけた人物はお手のもの、そしてその中に一抹の哀愁を感じさせるところが憎めない。
歌舞伎の世界で半世紀をかけて磨き続けてきた芸と存在感は、今やテレビドラマや映画でも欠かせない存在となった。こんな第2のステージがあるのなら、歳をとるのも悪くはないとすら思わされる。70歳近くになってなお新しい経験に飛び込み続けるその姿勢こそ、坂東彌十郎という役者の最大の魅力なのかもしれない。
連続テレビ小説『風、薫る』では、日本橋で舶来品などを手広く扱う「瑞穂屋」を営む実業家を演じるという彌十郎。文明開化の先駆者的な人物を、どんなふうに味付けしてくれるのか。
参照※1. https://futabasha-change.com/articles/-/1143※2. https://gendai.media/articles/-/101516?page=5※3. https://tsubasa.ana.co.jp/travel/dom/izu/izu_202211-03/(文=尾崎真佐子)
