箱根駅伝往路の注目区間のひとつは、5区の山上りだ。果たして今年は誰が「山の神」となるのか。スポーツライターの酒井政人さんは「大学1年時は東海大の選手として箱根に出た吉田響選手は今回、創価大に“転入”して5区を走る予定です。幼少時に難病に罹ったものの、その後、急成長を果たし、今季の出雲駅伝や全日本大学駅伝でも区間賞。その健脚が見ものだ」という――。
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往路を10位でゴールする東海大5区の吉田響(左)=2022年1月2日、神奈川県箱根町 - 写真=時事通信フォト

■箱根駅伝往路「シン山の神」候補は異色のキャリア

第100回大会を迎える箱根駅伝で所属する大学を“移籍”する異例のケースが出現した。昨年まで東海大だった吉田響(3年)は今年、創価大に転入、箱根を走る。走るのは注目の区間、山上りの5区。大活躍の予感が漂っている。

筆者は吉田を昨年11月下旬に取材した。当時は東海大の2年生。1年時の箱根駅伝は5区で当時の区間記録に19秒差と迫っており、約50日後に迫った決戦に向けて、こう息巻いていた。

「今回こそ区間記録を更新したいと思っています。1時間10分切りを目指してやっていきたい。前回は10〜16kmのきつい箇所が区間上位選手と比較して良くなかった。そこを落とさずに走ることができれば、かなりタイムを縮めることができると計算しています。気持ちとしては、最初に往路のゴールに飛び込みたいですね」

しかし、12月10日のエントリーメンバーに「吉田響」の名前はなかった。そして今年2月に東海大の陸上競技部を退部した。

■股関節の骨が壊死する「ペルテス病」で動き回れぬ幼少期

静岡県出身の吉田は5歳頃に股関節の骨が壊死する「ペルテス病」を発症。一時は装具をつけることが多く、「動きたくても動けない状態だったんです。みんなは走り回ったりしているのに、自分はできなくて……」という幼少期を過ごした。

完治した後も、体力面では他の児童よりも劣っていたという。それでも小学生の持久走大会は、「40人中10番を切るぐらい」だった。そのときに「長い距離を走るのは楽しいな」と感じて、中学で陸上部に入部した。

写真=iStock.com/TATSUSHI TAKADA
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/TATSUSHI TAKADA

「最初はめちゃめちゃ遅かったんですけど、顧問の先生に面倒を見てもらって、活躍することができたんです」

急成長を果たし、3年時にジュニアオリンピックA3000mで7位に入るなど、吉田はいつしか全国レベルの選手に。そして高校は駅伝強化を開始した東海大翔洋に進学する。

高校では5000mの「インターハイ入賞」を目指して取り組んだが、目標の舞台に上がることはできなかった。3年時はコロナ禍でインターハイが中止。代替大会となった全国高校陸上2020は故障のために欠場したからだ。

「本来なら走っているはずなので、本当に悔しかったですね。高校時代を振り返ると、ひとりで練習する機会が多かったのですが、かえってそれが大学のレースに生きたのかなと思います。単独走で実力を出せない選手は少なくないですけど、自分は逆に自信がある。悪いコンディションでも実力を発揮できるのが自分の持ち味だと思っています」

駅伝に関しては2、3年時の出場はない。チーム事情から短距離ブロックに所属して、ひとりで長距離の練習をしていたからだ。そして東海大に入学すると、ほどなくして箱根駅伝の“秘密兵器”としての育成が始まった。

「自分はピッチ走法なので、足の回しが速いんです。それが山だと有利なんじゃないかということで、僕のレベルに合うメニューを組んでいただきました。東海大はスピード練習を重視しているんですけど、自分はそういうタイプじゃない。50mとかも中学生に負けちゃうぐらいなので、持久力を伸ばすことを意識しました。入学直後の4月の10000m後はレースに一度も出ず、箱根駅伝に合わせてきたんです」

1月2日、無名のルーキーは東海大の5区走者として箱根路に登場。17位でタスキを受け取ると、順位を上げていく。芦ノ湖のゴールに10位で飛び込んだ。

「すぐに故障してしまう」という吉田は2年時もマイペースで練習を続けながら、箱根駅伝の予選会でチームに大きく貢献した。

しかし、2度目の5区はブルーのユニフォームで出場することはなかった。「山の神」候補を欠いた東海大は15位と惨敗。その後、現在の3年生世代が1年前の13人から7人に減少するなど、チームは大きく揺れた。そして吉田も東海大の陸上競技部を去ることになったのだ。

■創価大への転入と今季の大活躍

退部の理由について吉田は多くを語ることはないが、チームメイトと意識の差があったという。

「純粋に強くなりたい」という思いを持つ吉田はいつしか浮いた存在になっていたのかもしれない。失意のなかで同じ静岡県出身の創価大・瀬上雄然スカウト編成部長から声をかけられ、新たな人生が幕を開ける。

吉田は悩みながらも競技続行を決意。創価大駅伝部の一員になった。体育学部から経済学部への編入で、認められない単位も少なくなかったが、「山の神」という目標に向けて努力を重ねてきた。

今季は大きな故障もなく、トレーニングを継続。8月の月間走行距離はチームナンバー1となる1061kmに到達した。そして駅伝シーズンで快走を連発する。

10月の出雲駅伝(島根県)は向かい風の強さを買われて5区に登場。前年と異なり、追い風になったが、吉田は速かった。「楽しくて舞い上がりすぎました」と軽やかな走りで、突き進んでいく。区間記録に2秒差と迫る好タイムで区間賞を獲得した。

参照=出雲全日本大学選抜駅伝競走 出雲駅伝のコースの大会結果【第5区 区間記録】

「創価大に編入したことで、さまざまな意見を聞きました。今回、区間賞を取れて、応援してくださる方々に恩返しができたのかなと思います。ただ個人としては区間新を目標にしていたので、そこはすごく悔しいです。少しでも前との差を詰めて凌に渡そうと思って走りました」

吉田の活躍もあり、創価大は準優勝に輝いた。

11月の全日本大学駅伝(愛知県・熱田神宮→三重県・伊勢神宮)も5区で爆走する。区間記録を29秒も更新すると、区間2位に38秒差をつける圧倒的な区間トップで突っ走ったのだ。13位から9位まで順位を押し上げた。

「区間新記録をターゲットにしていました。抑えたつもりだったんですけど、けっこう調子もよくて、5kmは予定(14分15秒)より10秒くらい速く入ったんです。ゲームチェンジャーの役割を期待されていたので、設定タイムより速く走れてホッとしています」

吉田の活躍もあり、最終的にチームは6位でフィニッシュ。箱根駅伝に向けても、大きな盛り上がりを見せている。

「箱根駅伝も5区で区間記録(1時間10分04秒)を塗り替えて、学生駅伝の区間賞を総なめできるように頑張っていきたいです。できれば1時間08分45秒ぐらいは出したいですね」

吉田が目指すタイムは「山の神」と呼ばれた順天堂大・今井正人(現・トヨタ自動車九州)が現行に近いコースで叩き出した1時間9分12秒を上回るもの。“今井超え”を果たせば、「山の神」と崇められるだろう。

■大学間の“移籍”は活発化するのか

2020年、実業団陸上連合が公正取引委員会から「独占禁止法違反の恐れがある」と指摘を受けたのを契機に、実業団チームの「移籍」が大幅に増加している。それまでは「円満退社」が認められないと、他チームで実業団駅伝に出場できなかった。それが選手、移籍元、移籍先の3者で移籍協議合意書を取り交わせば移籍が可能になったのだ。

一方、大学間の“移籍”はほとんどなかった。しかし、吉田の活躍でこの流れが変わるかもしれない。

筆者はこれまでの取材で、監督の指導法、チーム方針や部の雰囲気に馴染めず、退部を余儀なくされた有力選手を何人も見てきた。彼らの多くは転校がかなわず、そうなると実業団チームに入るのも簡単ではない。競技を続ける意思があっても、新天地を見つけるのは非常に困難だった。

酒井政人『箱根駅伝は誰のものか 「国民的行事」の現在地』(平凡社新書)

賛否はあるが、個人的には大学やチームにフィットしない場合の転校はポジティブにとらえている。どんな偉大な選手でも加齢には勝てない。人間が“速く走れる期間”は限られており、選手たちの才能や夢を無駄にしてほしくないからだ。

吉田は出雲駅伝の後にこう語った言葉が強く印象に残っている。

「自分は陸上を続けるかわからない状況でしたけど、今回、出雲駅伝に出場して、仲間と一緒に喜びを味わうことができました。いろんな思いがあふれてきて、駅伝を走るのって、こんなに楽しいんだなと感じたんです。創価大に来て、このチームで駅伝をやれることがすごく幸せだなと思いました。東海大にも大切な後輩がいるので、箱根駅伝ではともに頑張りたいです」

第100回大会の箱根駅伝。転入生が新たなドラマをつくる。

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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)