【2026W杯】「サッカー戦争」の悪夢再び 中東情勢の激化とイラン戦巡る駆け引き、揺らぐ「平和の祭典」の開催意義

レアルソシエダの久保建英は左太腿裏の肉離れで、4月の復帰を目指してリハビリ中(写真:なかしまだいすけ/アフロ)
ミラノ・コルティナ冬季五輪、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)という2026年のビッグイベントが幕を閉じ、スポーツファンの視線はサッカーのW杯北中米大会(現地時間6月11日開幕)へと向けられている。
8大会連続8度目の出場で初の優勝を目指す日本代表は、月末に欧州遠征を行い、スコットランド代表(同3月28日)、イングランド代表(同3月31日)と国際親善試合を行う。19日にはその参加メンバー28人が発表された。
W杯には開催国・米国と紛争中のイランが出場する予定だが、「日程通り」を公言するFIFA(国際サッカー連盟)に米国以外での試合の実施を強く求めるなど状況は混沌としている。紛争の影響と、日本代表の現在地を探った。
ホンジュラスとエルサルバドルの「サッカー戦争」
史上初の3カ国(米国・カナダ・メキシコ)共催となり出場国も32から48へと大幅増--。サッカー新時代の扉を開くと期待されたW杯北中米大会が、想定外の事態に揺れている。米国・イスラエルとイランの紛争だ。
96年にわたるサッカーW杯の歴史を振り返ると、国家間の紛争と全く無縁というわけではない。不仲だった隣国同士のホンジュラスとエルサルバドルが1970年メキシコ大会北中米カリブ海予選で本戦出場権をかけて激突し、敗れたホンジュラスがエルサルバドル移民を襲撃したのを機に武力衝突が生じた「サッカー戦争」も起きている。
こうした例があるとはいえ、6月11日の開幕までに米国とイランの問題が終結していなければ、北中米大会は紛争当事国での開催という異例の事態となる。
サッカー強豪国であるイランは、日本に続いてアジア2番目の本戦出場権を得ており、グループGでニュージーランド、ベルギー、エジプトとグループステージ3試合を戦う予定だ。
イランの出場については、米国のトランプ大統領が「彼らの生命や安全にとって適切でない」と自身のSNSに書き込んだ経緯がある。イラン・サッカー連盟会長は「我々は米国には行かないが、W杯をボイコットするつもりはない」と語り、選手の安全確保のために米国以外での試合の実施をFIFAと協議。「FIFAの決定を待つ」としている。
守備陣は“野戦病院”状態が続く日本代表
98年フランス大会では79年のイラン革命以降対立を深めていた米国とイランがグループリーグで対戦。試合は2-1でイランが勝利したが、終了後、両国の選手は花束を交換し、肩を組んで記念撮影を行った。残念ながら、今回の大会でそうしたシーンを見ることは叶いそうにない。
中東情勢悪化により、海外では北中米大会がテロの標的となるリスクを指摘する声が高まっている。過去のW杯の例では、2022年のカタール大会でイスラム教過激派が自爆テロによる襲撃を計画していたという。今回、日本代表もグループリーグ1試合(現地時間6月20日のチュニジア戦)を行う予定のメキシコでは、政府と麻薬組織が全面戦争の様相を呈しており、北中米大会は緊迫した状況の中で開会式を迎えることになる。
こうした世界情勢は、「歴代最強」と言われ、W杯で初の栄冠を目指す日本代表にとっても少なからぬ影響を与えそうだ。しかし、現在の日本代表にはそれ以上に深刻な問題が浮上しているという。
故障者の増加だ。中でも守備陣は“野戦病院”状態が続く。
代表キャプテンのプレミアリーグ・リヴァプール守備的MF(ミッドフィルダー)の遠藤航は2月のリーグ戦で左足首を負傷、帰国して手術を受けた。世界最高水準の日本のスポーツ整形の技術でリハビリまでを管理し、W杯出場を目指すという。

左足首を負傷したリヴァプールの遠藤航(写真:アフロ)
森保ジャパンでセンターバック(CB)の有力候補となるドイツリーグ・バイエルン・ミュンヘンDF(ディフェンダー)の伊藤洋輝は、24年夏の移籍直後の右中足骨骨折による長期離脱から昨年11月に復帰を果たしたと思いきや、2月末には右太腿の負傷で再離脱。オランダリーグ・アヤックスDFの板倉滉も背中の痛みを抱え、本調子とは言い難い。

バイエルン・ミュンヘンの伊藤洋輝は長期離脱から復帰後、再び離脱(写真:アフロ)
CBでは前回カタール大会で活躍した同じアヤックスDFの冨安健洋が、1月に長期離脱から復帰し、プレー時間を増やしているのは明るいニュースだろう。しかし、冨安はケガに泣かされ離脱期間が長引いたがゆえに、フル稼働は難しいのではないかという声もある。
他のCB候補では、ドイツリーグ・ホッフェンハイムDFの町田浩樹も昨年8月のドイツリーグ開幕戦で左膝前十字靭帯断裂の重傷を負い、最近になってようやくボールを使ったトレーニングを開始したところだという。
さらに、39歳の“鉄人”Jリーグ・FC東京DFの長友佑都は、今月14日のリーグ戦で負傷退場。日本人最多となる5大会出場に黄信号が灯っている。1月のUEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)のバルセロナ戦にフル出場しデュエル(1対1)の強さを見せつけた代表のニュースター、デンマークリーグ・コペンハーゲンDFの鈴木淳之介にも負傷報道があった。

コペンハーゲンの鈴木淳之介にも負傷報道(写真:アフロ)
レアルソシエダの久保建英は左太腿裏の肉離れ
攻撃陣の方も万全とは言えない。
森保ジャパンで最多得点記録を持つフランスリーグ・モナコMFの南野拓実は、左膝前十字靭帯断裂の重傷でW杯出場は絶望的と目されている。代表で唯一無二の存在感を放つ“日本のメッシ”ことスペインリーグ・レアルソシエダMFの久保建英も、1月に左太腿裏の肉離れが確認され離脱。4月の復帰を目指してリハビリ中だ。

モナコの南野拓実は左膝前十字靭帯断裂の重傷(写真:PsnewZ/アフロ)
日本にとっては8度目の本戦出場で経験値があるとは言え、北中米大会はこれまでのW杯の常識では測れない部分が多い。
長距離移動、時差・気候差の大きさ、選手には過酷な3カ国開催
その1つが、史上初の3カ国による“広域開催”だ。移動手段の高速化や多様化が進む中で各地から集まるサッカーファンに競技プラス旅の楽しみも提供できる、スポーツイベントのマーケティングとしては理に適った施策と言える。半面、選手にとっては、長距離の移動や、時差・気候差が大きい中でのプレーを強いられる過酷な大会になる。
森保一監督も「消耗が激しいW杯では、ダブルチームどころかトリプルチームが必要」と話しているが、大会前の故障者続出で編成に頭を悩ませることになりそうだ。
アジアNo.1の座を確立した観のある日本は、前回カタール大会でスペイン、ドイツという欧州の優勝経験国を破り、昨年10月の国際親善試合で初めてW杯最多優勝のブラジルに勝利した。しかし、1カ月にわたる大会期間中、コンディションを維持してチーム一丸でプレーに集中できなければ強豪相手のノックアウトステージを勝ち上がれない。
代表の現在地を見る上で注目されるのが、31日に予定されている大会優勝候補の一角・イングランドとの親善試合だ。バイエルン・ミュンヘンの絶対得点王ハリー・ケインをはじめとする世界トップクラスのFW勢、代表ではセントラルMFを担うことが多いが得点力も高いレアル・マドリードのジュード・ベリンガムなど「歴代最強」の攻撃陣が待ち受ける。
そうした中、欧州遠征では前線にオランダリーグで今季12試合に途中出場し7ゴールと急成長、1月にドイツリーグのヴォルフスブルクに移籍した20歳のFW(フォワード)、塩貝健人を初選出。気になるDF陣は、冨安が1年9カ月ぶりに代表復帰を果たし、故障明けの伊藤、さらにベルギーリーグ・シント=トロイデンの谷口彰悟、オランダリーグ・フェイエノールトの渡辺剛、ドイツリーグ・ブレーメンの菅原由勢、同ザンクトパウリの安藤智哉、フランスリーグ・ル・アーヴルの瀬古歩夢、鈴木と、8人が召集された。
板倉、町田は不参加だが、欧州遠征は本戦メンバーの発表前の最後の親善試合となるだけに、死力を尽くしたアピール合戦が繰り広げられそうだ。
果たして、森保監督はイングランド戦の最終ラインに誰を送り出すのか--。
筆者:森田 聡子
