(左から)若葉竜也、峯田和伸(写真=池村隆司)

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 1978年、パンクロックの象徴だったセックス・ピストルズの解散とともに、日本のアンダーグラウンドで産声を上げたムーヴメント「東京ロッカーズ」。カメラマンの夢に挫折した青年・ユーイチが、カリスマボーカル・モモ率いるバンド「TOKAGE」の剥き出しの熱量に魅了され、若者たちが自分たちの手で新たな音楽シーンを切り拓いていく姿を描いた青春音楽映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』が誕生した。

参考:峯田和伸×若葉竜也によるLIZARDのカバーがED曲に 『ストリート・キングダム』本予告公開

 監督・田口トモロヲ×脚本・宮藤官九郎という、伝説のロック映画『アイデン&ティティ』のタッグが再び集結した本作。主人公のユーイチを演じるのは、田口作品には欠かせない存在である峯田和伸。そして、ユーイチの人生を大きく揺がすモモを若葉竜也が熱演している。「そこになければ、自分たちで作ればいい」。そんなDIY精神が貫かれた本作の撮影現場は、一体どのような熱に包まれていたのか。

 現役の表現者でもある峯田と若葉に、実在のレジェンドたちをモデルにした人物を演じる上での葛藤、予定調和を壊して生まれた奇跡のような撮影エピソード、そして今この時代に「自分の音を鳴らす」ことの真意を聞いた。

●若葉竜也「頭で理解してできる世界だとは思っていない」

ーー若葉さんは『アイデン&ティティ』のファンだったとコメントされていましたが、このチームの作品に出演することへの思いからお聞きしてもいいですか?

若葉竜也(以下、若葉):自分が俳優を志す、ある種の“きっかけ”を作ってもらった作品なので、言語化できないぐらいの強い思いがありました。オファーをいただいたときは、そのチームに仲間入りできる招待状をもらったような感覚だったので、台本を読む前に「やります」と即答してしまったんです。いざ読んでみたら、「これはなかなか責任重大だぞ」と。現場入りまで数年あったのですが、ずっと緊張しているような状態でした。

ーー峯田さんは約20年ぶりの同じチームでの作品ということになりますが、『アイデン&ティティ』に強い思い入れを持つ役者さんたちがいる中で、再びこのチームでやることに関してはいかがでしたか?

峯田和伸(以下、峯田):僕自身にとっても、『アイデン&ティティ』は自分の人生の中で分岐点になるような作品でした。初めてお芝居に挑戦した作品でもあります。トモロヲさん、宮藤さん、大友(良英)さんとまた一緒にできると聞いただけで嬉しかったですし、とにかく特別なんですよね。そして、『アイデン&ティティ』を観てくれていた若葉くんや、若い俳優の皆さんとご一緒できたことはかけがえのない時間でした。とにかく現場の雰囲気が良かったんですよ。スタッフ・キャスト、全員が「いいものを作ろう」という思いだけで集まっている。それがビシビシ伝わってきて、すごくやりがいがありました。

ーーその熱量は、スクリーンからもすごく伝わってきました。今回、実在する存命の方々もたくさんいらっしゃって、当時の写真とシンクロするような演出もあります。「再現映像」ではなく、「映画」にする難しさがあったかと思います。

若葉:ただの懐古主義の映画にしたくなかったということと、モノマネ大会ではないということは大前提としてありました。当時の本当に膨大な数の資料とあわせて、この時代にあった読み物や映像にも触れて、彼らが作ってきたものをインプットした上で、「それを自分はどう表現するか」を常に問われているような感覚でした。トモロヲさんからも「若葉くんはどう思う?」「若葉くんならどうする?」と常に問いかけていただいたので、自分が何を感じて、何を映画に焼き付けることができるのか、自問自答する毎日でした。

ーー峯田さんはアーティストとして、本作に登場する人物たちの音楽にも触れてきたかと思います。しかし、演じたユーイチはミュージシャンではないということで、少し外側から見つめる立場だったと思いますが、その点はいかがでしたか?

峯田:東京ロッカーズやTHE STALIN、じゃがたらは音楽としても好きでしたし、地引雄一さんの原作のファンでもありました。でも、そこに固執しすぎず、台本を読んで「映画としてのユーイチ」、原作とはまた違うユーイチを出さないと意味がないと思っていました。そこは若葉くんと同じで、寄り添いすぎてもダメだし、リスペクトがないのもダメだというバランスですね。驚いたのは、現場で「TOKAGE(LIZARD)」「軋轢(FRICTION)」「解剖室(THE STALIN)」を観たとき、本当に彼らがカッコよかったことです。劇中では僕が彼らの写真を撮る役でしたが、本当にカッコいい彼らを見つめているだけの、素の表情だったと思うんです。それをカメラマンさんが撮ってくれた。若葉くんも間宮くんも、「そのままバンドをやってほしいな」と思ったくらいです。ボーカリストって歌が上手いとかいろいろな条件があると思うんですけど、そういうのを超えたところで完全に存在しきっていて、本当にカッコよかったんですよ。

ーー若葉さんは逆に、プロのミュージシャンである峯田さんや田口監督が観ている中で、ミュージシャンとしての生き方をどう表現しようとされていたんですか?

若葉:「こういうふうにやろう」と頭で理解してできる世界だとは思っていないので、自分の中のフラストレーションだったり、好きなことに対してピュアであるという部分を増幅させて、「演技という枠をどれだけはみ出せるか」を考えていた気がします。少し大層な言い方になってしまいますが、もっと青臭くていいというか。「台詞はこう言うんだ」「このシーンはこう盛り上げるんだ」といった計算をしない、その先にあるものを目指す感覚でした。

ーー「その先にある感覚」は峯田さんとのシーンでもありましたか? 

若葉:ありました。撮影に入る前に台本を読んで想像していたものが、いざ現場に入ると全く違う空気感になっていて、それはすごく面白かったです。

●峯田和伸「バズるんじゃなくて、“バグらせる”」

ーーモモとユーイチの車の中で会話しているシーンが強く印象に残っています。モモの台詞「いいものは売れるべき、でも売れたものがいいわけじゃない」は、エンタメに携わる人間にとって誰もが深く刺さる言葉だと思います。

峯田:「気にしない」って言えたらカッコいいんですけど、再生回数や売上などの数字って、表現している人はすごく気にすると思うんですよね。そこに惑わされたくはないという気持ちがある一方で、やっぱり意識して苦しんでいると思うんです。それは音楽に限らず、メディアの方もそうですよね。「でもなー」という葛藤は、表現者なら誰もが持っているんじゃないかと思います。

若葉:本作の撮影に入る前の仕事が、地上波の連続ドラマだったんです。非常にいい反響をいただいたのですが、それまで映画中心に活動していたこともあって環境がいろいろと変わり、これまではなかったような声もたくさん聞こえてくる時期でした。そのなかで、「自分がやりたいことって本当にこういうことなんだっけ?」と悩んだんです。仕事がなくて、誰にも知られず、バイトをしながら「こんな映画に出たいな」と思っていたころのほうが、きっとドキドキしてワクワクしていた気がするな、とまで考えていて。そんな思いを抱いていたときに本作の台本をいただいたんです。挙げていただいた車でのシーンは、最初はさらっと言うつもりだったのですが、本番では興奮してきて、顔も赤くなって声のボリュームも大きくなってしまって。あの台詞を言うことが「青臭い」という感覚は自分にもあったんだと思うんですが、「でも、言っていいんだ」と、自分の中のブレーキを外してもらった感覚があのシーンにはありました。

ーーそこでユーイチが、突き放すわけでも、寄り添うわけでもなく、「僕みたいな人が100万人いたら100万枚売れるよ」と返す台詞も最高でした。

峯田:これ、役じゃなくて普通に言ったことあります。

若葉:ええ!

峯田:バンドマンなら、20人いたら7人は言ってると思いますよ(笑)。友達とかに言われたこともあるんじゃないかな。

若葉:でも、その言葉で頑張れますよね。

ーー作品全体を通してもすごく心に残るシーンでした。この中盤のシーンをきっかけに、後半にかけては、モモにとっては辛い展開が続きます。薬物に堕ちていくモモを演じることは若葉さんとしても辛いものがあったのでは?

若葉:本作はほぼ時系列順に撮っていただいたんです。なので肉体的な疲労がピークに達する頃に、モモが堕ちていくシーンやバンドメンバーとの衝突シーンがあったので、自分の身体とモモの身体がリンクしていく感覚はありました。

峯田:撮影が連日続いていたけどさ、あの頃って眠れてた?

若葉:映画の撮影中はほとんど眠れないんです。緊張やプレッシャーで睡眠がうまく取れなくて。食事もあまり喉を通らないし、眠れない。しかも今回は役柄もあいまって、かなり極限に近い、人生の中でも特殊な時間だったように思います。

峯田:端から見ても、すごく役とシンクロしていました。忘れられないのが、映画後半にあるモモとユーイチがカセットで過去のライブの音源を聴くシーン。ユーイチがモモともう一度一緒にレコードを作ろうと話すシーンなのですが、ユーイチとしてではなく、峯田として「若葉くんとのシーンももうすぐ終わりだな」「この映画が終わっちゃう」と思ったら、やたら寂しさが募ってしまって。なんというんだろう……あの現場は本当に特別な空気で。

若葉:最初はかなりさらっとやろうとしていましたよね。ユーイチがモモに「やろうよ」と話しているところで、パーッと部屋に西日が入ってきて、峯田さんの目を見たらキラキラと光っていて。それを見たら、自分も本当にグッときてしまって思ってもいなかった表情になりました。演技をする、表現をするということがチープと思ってしまうぐらい、あの瞬間は本当に素の表情が出ていました。

峯田:僕もそうです。すごく近い距離で2人が並んで、2人だけにしか聞こえないくらいのトーンで話していて。もし僕の目にカメラが仕込まれていたら、若葉くんのものすごくいい表情が撮れていたと思います。それくらいよかったし、だからこそ台詞も気持ちを込めて言えました。カメラマンは別の位置にいるので、僕の視点からの最高の映像がスクリーンに映らないのは惜しいですが。

ーー今のお話をインタビュー原稿としてテキスト化することで軽いものになってしまわないかと心配するぐらい、とても貴重なエピソードです。お二人は今後も表現活動を続けていかれると思いますが、この作品を経たからこそ得たものや、ご自身の中での変化はありましたか?

若葉:現時点では明確なものはないかもしれません。でも、『アイデン&ティティ』を観ていた自分が今このチームに入れて嬉しい、という思いはものすごく強くて。よくインタビューで「この監督の作品が好きで、オファーをいただけて嬉しかったです」といった言葉を目にするじゃないですか。でも、僕にとってのこのチームへの思いはそういうレベルじゃないんです。だから言葉にすればするほど、俳優がよく言う定型文のように聞こえてしまわないか不安になることもあって。僕が『アイデン&ティティ』を観てこのチームの映画に出たいと思ったように、いつか本作を観た俳優を志す方と一緒に作品を作ることができたらうれしいですね。

峯田:1日24時間という時間は昔から変わっていませんが、『ストリート・キングダム』の舞台である1978年と今の2026年では、時間の流れ方やタイム感が違うような気がするんです。スマホが普及して、あの時代とは脳の使い方も変わってきているというか。今の世の中って、「こうやったらバズるよ」と逆算して戦略を立てるようなことが多いですよね。でも、昔から僕はそこに乗っかることに少し抵抗があって。それがロックだと言うつもりはないですが、「周りがこうだから乗っちゃおう」というのは安易だなとずっと思っています。じゃあその中で面白いものをどう作っていくかと考えると、僕は流行に乗らなくていいかなって。バズるんじゃなくて、“バグらせる”。既存の流れに乗れないような、予測不可能なバグを起こす自分でいなきゃいけないなと思っているんです。自分でも計算外のことが起きちゃうような。冷静さではなく、「霊性」を持っていたいですね。何かを引き起こせるような生活をして、考え方を持った人間になっていれば、きっとトモロヲさんもまた面白がってくれると思うので、そういう人間でいられたらいいなと思います。

ーータイトルの『ストリート・キングダム』には、「原点」や「自分たちで作った場所」といったニュアンスがあると思います。今、お二人にとっての「ストリート・キングダム」と呼べるような場所やものはありますか?

若葉:昔から「これをやったら売れるよ」「こう振る舞えば仕事がもらえるよ」とたくさん言われてきましたが、ことごとく拒絶してきた自負があります。若気の至りもありますし、そこまでツンケンしなくていいのに意地を張っていた部分もありました。でも、それを「いいじゃん」と言って自由にやらせてくれたスタッフたちと一緒に独立して、今は自分たちの会社で、自分たちがいいと思う俳優たちだけでやれています。一生懸命戦ってきて、安易な欲望に負けなかったからこそ、今この場所があるんだなと思えますね。

峯田:僕もメジャーのレコード会社には所属しないという選択をしてきました。『ストリート・キングダム』の時代のインディーズとはまた違うとは思いますし、非効率な部分もあったりしますが、自分のわがままでやってきたことなので、もう意地でもこれを続けていくしかないんですよね。これからメジャーに行くこともたぶんないですし、このままの状態で。でも身近に関わってくれているスタッフたちがいるので、あいつらがちゃんとご飯を食べられるように、いい曲を作っていいライブをする。それしかないのかなと思っています。だから若葉くんとはジャンルは違いますが、どこかで共鳴する部分はあるんですよね。同じような思いを持った人と一緒に出演できたことは改めて嬉しいですね。

若葉:僕にとって峯田さんは青春で、切っても切り離せない存在なので、峯田さんのそういう戦い方に憧れもあったんだと思います。『アイデン&ティティ』の冒頭に「やりたくないことやって売れるよりも、やりたいことだけやって売れた方がいいじゃん」という言葉があって、最後に「やらなきゃいけないことをやるだけさ」と続くんです。俳優をやっていく上で迷ったときは、必ずこの言葉を頭の中でリフレインさせてきました。これからもそれは続くと思います。

(文=石井達也)