「もしかして、ハメられてた?」美人秘書と火遊びした弁護士夫に、下された天罰
世の中は、弱肉強食の世界だ。特に、この東京で生きる男たちにとっては。
皆、クールな顔をしながら、心に渦巻くどす黒い感情を押さえつけるのに必死なのだ。
弁護士としてのキャリアを着実に重ねる氷室徹(34歳)。しかし、順風満帆に見えた彼の人生は、ある同級生との再会を機に狂い始めていく。
◆これまでのあらすじ
ある日氷室は、同級生・堀越と再会するが、彼から「昔氷室に暴行を受けていた」などと覚えのない主張をされてしまう。

“この手紙を読んでいる時、私と息子は、あなたの前から姿を消していることでしょう。
理由は、言わなくてもわかっていると思いますが。
家族と向き合えない人とは婚姻生活を続けることはできません。そして、父親として信頼するわけにはいきません。
電話してもメールしても、一言も返してくれないなんて、仕事が忙しいとは思うけれど、そんな暇もなかったとは思えない。
あなたと出会った大学時代、まさか結婚するだなんて思ってもみなかったけれど、「不自由は絶対にさせないからついてきてほしい」っていうあの時のあなたの言葉、とても嬉しかったんだけどな。
もう、変わってしまったんだね。
正直、浮気でもしててくれれば責め様もあったんだけれど、きっとあなたのことだから仕事に打ち込んでいたんでしょう。
私と息子のことは心配していただかなくて結構です。あなたも知っての通り、私もすぐに働ける資格があるし、息子は実家から通わせることもできる。
…ここまで書いて少し落ち着いた。
ちょっと書き散らしちゃったけど、私の正直な気持ちです。
とりあえず、一旦距離をおきましょう。
落ち着いたら連絡します。”
妻は、いなくなってしまった。氷室が妻に抱いていた思いとは…?
後悔先に立たず
妻からの手紙を読み終え、氷室はがっくりと肩を落とした。
2週間以上も家に帰らず、電話にもメールにも出なかったのだから当然だ。
しかし心のどこかで、彼女なら待っていてくれるかもしれないという淡い期待があったのだ。
大学時代にインカレサークルで知り合った妻とは、身を焦がすような大恋愛ではなかったが、一緒にいると落ち着く、居心地の良い関係だった。
社会人になってからは、激務の氷室を献身的にサポートしてくれた。
まだあれは結婚する前のこと。一緒にミュージカルに観に行こうと約束していたのに、当日になって仕事ですっぽかしてしまった。
帰り際に電話で謝罪すると、彼女は明るい声で「一人で行ってきちゃった!最後のシーン、本当に感動的だったのよ。一人だと思う存分泣けて良かったわ」と言い、氷室を責めることもなく笑い飛ばしてくれたのだ。
「仕事を頑張っているあなたが好き」
そう言ってどんな時でも自分の味方でいてくれた妻が、今、目の前から消え去ろうとしている。
氷室はようやく、自分のしてきたことの浅はかさに気が付いたのだ。

“正直、浮気でもしていれば責め様もあったんだけれど”
手紙の一文が、脳裏を過ぎる。妻は、氷室が浮気しているなんて思っていないらしい。
仕事ばかりで家庭を顧みない、そんな夫と距離を置きたいと言っているのだ。
それなら、心を入れ替えて謝罪すれば妻の気持ちを取り戻すことは出来るかもしれない。でも…。
“仕事を頑張っているあなたが好き”
かつて妻がいつも言ってくれていた言葉を、再び思い出す。
自分は仕事に生きてきたくせに、パートナーにも昇進出来ず、結局仕事で何の成果も出していない。
妻が好きだと言ってくれていた自分ではなくなってしまった。今さら会いに行って、妻は喜ぶのだろうか…。
これまで決して揺らぐことのなかった、絶対的な自分への自信が、みるみるうちに崩れていく。
誰もいないしんとした家の中で頭を抱えていると、不意に、ある1人の弁護士のことを思い出した。
“俺、彼女と結婚するんだ”
不釣り合いなほどの美女を連れてきた学生時代の同期だ。だが結局彼は、嵌められたに過ぎなかった。
当時、あんな分かりやすい罠にひっかかるなんて馬鹿馬鹿しいと思っていたがー。
そのとき、ある考えが頭に浮かんだ。
−ま、まさか…。いや、そんなはずはない。
自分は、出世街道を驀進しているからまったく関係ない。宮瀬とのことは、一流の男であればこの程度の火遊びは付き物だとさえも思っていた。
「絶対に違う…!」
大きく頭を横にふるが、不安はどんどん大きくなっていくばかりだ。
時刻は12時を回り、氷室のいるリビングにも日光が差し込もうとしていた。
「まさか自分も…?」氷室は、不吉な予感を抱き始めるが…。
拭えない不安と過去
「はい、承知しました。それでは、失礼します」
その日の夜、大川の秘書から電話がかかってきて、2週間の謹慎を言い渡された。
電話を切ると、氷室はスマホを投げ出してそのままソファに突っ伏した。
−あぁ、終わったな…。
大川曰く、この2週間は有給休暇として処理されるらしい。所内では、“実家関連の急用”という形になっているようだ。
大川の采配に感謝すべきなのだろうが、あんな密会写真が出回った後だ。誰もが謹慎だと想像するだろう。
これまで、まるで泳ぐことをやめたら死んでしまうマグロのように働いてきた。働くことこそ自分の生きがいと感じていたし、弁護士としての自分に脂が乗っていくのも実感していた。
今、止まってしまったら一体どうなるのだろう。
そんな不安が氷室を一気に襲う。マグロならば、泳ぐのをやめると呼吸ができなくなって死ぬ。
−仕事をしない俺は、何をすれば良いんだ…!?
白紙になった自分の将来。それを思うと、頭の中も真っ白になる。
考えても考えても答えの出ない問いを繰り返しているうちに、連勤の疲れもあり、眠りに落ちてしまった。
◆
「本気にしてたなんて、馬鹿みたい」
艶かしい女が、氷室に吐き捨てるようにつぶやく。
「私は先生の素行調査を頼まれただけです。そしたらすぐに尻尾ふってついてくるんですもの」
「宮瀬?なんだ?なにを言っている?」
氷室が問いかけると、宮瀬はこれまでにないようなバカにした表情で答える。
「簡単すぎて笑っちゃいました」
俺の素行調査?
うそだ、まさか、そんな…。
続いて、見覚えのある顔が問いかける。
「覚えてないなんてひどいなあ、氷室くん」
今度ははっきりとわかった。これは…中学校時代の堀越だ。
「僕、君にいじめられてたんだよ。これから仕返しするんだ」
「堀越、お前も何を言ってるんだ?俺はそんなこと…」
そういって堀越に反論しているところで、視界がパッと明るくなった。

「うわっ」
自分でも情けないと思うほどに、大きな声をあげて氷室は目を覚ました。悪夢だった。
宮瀬と堀越。
2人の人物が、今の氷室の不安を象徴するかのように夢に出てきた。
さっきの夢の中で、宮瀬は素行調査だと言っていた。これは本当なのだろうか。まさか自分が罠にはまっていたのではないかという疑念が過ぎる。
それに、自分が転落するきっかけとなった堀越も出てきた。彼は仕返しと言っていたが、これも事実なのだろうか。
確認のしようがない、しかし現実でもおかしくない二人のセリフ。
氷室は、謹慎期間中、同じような夢を繰り返し見続けた。この2週間、休養など全く出来ず、むしろ精神的にどんどんすり減っていった。
日に日に不安と罪悪感は募っていくばかりで、氷室は人生で初めて深い絶望の淵に立たされていた。
▶︎Next:1月8日 水曜更新予定
次週、最終回。不安に苛まれる氷室。苦難の末、氷室は自分の出すべき答えにたどり着く...!

