三國清三さんが『徹子の部屋』に登場「グループ店で原因不明の集団食中毒が発生。落ち度が見つからず納得できなかったけれど、それでも営業停止処分を受け入れたワケは…」
2026年4月2日の『徹子の部屋』にフランス料理シェフ・三國清三さんが登場。71歳で挑む「新たな挑戦」を語ります。今回その三國さんの自著をもとにした記事を再配信します。*****三國清三さんは、自らがオーナーシェフを務めていた東京・四ツ谷の人気店「オテル・ドゥ・ミクニ」を2022年末に閉店し、2025年9月、同じ場所にカウンター8席の店「三國」をオープンさせました。この「三國」について、三國さんは「グランメゾンを率いていたときにはできなかった夢を、この店で実現させたい」と語っています。今回は、そんな三國さんの著書『三國、燃え尽きるまで厨房に立つ』から一部を抜粋し、三國さんのこれまでの歩みをご紹介します。
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原因不明のまま営業停止処分を受け入れた
「ミクニ マルノウチの料理を食べたお客様が、下痢や腹痛の症状を訴えているそうです」
2003年2月、間近に迫った「ミクニ サッポロ」の開業準備に追われていた僕に、早足で近づいてきたスタッフが硬い表情でこう言った。
「?」 一瞬声を失う。まさか、と思った。
衛生管理については、どの店も万全の対策をとっていて、自信があった。生ガキを使った料理は出していないし、スタッフのコックコートは、少しでも汚れたらすぐに着替えさせていた。
「食中毒を出したら終わりだ、絶対に出すな」と、周りに対しては常々口にもしてきた。
スタッフによると、2月23日に「ミクニ マルノウチ」の結婚披露宴の料理を食べたお客様から食中毒の症状が出ているとのこと。原因はまだ不明、人数もわからないが数名ではなく、刻一刻と増えているという。
そこへお客様の1人から連絡が入った。お客様の被害の状況をその方が取りまとめていて、「これから保健所に行きます」という。
僕はまずその人のもとへ謝罪に向かった。
その方は医療関係者で、たまたまあの日、披露宴に招かれていたのだという。現在までの判明分として、30数名のリストを見せられた。それは招待客一人ひとりに、その方が電話をかけてリサーチしたものだという。症状は、腹痛、下痢などで重篤な症状の方はおらず、入院している方はいないようだった。
「これを保健所に提出します」とお客様。
あってはならないことが起きてしまった以上、それは避けられないことだった。
「わかりました」と僕は頭を下げた。
食品とスタッフの検査でなにも見つからず
保健所から受けた説明によると、原因はSRSV(今でいうノロウイルス。当時はまだノロウイルスの正体がつかめていなかった)の可能性が高いという。
SRSVは従来の食中毒とは異なり、食品の中では繁殖せず、カキなどの二枚貝に蓄積していることが多いそうだ。発症した人間の糞便に含まれたSRSVが下水から海へと流れ込み、それが、カキなど二枚貝を媒介にして人の体内に入り、腸内で増殖して発症するのだという。

『三國、燃え尽きるまで厨房に立つ』(著:三國清三/扶桑社)
つまり環境汚染が原因で起こる人災であり、悪いのはカキではなく人間なのである。勉強不足だった僕は、この事実に愕然とした。
感染経路は、カキを食べて感染するケースばかりでなく、感染者との接触による二次感染もあるという。
保健所は、すぐにスタッフ全員の検便を行い、「ミクニ マルノウチ」で扱っている食品をすべて調べ、原因物質の特定と感染ルートの解明に乗り出した。
しかし結果は、ウイルスに汚染された食品は見つからず、スタッフに保菌者もいなかったのである。
保健所の担当者は困っているようだった。
うちの店では、生ガキはいっさい出していない。だから疑うべくは感染者との接触による感染である。このケースだと調理スタッフから99%保菌者が見つかるものらしい。なのに、いない。どうやって感染したかがわからないのに、感染者がたくさん出ているのだ。
現在であれば、ウイルスが別の食材に付着していて外から運ばれてくるケースや吐瀉物で汚れたカーペットを丁寧に掃除しても、汚れが取り切れず、あとになってから空気中にウイルスが浮遊するケースなど、前例がたくさんある。だが、当時はこのウイルスについて情報が少なすぎた。
納得はできないが責任は自分にある
社内ではすぐに立ち上げた危機管理チームが昼夜を問わず情報収集を行っていた。
ほかにできることはないのか。苦しんでいるお客様のことを思うと胸が痛む。
お客様のために会社がすぐにすべきことはなんだろう――。
僕は、このとき、「ミクニ マルノウチ」の3日間の自主休業を決断する。自分から「お店を閉めます」と手を挙げることにしたのだ。

(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)
感染して苦しんでいるお客様が現実にいるのだから、原因物質も感染経路もまだ不明ではあるけれど、とにかくすぐに店を閉めて、店内をくまなく徹底的に消毒しよう。それが僕らが今すぐやるべきことだ。
それで保健所に「店を閉めます」と申し出た。
「三國さんがお認めになるなら……」と保健所の担当者は言った。
レストラン「ミクニ マルノウチ」で34人食中毒――。
翌日の新聞には、こんな見出しが躍った。
記事には「千代田区は同レストランを7日間の営業停止処分にした」とあった。
3日間の自主休業を申し出ていたが、7日間の営業停止処分を受けることになった。原因不明の中で、納得できかねる気持ちもあったが、つらい思いをさせてしまったお客様に対して大きな責任があるのは事実だ。
僕はミクニグループのWEBサイト上で、事実をすべて公表し謝罪した。さらに、こちらで調べたデータもつけてSRSVについての注意を喚起した。
それからは猛烈な逆風の中、謝罪や説明に走り回ることになった。
同時に、保険会社をとおして保険の手続きを始めた。被害の状況を取りまとめてお客様の窓口になってくれた方に連絡をし、入院や通院、投薬治療などにかかった費用についての証明書の提出をお願いする。
翌日返事が来たが、なんと「誰も病院へ行っていません」と言う。だから、医療機関や薬局への支払いはゼロ。自宅で様子を見ているうちに全員が治癒。軽くてよかった、と思うべきなのだろう。
企業の危機管理という面からは最善の選択
事件が起きてしまってから、とにかく真摯に心を込めて時機を逸することのない対応を心がけてきたが、やはり食べ物を扱う店にとって、食中毒事件の影響は大きすぎるほど大きかった。
食中毒で営業停止というのは、その間、売上が1円も上がらないという実質的な大変さはもちろんあるが、失った信用を回復することのほうがはるかに大変だったように思う。
また、ひとつの店で起きたことであっても、グループ全体が少なからず影響を受け、グループ全体のイメージダウンを招きかねないということも感じた。
僕個人は以前からバッシングを受けることも多く、対応にはかなり慣れてはいたのだが、店やグループ全体に対する攻撃的な書き込みが一時かなり増え、社員が、そしてお客様が、これを読んでどう感じるのか、と不安になったこともあった。
しかし、なんであれ、どんなに騒がれたとしても、それが悪質なものでなければ一時的なもので終わる。このことは今回身をもって知ることができた。
かなり叩かれたけれど、どんなに叩いても、新しい材料がほとんど出てこなかったからか、自然に事態は収束していったのである。
人は悪質ではないものを、いつまでも叩いたり追いかけたりしないものなのだと改めてわかった気がする。
今回のケースは、もちろんお客様に迷惑をかけた責任は大きいとはいえ、こちらの明らかな落ち度は最後まで見つからなかった。
だから、あのとき僕は保健所のやり方に納得はまったくしていなかったのだが、それでも、営業停止を粛々と自分たちから受け入れた。
受け入れる必要はなかったと言う人もいる。
しかしあそこで、お客様に対して責任をとるという形ですべて受け入れたことは、一企業の危機管理という面から考えても、よい選択だったのではないかと今は思っている。
※本稿は、『三國、燃え尽きるまで厨房に立つ』(扶桑社)の一部を再編集したものです。
