Sadistic Mika Band Singer Mika Fukui performing with Japanese rock group, the Sadistic Mika Band, on one of two nights at the Empire Pool Wembley London, 17th and 18th October 1975. The group is supporting English art rock group Roxy Music.(Photo by Micha

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日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出していく。2020年6月の特集は、ライブ盤。第2週目となる今回は泉谷しげる、サディスティック・ミカ・バンド、シャネルズの海外公演のライブアルバムを語っていく。

こんばんは。FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」案内人、田家秀樹です。今流れているのは「I CANT TURN YOU LOOSE」。オリジナルはオーティス・レディング。これが流れた時に「お、キー坊」と思った方もいらっしゃるかもしれません。上田正樹とサウス・トゥ・サウスではなくて、シャネルズなんです。1981年5月にロサンゼルスのライブハウスWHISKY A GO GOで行なわれたライブを収めた『LIVE AT WHISKY A GO GO』からお聴きいただいております。今日の前テーマ、ライブはこのオープニングから始まります。そして、この曲の後に流れてくるのがチャビー・チェッカーの「LETS TWIST AGAIN」ですね。続けて行きましょう。

「J-POP LEGEND FORUM」2020年6月の特集は、ライブ盤です。ライブアルバム。2月以降に行われる予定だったツアーやライブがことごとく中止、或いは延期になっている中で、音楽史上初めて音楽が行われない日本列島になっているわけで、早くライブが再開される日が来て欲しい。そんな心からの願いを込めてライブ盤特集をお送りしております。レジェンドたちが残してきたライブアルバムから聴いていこうという1ヶ月。先週は中島みゆきさんと浜田省吾さんのライブ盤を聴きました。今週は3組、3枚のライブ盤をご紹介いたします。海外で収録された日本のレジェンドたちのライブアルバムです。1970〜1980年代、日本のアーティストが海外に乗り込んでいきました。海外でのライブを収めたライブアルバムをご紹介いたします。シャネルズの「WHISKY A GO GO」のライブは後半ですね。まだ海外旅行すらままならない時代に、海を渡ったレジェンドたち。まずはこの人、泉谷しげるさん。1976年のアルバム『イーストからの熱い風』、1976年7月ロサンゼルスのライブハウス、トルバドールで行われたライブを収録しております。

ねどこのせれなあで / 泉谷しげる

MCの途中でありますが、お聴きいただいたのは泉谷しげるさんの「ねどこのせれなあで」。オリジナルは1972年ですね。2枚目のアルバム『春夏秋冬』に入っておりました。ギター一本ですよ。英語が分からないんです。でもそれがなんだっていうライブですね。1976年は、フォーライフ・レコードができて、吉田拓郎さん、井上陽水さん、小室等さん、泉谷しげるさんが新しい旗を掲げた次の年ですね。泉谷さんが一番過激、今も過激ですけど、音楽的に過激だったのが1976〜1977年くらいでしょうね。すごかったですね、ライブで懐中電灯を頭につけて、スーパーマンのような格好をして飛び跳ねてたという時代に行く前ですね。トルバドールのこのライブがあったからそこに行ったんじゃないかと思ったりしております。泉谷しげるさんの1976年のアルバム『イーストからの熱い風』から「ねどこのせれなあで」をお聴きいただきました。

春夏秋冬 / 泉谷しげる

ライブアルバム『イーストからの熱い風』から「春夏秋冬」。場所がロサンゼルスだろうが、大阪だろうが東京だろうが、泉谷しげるは泉谷しげるであります。俺が客だ、俺が楽しみに来たんだと言っております。1976年7月28日、ロサンゼルスのウェストハリウッドにある老舗ライブハウス、トルバドール。オープンが1957年、老舗中の老舗ですよ。ボブ・ディラン、ニール・ヤング、エルトン・ジョン、ビリー・ジョエル、ジャニス・ジョップリン。いろいろな人たちがここでやりました。泉谷さん自身から、 あそこでやりてえんだっていう話があって半年がかりで実現した。日本人のアーティストがここでステージに立つのは初めてでありました。このライブアルバムには当時フォーライフ・マガジンの編集者だった森永博志さん、のちにPOPEYEやBRUETUSの専属ライターで世界中を旅して、素晴らしい原稿をいっぱい書いていた森永さんがルポを書いているんですけど、ライブ前に泉谷さんは黒人居住区がある話を聴いて、じゃあそこに行こうぜということで乗り込んで、そこでゲリラライブをやったという話がありました。マネージャーで元広島フォーク村の村長だった伊藤昭夫さんが、客が来るのか心配だったと書いてます。でも95%が現地の人だった。そういうライブの演奏の一端をお聴きください。

ブルースを唄わないで / 泉谷しげる

ギター1本で勝負してますね。「ブルースを唄わないで」、エレックレコード時代の名曲。1973年の名盤『光と影』に収録されております。このアルバムはプロデューサーが加藤和彦さんで、フォークシンガーとして人気が出てきた泉谷さんにレゲエを歌わせたりしている。そういうアルバムです。泉谷さんの中にはこういうパンキッシュでソウルフルな、体当たりのエモーションというのが溢れているわけですけども、それを引き出したのが加藤和彦さんですね。お聴きいただいたのは1976年に出たロサンゼルスでのライブアルバム『イーストからの熱い風』でした。同じ1976年に加藤さんがリーダーだったサディスティック・ミカ・バンドが、ロンドンでのライブを収めたアルバムが出てます。アルバム『ライブ・イン・ロンドン』、その一曲目「どんたく」。

サディスティック・ミカ・バンドの『ライブ・イン・ロンドン』の一曲目「どんたく」。和風と洋風が一緒になってますね。作詞が松山猛さん、作曲が加藤和彦さん。アルバムは1974年『黒船』。このアルバムはプロデューサーがロキシー・ミュージックのプロデューサーで、ビートルズも関わっていたクリス・トーマス。彼が日本に来てレコーディングしたんですね。1975年にイギリス盤が出た。それに合わせてロキシー・ミュージックのツアーのオープニングに彼らが同行したんです。録音されたのは1975年10月14、15日にマンチェスター、そして17、18日のロンドン公演ですね。当時のミカバンドがどういう雰囲気だったのか、どういうバンドだったのか。インストゥルメンタルを聴くとそれがリアルに伝わるんではないでしょうか。「WA-KAH!CHICO」。

1976年に出たサディスティック・ミカ・バンドのライブアルバム『ライブ・イン・ロンドン』から「WA-KAH!CHICO」。サディスティック・ミカ・バンドのメンバーは加藤和彦さん、加藤ミカさん、高橋幸宏さん、今井裕さん、後藤次利さん、高中正義さんですね。このツアーが終わって、加藤さんご夫妻が離婚してしまうんです。バンドも11月に解散して、ドラム高橋幸宏、キーボード今井裕、ベース後藤次利、ギター高中正義で、サディスティックスとして再スタートします。つまり、ミカバンドとして最後のライブがこの『ライブ・イン・ロンドン』なんです。日本を代表するミュージシャンがロンドンで勝負しているという一端。インストゥルメンタルの曲の反応が凄かったという記録もあります。もう一曲お聴きいただきましょう。こちらは加藤和彦さん、加藤ミカさんが歌ってます。「塀までひとっとび」。

1976年発売、サディスティック・ミカ・バンドの『ライブ・イン・ロンドン』から「塀までひとっとび」。この時のツアーはリバプールで始まり、バーミンガムまでの10カ所16公演だった。日本のバンドがこういうロックシーンミュージック、イギリスを代表する大メジャーなバンドのオープニングでツアーをするのは、向こうのユニオン(ミュージシャン組合)との交渉が大変だったという記事も目にしました。ツアーが始まった時、イギリスの音楽ファンは誰も知らないわけですね。彼らのことを音楽雑誌『メロディ・メイカー』とか『ニュー・ミュージカル・エクスプレス』が絶賛したんです。表紙にもなって、ツアーが終わる頃にはミカバンドを観に来たというイギリス人がたくさんいた。20年くらい前までは、現地の音楽ファンはYMOとミカバンドのことをかなりの割合で知ってましたね。これも1970年代のライブ伝説になっております。

1981年7月発売のライブアルバム、シャネルズの『LIVE AT WHISKY A GO GO』から「THAT IS ROCKN ROLL」「FOOLS FALLIN LOVE」、2曲続けてお聴きいただきました。2曲目のボーカルは、トランペット&ボーカル桑野信義さん、クワマンさんですね。シャネルズのデビューは1980年2月『ランナウェイ』です。つまりデビューして翌年ですよ。このライブアルバムが三枚目のアルバムですね、ライブが行われたのが5月27、28日。さっきの泉谷さんがライブをしたトルバドーレは1957年に開店したフォーク系のメッカですね。トルバドーレは吟遊詩人という意味ですから、シンガーソングライターが多かった。 WHISKY A GO GOはすごいですよ、開店が1964年、出演者の幅がものすごいです。ローリング・ストーンズに「GOING TO A GO GO」という曲があります。これはオリジナルはモータウン・レコードのミラクルズが歌ってるんですけども、このGO GOというのはWHISKY A GO GOのことなんです。で、ドアーズとかジミ・ヘンドリックスとかバーズとかバッファロー・スプリングフィールドとか、もう西海岸のそうそうたる人がほとんど。そして、ザ・フー、キンクス、ツェッペリンとかロキシー・ミュージックとかイギリスからも来ている。ヴァン・ヘイレンとかガンズ・アンド・ローゼズとか西海岸のロックの歴史のようなライブスポットなんですね。そこでデビュー2年目の彼らが英語で歌ってます。デビュー曲の「RUNAWAY」も英語で歌ってるんです。さらに、この日に初披露だったのが、日本で大ヒットした「HURRICANE」ですね。では3曲いっちゃいましょう。もう一曲は1959年のザ・コースターズの曲で、これもローリング・ストーンズがカバーしております。「POISON IVY」。

お聴きいただいたのは、シャネルズの1981年のライブアルバム『LIVE AT WHISKY A GO GO』から「RUNAWAY」、「HURRICANE」、「POISON IVY」、3曲続けてお聴きいただきました。泉谷さんがトルバドーレに出るのに半年かかったという話がありましたが、シャネルズはもっとかかってるんですね。1980年の2月にデビューして、7月にロサンゼルスに行って、 WHISKY A GO GOのアマチュアナイトに飛び入りしてるんです。そこでお店の人とか業界関係者に印象付けて、翌年5月にこうやって2日間の公演を行なったんですね。3曲目の「POISON IVY」を聴いて、鈴木雅之さん以外の方も歌ってるなと思った方もいらっしゃるかもしれませんが、客席にコースターズ、オリジナルを歌っていたグループのメンバーが遊びに来ていた。彼らもステージに上がって一緒に歌ったという光景ですね。客席にはアンディ・ウォーホルがたまたま遊びに来ていた。のちにラッツ&スターが『ソウル・バケーション』というアルバムのジャケットをアンディ・ウォーホルに頼んだ時、「あの時の若者か」と言ったと聞いたことがあります。これはマーチンさんがよく言っていますけど、シャネルズは日本人初の黒人ですからね(笑)。顔を黒く塗ってでもそういう音楽をやりたかった。本当に念願だったというのは、このライブからよく感じ取れますね。このライブアルバムは、日本のアルバム・チャートで1位になったんです。海外で録音したライブアルバムが、日本のアルバムチャートで1位になったのは、これが最初じゃないでしょうか。そういうライブのフィナーレをお聴きいただきます。これもベルベッツというグループのカバーで「TONIGHT」、そして「CLOSING THEME(IN THE STILL OF THE NIGHT)」です。

いやあ、クワマンさんのトランペットいいですね。鈴木雅之さんは今年がデビュー40周年で、4月に4枚組アルバム『ALL TIME ROCK N ROLL』を発売しました。このアルバムには当時、アマチュア時代にやっていたドゥー・ワップとかロックンロールのカバーも入ったりしてるんですね。今まで40年間で見せなかった、アマチュアだったシャネルズ時代のマーチンさんが伺えるアルバムになっているんですよ。マーチンさんのツアーも来年に延期になってしまいました。この「WHISKY A GO GO」のライブのような雰囲気のツアーが見れるんじゃないかなと思っております。

静かな伝説 / 竹内まりや

「J-POP LEGEND FORUM」ライブ盤特集Part2。今週は泉谷しげるさん、サディスティック・ミカ・バンド、シャネルズの海外で録音されたライブアルバムをお聴きいただきました。流れているのは、この番組の後テーマ、竹内まりやさんの「静かな伝説(レジェンド)」です。海外でライブをやりたい。こういう希望や憧れのようなものは今も昔も変わらないと思うんですね。でもやり方はかなり変わりましたね。今はワールドツアー、海外ツアーというのも組めないことはない、夢ではないという時代になりましたが、1970〜1980年代前半という海外旅行すらポピュラーじゃない時代に、こういう老舗のライブハウスに出るという、音楽を始めた人間として一度はやってみたいという強い憧れに駆り立てられて、向こうに渡った。そういうライブですね。やはり日本で収録されたライブとは熱が違っているなとお感じいただけたら幸いです。ライブハウスという場所の役割も当時と変わったりしているので、同じように海外のライブを録音するライブアルバムが出るという風には限らないのかもしれないなと思ったりしております。でも日本にもそういう老舗のライブハウスはありますからね。それにしても、こういう話をしていると、早くライブハウスでのライブが解禁されるといいなというところに落ち着いてしまいますね。早く、その日が来ることを願って、また来週!

<INFORMATION>

田家秀樹
1946年、千葉県船橋市生まれ。中央大法学部政治学科卒。1969年、タウン誌のはしりとなった「新宿プレイマップ」創刊編集者を皮切りに、「セイ!ヤング」などの放送作家、若者雑誌編集長を経て音楽評論家、ノンフィクション作家、放送作家、音楽番組パーソリナリテイとして活躍中。
https://takehideki.jimdo.com
https://takehideki.exblog.jp

「J-POP LEGEND FORUM」
月 21:00-22:00
音楽評論家・田家秀樹が日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出す1時間。
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