『九龍ジェネリックロマンス』©眉月じゅん/集英社・「九龍ジェネリックロマンス」製作委員会

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 今期放送中のTVアニメのなかでも、女性からの支持が高い話題作として挙げられるのが、『薬屋のひとりごと』と『九龍ジェネリックロマンス』だ。一見ジャンルは異なるようでいて、どちらも“中華的な幻想”をまとった世界を舞台にしている点で共通している。興味深いのは、こうした“日本における中華風ファンタジー”というジャンルが、主に女性向け作品として発展してきたという事実である。

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 『薬屋のひとりごと』は、後宮に仕える薬師の少女・猫猫が、毒や薬の知識を使い、宮中の事件や陰謀を解き明かしていく物語。政治に翻弄されながらも飄々とした態度を崩さない彼女の姿は、多くの読者の共感を集めてきた。戦いや魔法といった派手なアクションはないが、限られた空間のなかで信頼を築き、真実にたどり着く“知性のドラマ”が本作の魅力となっている。

 一方、『九龍ジェネリックロマンス』は、香港の九龍城を思わせる“もうひとつの九龍”を舞台に、曖昧な記憶や感情を抱えて生きる人々の日常を描く。中華圏を直接の舞台とするわけではないが、湿った空気や漢字の看板、雑多に重なった建物など、どこか懐かしく不思議な「東アジア都市の幻想」としての中華的要素が作品全体に漂っている。歴史や文化の正確な再現よりも、“どこかで見たような異国”としての九龍の姿が、独特のノスタルジーを生み出している。

■女性向け作品に宿る「制約の美学」 日本における「中華風ファンタジー」は、いわゆる“異世界ファンタジー”とは異なるかたちで発展してきた。特に男性向けのライトノベルにおいては、ゲーム的なレベルやスキルの概念を軸に、剣と魔法の世界で冒険を繰り広げたり、主人公が圧倒的な力で無双したりする物語が主流となっている。

 そこでは、“中華風”の要素も、武術の奥義や仙術といったバトル要素として取り込まれ、強さを誇示するための装置として機能することが多い。こうした作品では、自由を手にした主人公が理不尽な世界を突き破る構造が、ひとつの快感として描かれるからだ。

 対して、女性向けの中華風ファンタジーでは、自由よりも“制約のなかでどう生きるか”が物語の核になる。後宮や宮廷、王族社会といった舞台は、身分や礼儀、言葉遣いひとつ違えば立場が変わる厳格な空間だ。

 その中で主人公たちは、限られた手段の中で信頼を築き、ときに知恵を巡らせながら、自分の立場を守っていく。派手な展開はなくとも、言葉や視線といった細やかなやり取りの中で、緊張感や関係の変化が丁寧に描かれていく。その語り口や関係性の描写は、濃密なコミュニケーションを軸に感情の機微を追う少女漫画のスタイルが感じられる。

 『後宮の烏』や『彩雲国物語』といった作品もまた、厳しい後宮社会の中で主人公が人間関係を築いていく中華風ファンタジーである。知性や感性、他者への思いやりといった目に見えにくい力が物語を動かしていく作品の系譜は、過去にも根強く存在してきた。

■中華風ファンタジーと“溺愛”系作品ブーム 一方で近年の中華風ファンタジーは、元々の人気に加え、“溺愛”系作品ブームとの結びつきによって、女性向けジャンルとしての存在感をさらに強めている。

 Web発の恋愛小説や漫画を中心に、「冷酷な皇帝が主人公にだけ心を開く」「寡黙な将軍が不遇なヒロインを守り続ける」といった構図が支持されており、階級社会の厳しさや立場の不安定さは、こうした極端な愛情表現がより切実に響く舞台として機能している。表向きは冷徹な権力者が、ふとした瞬間にだけ見せる優しさや庇護。そのギャップに心を動かされる“ギャップ萌え”は、このジャンルと特に相性が良い。

 中華風ファンタジーは、ビジュアル面での魅力も大きい。長く揺れる袖や精緻な刺繍、玉飾りの髪飾りや繊細な調度品といった中華風の意匠は、アニメや漫画の演出によく映えるからだ。美しく作り込まれた世界のなかで、登場人物たちの感情の揺らぎが丁寧に描かれることで、“幻想”としての中華風ファンタジーはその力をさらに増していく。

 『薬屋のひとりごと』のように知性で王宮を渡り歩く物語も、『後宮の烏』のように幻想と人の痛みを重ねる作品も、そして『九龍ジェネリックロマンス』のように失われた風景への郷愁を描く物語も。いずれも“ファンタジー”というレンズを通して、私たちがどこかで見たいと願っている世界のかたちを映し出している。

 異国でありながら、どこか身近に感じられる空気。厳しい制約のある環境のなかでこそ、際立つロマンス。日本における中華風ファンタジーの女性人気は、そうした“縛られた美しさ”と“気高い芯の強さ”への憧れが重なり合った、ひとつの理想の投影先なのかもしれない。(文=すなくじら)