メジャーリーグ10年目のダルビッシュ有(サンディエゴ・パドレス)が、長いトンネルの中で苦しんでいる。

 6月まで7勝2敗、防御率2.44という好スタートを切ったあと、7月3日のフィラデルフィア・フィリーズ戦から自身初の7連敗。9月8日のロサンゼルス・エンゼルス戦では6回1失点の好投で79日ぶりの勝利を飾ったものの、続く13日のサンフランシスコ・ジャイアンツ戦では4回までに今季ワーストの8失点で降板した。


後半戦から突如不調に陥っているダルビッシュ有

 今季の成績は27試合に登板して8勝10敗、防御率4.32(現地9月17日時点、以下同)。被打率.225はナ・リーグ14位、2013年にタイトルも獲った奪三振も177個で同15位となっている。

 2021年シーズンが開幕してから6月まで、ダルビッシュはサイ・ヤング賞の投票でナ・リーグ2位に輝いた昨年以上の投球内容を見せていたが、突如不調に陥った。シーズン前半と後半であまりの対照的な姿に、元メジャーリーガーで解説者の斎藤隆氏も驚きを受け止め切れずにいる。

「原因がはっきりわからないので、今季全体の投球について評価するのはとても難しいです。前半戦のダルビッシュは、これほどすばらしいパフォーマンスは何年に1回、来るかどうかというくらいの調子に見えました。

 ところが、後半戦になって状態があまりよくない姿を見ると、周りに言えない理由を何か持っているのかな、と考えてしまいます。ボールの乱れ方が、明らかに調子のよし悪しによる影響ではないように見える時があるので」

 突然の不調の裏にあるのが、2度の戦線離脱だ。

 オールスター前の7月11日に左股関節の炎症で10日間の負傷者リスト(IL)に入ると、8月12日のアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦で腰の違和感を訴えて、2日後に再び10日間のIL入りとなった。左股関節については、シーズン前から状態があまりよくなかったことを明かしている。

 右投げのピッチャーにとって、左足の股関節はピッチングにおいて極めて重要な箇所だ。

 並進運動で前に行ったあと、指先でリリースしていくまでの回転運動で支点になる。そこに痛みが走ることの大変さについて、斎藤氏が投手視点で解説する。

「左の股関節は、投球動作でエネルギーを爆発させるうえで、最大の出力が発揮される時に使われる部位です。その際に感じる痛みは、尋常なものではないと思いますね。察するに余りあります。

 股関節の痛みは外側や内側とさまざまありますが、とにかく厄介です。数カ月という長いスパンで見ると、経験上、ひとつのひずみが大きな変化になっていったとしても不思議ではありません」

 日米通算17年目の今季は、ダルビッシュにとって例年以上に期待を寄せられたシーズンだった。

 コロナ禍で短縮された昨季、日本人初の最多勝に輝き、どんなジャンプアップを見せてくれるのか。メジャー4球団目となるパドレスにエース格として迎え入れられ、オープン戦から好調を維持した。斎藤氏も「リラックスした状態から投げにいく瞬間、リリースでバーンって来た感じがヤバイ」と称賛していた。

 一方、球団初のワールドシリーズ制覇を目指すパドレスは近年、補強に力を注いできた。2019年にはマニー・マチャドとFA史上最高の10年3億ドル(約332億円)で契約。2020年オフにはカブスと2対5の大型トレードでダルビッシュを獲得し、2018年サイ・ヤング賞投手のブレイク・スネルも加えた。

 そして、2021年の開幕前にはフェルナンド・タティス・ジュニアと14年総額3億4000万ドル(約360億円)で契約更新。同地区で9連覇中のロサンゼルス・ドジャースを倒すべく、着々と体制を整えてきた。

 そんな球団に加入した意味を、当然、ダルビッシュはよくわかっていたはずだ。

 自身も35歳まで年齢を重ねるなかで円熟味を増し、投手としてまだまだ成長曲線を描いている。そして新天地で開幕投手を託され、以降もすばらしいパフォーマンスを続けた。各メディアではサイ・ヤング賞の候補に挙げられ、オールスターのメンバーにも選ばれた(ケガで辞退)。

 しかし、ダルビッシュに牽引されたパドレスは白星を重ねる一方、ナ・リーグ西地区ではそれ以上に好調なチームがあった。ドジャース、パドレスを抑えて抜け出したのはジャイアンツで、9月13日には両リーグ最速でプレーオフ進出を決めた。かたやドジャースはワイルドカード争いの2枠のひとつに入ることが有力で、パドレスはセントルイス・カージナルス、シンシナティ・レッズと僅差でもう1枠を競っている。

 そんな厳しいチーム状況のなかで、ダルビッシュは不調に苦しんでいるのだ。

「自分自身に関してはすごいフラストレーションを持ってる。切り替えてまた明日いくしかないかなと思います」

 13日のジャイアンツ戦で敗れたあと、そう話した(翌日の『デイリースポーツ』電子版より)。

 満足いく投球ができない胸の内は、本人しか知る由はない。チームと自身の現状を踏まえたうえで、今季予定される残り3回の登板と、来季に向けてどんなことを考えていけばいいのだろうか。

「難しいですね。そこはダルビッシュの野球に対する考え方や、チームでの立場など、中にいる人しかわからないことがたくさんあります。今、来季に関して考えるのは違うでしょうし。でも人間ですから、来季のことだって当然、頭にあると思います。万全な状態にしたいのは間違いないでしょうが、状況がそれを許してくれない。複雑な感情が湧いているのではないでしょうか」

 ダルビッシュの心境を察した斎藤氏自身、その表情は曇っていた。

 では、プレーオフ争いが佳境を迎える今季レギュラーシーズン最終盤で、ベテラン右腕にどんなことを期待すればいいだろうか。

「今年はチームとして優勝を目指すことも含め、気持ちの入り方が例年とは違ったと思います。ただし、万全ではない状態でマウンドに上がってチームに貢献できるほど甘い世界ではないことも、本人が一番わかっているはず。自分のマウンドに曖昧な状態で立っていることだけにはならないでほしいです」

 ダルビッシュにとってメジャー10年目は、明暗ともに経験するシーズンとなった。迷い込んだトンネルを今年中に抜けられるのか。あるいは来季になるのか。いずれにせよ、どんなトンネルにもいずれ終わりが来るのは確かだ。

 パドレスで迎えた今季前半戦に極めて印象的な活躍を見せてくれただけに、ダルビッシュ本人が少しでも納得のいく形でシーズンを締めくくることを望むばかりだ。