製作費3.9億→興行収入わずか20万円…プーチンの「プロパガンダ映画」が記録的な大失敗に終わったワケ

■ガラガラの映画館、観客はわずか平均3人
今年8月、ロシア政府が資金提供した映画『Tolerantnost(寛容)』がロシア全土で封切られた。ロシア文化省が「社会的に重要なプロジェクト」と位置づけた、国策映画ともいえる作品だ。
作品は架空のヨーロッパ国家「フラングリア」を舞台に、難民キャンプから町へとやって来た男たちが暴行の数々を巻き起こす。欧米的なリベラルな価値観の蔓延により、社会が崩壊してゆく様子を描写。西欧諸国のモラル低下を揶揄するストーリーだ。
ロシア人監督のアンドレイ・グラチョフ氏が2018年から構想を温めていた本作。2時間43分の大長編ながら、反応は「不評」の一言に尽きる。映画データベースIMDbの評価は星2.9と振るわず、星1(最低評価)が全体の7割近くを占める。

英テレグラフ紙によると、作品はロシア国内で40以上の劇場で上映されたものの、初週末に劇場を訪れた観客は全国合わせてわずか192人だった。
1回の上映あたりの平均観客数は、わずか3人。タイムズ紙は、ほとんどの上映回でガラガラの状態だったと報じている。配給会社の担当者は同紙に対し、「人々はチケットを買おうとしなかった」と認めた。
映画は3週間上映されたが、独立系メディアのメデューザによると、最終的な興行収入は計約1315ドル(約20.6万円)という散々な結果に終わった。
■不発続きのプロパガンダ映画
惨敗の『Tolerantnost』だが、決してめずらしい出来事ではない。
ロシアの独立系メディア「インサイダー」は、ロシア国民が総じてプロパガンダ作品に興味を示していないと指摘する。
ウクライナ侵攻を扱った2022年の戦争ドラマ『Blindazh(塹壕)』は、5億ルーブル(約9.8億円)の製作費を投じたのに対し、興行収入は1億700万ルーブル(約2.1億円)に終わった。
翌2023年の『Pozyvnoy “Passazhir”(コードネーム〈パッセンジャー〉)』は3億ルーブル(約5.8億円)近くを国家予算から拠出したが、興収はわずか750万ルーブル(約1470万円)と、製作費の40分の1しか回収できていない。
■「上映終了後かと思うほど空いている」
ウクライナ侵攻を直接的に題材にしたロシア初の長編映画さえ、ロシア国民の関心は薄かった。『Svidetel(目撃者)』と題するこの作品について、英ガーディアン紙は、2023年8月にロシア全土で公開されたと報道。製作費2億ルーブル(約3.9億円)に対し、封切りから2週間で1400万ルーブル(約2740万円)しか稼げなかったと指摘する。
Svidetelは、ベルギー人バイオリニスト、ダニエル・コーエンの視点で綴られる。2022年2月、バイオリン公演のため訪れたウクライナの首都キーウで、ロシアによる侵攻に巻き込まれたコーエン。一帯が戦闘地帯となるなか、彼は「ウクライナ民族主義者による、非人道的な犯罪と、血なまぐさい挑発行為」を目撃する。
劇中では、ウクライナ軍の司令官がアドルフ・ヒトラーの著作『わが闘争』を愛読し、ウクライナの兵士たちがヒトラーへの忠誠を誓うシーンが描かれる。ロシア政府はウクライナ侵攻を正当化するため、ウクライナをナチスと関連付ける主張を繰り返しているが、作品はこの論理を2時間かけて説く内容だ。
ロシア国民の食指は動かなかった。ある金曜日の夜、Svidetelを観ようとモスクワの映画館を訪れた男性のアレクセイ氏は、ガーディアン紙に対し、「劇場に入った瞬間、上映が終わったのかと思いました。それくらい空いていました」と述べている。100人以上収容できる大きなシアターに、わずか3人しか観客がいなかったという。
■長期化する戦時体制で高まる不満
不評の原因に、大きく3つの事情がある。うち最も注目すべきは、戦争を全面的に肯定できず、揺れ動いているロシア国民の心理だ。
表面的には、ロシア社会は戦争を支持しているかに見える。だが、長期化する戦時体制が生活に影を落とすようになり、今年10月にはめずらしく大規模な反戦デモが起きるまでになった。

英インディペンデント紙などが報じたように、今年10月、西部サンクトペテルブルクのカザンスカヤ広場に数百人という若者が集まり、反戦の歌を合唱している。
曲はロシア人ラッパーNoize MCの『Kooperativ “Lebedinoe ozero”(「白鳥の湖」クラブ)』で、5月に裁判所が流通を禁じたものだ。同曲は「老人はまだ玉座にしがみついている 手放すのを恐れて」「皇帝が死んだら 私たちは再び踊る」など、反プーチンの暗喩が織り込まれている。
こうしたデモはまだ例外的だが、国民の疲弊は明らかだ。独立系調査プロジェクト「クロニクルズ」が2月に実施した調査では、54%がウクライナ戦争が自分たちの生活に悪影響を与えたと回答した。
ロシア唯一の独立系世論調査機関レバダ・センターの調査では、回答者の40%がウクライナ戦争のニュースを積極的には視聴していないと答えており、「積極的に視聴」しているのはわずか23%だった。
このように国民が戦争に興味を持っていない状況において、ロシア政府によるプロパガンダは逆効果だ。
ロシアの制作会社でクリエイティブ・エグゼクティブを務めるイワン・フィリポフ氏は、ガーディアン紙に対し、「ロシア人はどこに行ってもプロパガンダを強制的に観せられます。国営テレビで、街頭で、そして学校や大学でも」と語る。
フィリポフ氏は続けて、自分でお金を払ってまでプロパガンダ映画を見たがらないのは当然だ、と指摘。「多くの人は、現実を一瞬でも忘れさせてくれる映画を見たいのです。ウクライナ関連の暗いニュースを忘れたい。戦争を思い出すなど、彼らが最も望まないことです」

■優秀な映画関係者が残っていない
プロパガンダ映画が不調となっている理由の2点目に、そもそも映像作品としての質が低いことが挙げられる。皮肉にもその原因は、ウクライナ戦争自体による、才能ある人材の大量流出だ。
ガーディアン紙は、ウクライナ侵攻以来、著名な映画製作者や作家、歌手らが数百人という規模で一斉にロシアを離れたと指摘。この脱出劇は、1922年の「哲学者の船」すら想起させるとしている。
当時、ソビエト政権はイデオロギー的に対立する知識人数百人を船に乗せ、強制的に国外追放した。今回は強制ではないが、結果としては同じく、ロシア文化界から最も才能ある層が消えた。残った人材のすべてにおいて質が低いとはいわないが、少なくとも戦前のようなクリエイティブな製作体制は残されていない。
ベテラン文化評論家のミハイル・コジレフ氏はガーディアン紙に対し、「ロシアに残って国家と共に働くと決めた芸術家たちは、レベルと専門性が低いのです」と断言する。プロパガンダとなればなおさら、作品性は陳腐になりがちだ。「映画が国家の命令で作られたなら、視聴者は敏感に感じ取ります。なぜなら、本物ではないのですから」
■「ロシア映画が100年で最悪の状態にある」
プーチン氏が仕掛けた戦争により、優秀な頭脳が流出。結果として戦争のプロパガンダも振るわない負のスパイラルに陥っている。
ロシアのインサイダーは、現在のロシア映画が100年で最悪の状態にあると指摘する。同メディアによると、脚本は単独で書くことが許されず、複数人のチームが相互にチェックし、愛国的な描写やセリフを加える一方、政権転覆と誤解されかねない要素は削除していくという。
このプロセスにより、シナリオは迷走の道へ。必然的に矛盾や筋書き上の穴が生まれる一方、どの脚本家も仕上がりには責任を感じておらず、製作現場は収拾が付かなくなっている。
■巨費を投じたのに、広告を打たず
『Tolerantnost』の失敗には、不可解な点がある。不調の理由の3点目でもある、横領疑惑だ。
メデューザによると、グラチョフ監督は2018年から本作の映画化を目指していたものの、資金の調達が長年難航していた。
ところが、ウクライナ侵攻を契機に、状況が一変する。2022年9月、ロシア文化省がグラチョフ監督に資金の提供を約束。具体的な額は公表されていないが、専門家は少なくとも2億ルーブル(約3.9億円)と推計する。ロシア文化省が後援し、選考委員会は元国会議員で超国粋主義作家のザハール・プリレーピンが出演する「大胆で過激な予告編」を高く評価した。
だが、巨額の公費を投じたプロジェクトとしては、明らかに奇妙な点があった。同メディアによると、『Tolerantnost』はほとんどまったく、広告を打たなかったのだ。
配給会社のシネマウス・スタジオ自体でさえ、YouTubeチャンネルに予告編を公開することすらしなかった。メデューザによると、グラチョフ監督はやむを得ず、登録者わずか83人の個人アカウントでシェアして宣伝したという。主演のプリレーピン氏本人ですら、自らのTelegramチャンネルで映画について一言も触れていない。

■プーチンの戦争の行き詰まりを象徴している
この不自然さから、映画プロジェクト自体が横領のスキームだったのではないかと囁かれている。研究者のイワン・フィリポフ氏は同メディアに対し、こう指摘する。
「全体の仕組みとしては、(主演の)ザハール・プリレーピンが仕掛けたものです。文化省から愛国の名を借りて大金を巻き上げ、それを盗んだのでしょう」。同氏は続ける。「こんな低俗な作品が国家の支援を受けられたとは、他に説明のしようがありません」
仮に事実だったとすれば、ロシア政府公認の「愛国的プロジェクト」が、実際には国家資金を横領するための隠れ蓑だったことになる。プーチン政権下のロシアで蔓延する腐敗の一端を象徴するかのようだ。
巨額を投じたプロパガンダ映画が歴史的失敗に終わった背景には、プロパガンダにうんざりするロシア国民の心情に、才能ある業界人の流出、果ては横領疑惑まで、複雑な事情が絡み合っている。
いずれにせよ、自腹を切ってまで映画館へ駆けつけ、プーチン氏の進める戦争を応援したいと考えるロシア人は、さほど多くなかったようだ。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
