『片思い世界』©︎2025『片思い世界』製作委員会

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 土井裕泰監督、坂元裕二脚本の映画『片思い世界』は、東京の片隅で共同生活を送る3人の女性の物語だ。

参考:坂元裕二はなぜ“落下”を描き続けるのか 『片思い世界』まで綿々と続くモチーフを分析

 児童合唱団で知り合った相良美咲(広瀬すず)、片石優花(杉咲花)、阿澄さくら(清原果耶)の3人は、古い一軒家で暮らしていた。

 実は彼女たち3人は、合唱団を襲った殺人犯の凶行によって命を落としており、それから12年間、幽霊として過ごしてきた。 

 しかし、幽霊と言っても彼女たちの姿は普通の人と変わらない。それどころか、死後も成長しており、人間の時と同じように日常生活を送っているのだ。

 幽霊である彼女たちは現実に関わることができない。例えば、車の中に赤ん坊が放置されている場面に遭遇し周囲の人々に助けを求めても誰も気づいてくれない。主人公でありながら3人は劇中で起こるトラブルを解決することはできず、ただただ、状況を見守りながら感情を吐き出すことしかできないのだ。そんな彼女たちの姿は私たち観客の分身だと言える。そのことを象徴しているのが、3人が幽霊の登場するホラー映画を観ている場面だ。

 画面に映っている幽霊に対して、リアリティがない、自分たちとは全然違う、無理やり怖いビジュアルにしている、作者の偏見が酷いと3人は文句を言う。身近な職業が映画やドラマで描かれた際に視聴者が批判する時によく言うことばかりで、思わず笑ってしまうのだが、次第に3人は、この幽霊は「ひとりだったから」こうなったのではないかと考えるようになる。

 このシーンは、坂元裕二が日々の営みを丁寧に描いてきた理由を作者自ら解き明かしているようにも見える。食事や選択といった日常生活をおろそかにし、他者と関わらずに孤独を深めていくと、人はやがて幽霊のようになってしまうのだと言われているように感じた。

 近年の坂元裕二は、連続ドラマから映画に活動の場が移ったことにより、脚本の書き方が変化している。

 『花束みたいな恋をした』なら男女の恋愛の始まりから終りをそれぞれの視点から描き、『怪物』なら一つの事件を母親、教師、子どもたちの視点で描く三部構成。『ファーストキス 1ST KISS』ならば同じ時間を何度も繰り返すタイムスリップという、特殊な構造を設定し複数の視点から一つの出来事を多角的に見せる物語を展開している。

 そして今回の『片思い世界』では、幽霊になったことで現実とは違うレイヤーの世界に飛ばされた3人の女性が現実に戻ろうとする物語を紡いでいる。

 では、この特殊な構造を用いて本作は何を描こうとしていたのか?

 やがて3人は現実の世界に戻るためには、現実の誰かと心を通じ合わせることが必要だと知る。その「誰か」とは、美咲にとっては恋心を抱いている高杉典真(横浜流星)、優花にとっては母親の彩芽(西田尚美)、そして、さくらにとっては3人の命を奪った殺人犯・増崎要平(伊島空)だった。

 この三者の関係は、男と女、親と子、加害者と被害者という、坂元裕二がこれまで書いてきた人間関係を凝縮したもので、その意味で物語としては集大成と言える。

 坂元裕二作品には「理解できない他者とどう向き合うか?」というテーマが根底にある。それをラブストーリーで描くと『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)や『最高の離婚』(フジテレビ系)、親子のヒューマンドラマで描くと『Mother』(日本テレビ系)や『Woman』(日本テレビ系)、そして犯罪を題材にしたミステリードラマで描くと『それでも、生きてゆく』(フジテレビ系)や『初恋の悪魔』(日本テレビ系)となる。

 この3つの物語を本作は同時に描こうとしたのだが、残念ながら、さくらと増崎の関係だけはうまく描けていないと感じた。

 優花の母親・彩芽が増崎の元に訪れ、子どもを殺された母親と殺人犯の関係に重点が置かれたことで、さくらと増崎の関係がぼやけてしまったことが一番の原因だが、それ以上に増崎の描き方が唐突で、最終的に殺人犯がモンスターとしてしか描かれていないことが引っかかった。

 ただ、この描き方はある種の必然だとも感じた。

 これまで坂元裕二が描いてきた殺人犯は、どれだけ歩みよろうとしても最終的に拒絶される究極の他者として描かれてきた。この描き方は理解できない存在を世間の常識でわかった気になってはいけないという作家としての誠実さの現れだったが、その結果、殺人犯をモンスターとしてしか描けなくなってしまうという限界を抱えていた。

 『それでも、生きてゆく』が傑作だったのは、殺人犯の青年の気持ちを理解しようと悪戦苦闘した結果、挫折するという作者の試行錯誤の痕跡が物語の中に刻まれていたからだが、『片思い世界』はその結論部分だけを抽出しているように見えてしまった。

 幽霊の描き方や美しい合唱曲など美点の多い本作を、その一点だけを理由に失敗作と言うつもりはない。

 しかし今後、坂元裕二が理解できない他者を描き続けるのなら、そろそろ殺人犯の視点から世界を見つめる覚悟が必要なのではないかと、本作を観て感じた。

(文=成馬零一)