【One Rugbyの絆】タックルのないラグビー 究極のスポーツマンシップで成り立つ「タッチラグビー」の魅力
「One Rugbyの絆」連載第7回、タッチラグビー日本代表・奈良秀明さん
日本ラグビー界に新たなうねりを起こすべく立ち上がった「NPO法人One Rugby」。元日本代表主将の廣瀬俊朗氏が代表理事を務める団体では、15人制や7人制(セブンズ)、車いすラグビーといった一般になじみのあるものから、10人制ラグビー、デフラグビー、ブラインドラグビー、タッチラグビー、タグフットボール、ビーチラグビーまで、「ラグビー」に分類されるあらゆる競技が協力し、競技の持つ魅力を広く社会に伝えていくことを目的とする。
「One for all, all for one」の精神で1つのボールを全員でゴールまで運び、試合終了の笛が鳴れば、敵味方関係なく互いの健闘を称え合う。ダイバーシティ=多様性のスポーツと言われるラグビーが、現代社会に提供できる価値は多い。「THE ANSWER」では、「One Rugby」を通じてラグビー界、そして社会が一つになれることを願い、それぞれのラグビーが持つ魅力を伝える連載「One Rugbyの絆」をお届けしている。
第7回は、ラグビーでおなじみのタックルを「タッチ」に置き換えたタッチラグビーをご紹介する。大学入学時に見た1枚のポスターからタッチラグビーの世界にハマり、今年で日本代表19年目を迎える奈良秀明さんに競技の魅力を聞いた。
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タッチラグビーは1960年代、オーストラリアでラグビーリーグ選手がウォーミングアップ用の競技として始めたとされている。身につけているものにタッチすればタックルが成立。スクラムやラインアウトといったコンタクトを伴うプレーはなく、6回タッチすれば攻守交代、トライ数が多い方が勝ちなど、分かりやすいルールも手伝って、ニュージーランド、アメリカ、ヨーロッパなどに広く普及していった。日本に伝えられたのは1989年。早稲田大学ラグビー部OBで現在は社団法人ジャパンタッチ協会代表理事を務める口元周策さんが紹介した。
横70メートル、縦50メートルのフィールドで、1チーム6人の選手がパスを横か後ろに回したり、ボールを持って走りながら敵陣のスコアラインを目指し、トライを奪い合う。防御側がタックルの代わりに攻撃側の選手にタッチをすれば、その場でロールボール(ボールを股下に置いてまたぐ)となってプレー再開。前後半20分ずつでトライ数を競い合う。
1999年から4年に一度ワールドカップ(W杯)が開催され、日本は2019年にマレーシアで行われた第6回大会で、男女ともに3位に輝く活躍。この大会に男子主将として臨んだ奈良さんにとって、5度目のW杯で初のメダル獲得となった。
タッチラグビーが持つ魅力とは「マトリックスの世界じゃないですけど…」
小中高と野球に熱中した奈良さんがタッチラグビーに出会ったのは、日本体育大学に入学した時のこと。校内で見かけたタッチラグビーのポスターに目が留まったという。野球一筋で突っ走ってきただけに「実はちょっと女子受けしそうなダブルダッチとかにも惹かれていました」と笑うが、ポスターに書かれた「日本代表になりませんか?」の文字に「すごく惹かれました」と振り返る。同じ大学に通う兄のクラスメートに、タッチラグビー部の主将がいた偶然も重なり、導かれるようにタッチラグビーの世界に足を踏み入れた。
始めるやいなや、競技の魅力に取り憑かれた。「タッチされるかされないか。マトリックスの世界じゃないですけど、躱した瞬間の快感とか、触られずに抜けきってトライを取るとか。あと、ラグビーと一緒で、みんなで1つのボールを繋いでトライを取りにいくところが魅力ですね」と笑顔は尽きない。
それから18年。37歳を迎えた今も日本代表として活躍し、2015年には日本初のタッチラグビースクール「町田ゼルビアBLUES」を設立し、小学生を中心に競技を指導。「飽き性の僕がここまで続けているなんて、タッチラグビーは相当大きい存在。今ではタッチラグビーが生活の中心にあって、そこから派生していろいろな繋がりが生まれています」と話す。
奈良さんにとってタッチラグビーとは「自分が輝くことができる1つのツールであると同時に、自分が誰かを笑顔にできるツールの1つでもある」という。それに気付かされたのが、2013年に出掛けた「タッチラグビー世界ツアー」だった。
30歳の節目を迎えた奈良さんは当時、自分の将来に漠然とした不安を抱き、楽しかったはずのタッチラグビーさえ楽しめなくなっていた。「ポジティブで挫折がなさそうに思われがちなんですけど、自分の中では苦しくて苦しくて、つい仕事に行くのとは逆方向の電車に乗ったこともあります」。そんな時に出会った、家族で世界一周する様子を収めたフォトエッセイに背中を押されて一念発起。「人生は一度きり。後悔はしない方がいい」と仕事を辞め、アジア、オセアニア、ヨーロッパなど23か国を旅した。
「自分の芯を作ってくれた旅だった」という世界ツアーでは、インドや東南アジアで貧富の差に触れ、自分が送る恵まれた生活に深く感謝を覚えた。同時に、各地でコミュニケーションを図るツールとして選んだタッチラグビーが持つ人を繋ぐパワーも実感。「みんなは言葉が通じなくてもタッチラグビーを楽しんでいてくれて、何かを得たことでものすごく生き生きした目を僕には見せてくれた。その時、これが僕ができることだって改めて感じました」と、帰国後はタッチラグビーを軸とした生活を送ることにした。
横のつながり生まれたOne Rugby「少しずつ違うそれぞれの競技の魅力を示したい」
コンタクトプレーのないタッチラグビーは老若男女、幅広い人々が楽しめる「ザ・ファミリースポーツという位置づけを持てるスポーツ」だと奈良さんは言う。
「僕のオーストラリアの知り合いには、お孫さんと一緒にプレーしている方がいるんですよ。僕自身がスクールやイベントで教える中でも、2歳児からタッチラグビーのボールで遊んだり、一番上は退職なさった60代後半の方々のイベントでタッチラグビーをしたり、どの世代の方でも楽しめると肌で感じたものがあります」
また、もちろんレフェリーはいるが、タッチをしたかされたかは、選手の良心に基づくところが大きい。白黒つかずに曖昧だという声もあるが、奈良さんは「子どもにとってすごくいいと思います」と話す。
「とにかくスポーツマンシップを求められる競技。僕のスクールで子どもに『タッチできてた?』って聞くと、素直に『できてなかった』と答えてくれます。そうすると、こちらも『ありがとう』と声掛けをする。こういうやりとりは、子どもたちの教育にすごくいいなと思います」
日本全国にタッチラグビー協会やチームは点在するが、「まだまだ発展途上のスポーツ」だと奈良さんは言う。どうやってさらなる普及活動を続けていこうか考えていたところ、旧知の廣瀬俊朗さんから「One Rugby」への誘いがあった。「15人制のラグビーが幹だとしたら、僕らは枝みたいな感じ。枝から幹に歩み寄るのはなかなか難しいので、こういう道を作ってくれたのはうれしかったです」と話す。
「ラグビー自体が体を張るスポーツで、そのラグビーという競技をやっているだけで仲間になれる、すごく特殊なスポーツだと思うんです。One Rugbyに賛同しているそれぞれの競技は、お互い知らなかったり、知っていても繋がっていなかったり。それが今回、One Rugbyのおかげでみんなが歩み寄れる。楕円球・ラグビーの世界ではすごく革新的な動きだと思います」
One Rugbyの活動を通じて「少しずつ違うそれぞれの競技の魅力を示して、いろいろな人が自分にあったものを選べる機会を作れるのがとても楽しみ」だという奈良さん。タッチラグビーに加え、One Rugbyを通じて、これからも多くの人に笑顔を届け続ける。(THE ANSWER編集部・佐藤 直子 / Naoko Sato)
