韓国の輸出額はついに9カ月連続でマイナス

韓国政府が発表した8月の輸出額は442億ドル(約4兆7000億円)だった。これは前年比13.6%の減少で、9カ月連続のマイナスだ。今年5月、米中の貿易摩擦への懸念が高まって以降、前年同月比で見た韓国の輸出減少率は拡大傾向になっている。

この要因には、主力輸出先である中国の景気減速に加えて、ドナルド・トランプ大統領の経済政策による“サプライチェーン”の混乱がある。

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サムスン電子の水原事業所(本社)=2017年5月25日、韓国・水原 - 写真=時事通信フォト

これまで、世界の企業は需要動向に応じて必要な資材を必要なタイミングで調達できるよう世界各国に供給網を構築し、主には中国で生産活動を展開してきた。

しかし、昨年来、米国が中国に制裁関税などをかけ、中国も報復している。この影響を避けるために、世界の企業が中国に置いてきた生産拠点を、他のアジア新興国などに移している。また、労働コストの上昇などを受けて、世界の工場としての中国の地位が低下しつつあることの影響も軽視できない。

サプライチェーンの再編にかかるコスト負担や先行きへの懸念などから、多くの企業が資材の調達などを減らしている。それを反映し、世界的に企業の設備投資は減少し、韓国の重要な輸出品目である半導体などの需要が落ち込んでいる。

■輸出依存度の高い国の経済ほど厳しい状況に

足元の世界経済を見ると、米国のトランプ大統領の通商政策の影響などを受け、世界的にサプライチェーンが混乱している。この結果、輸出依存度の高い国の経済が厳しい状況を迎えている。輸出減少に直面する韓国はその一つの例だ。

米中間の制裁関税を逃れるために、中国に置いてきた生産拠点をタイやインド、ベトナムなどに移す企業が増えている。この結果、従来の供給体制が崩れ、世界的に生産活動にブレーキがかかりつつある。これが韓国の輸出減少の主な要因と考えられる。

サプライチェーンの混乱は、50を境に景気の強弱を示す「PMI(購買担当者景況感指数)」の推移から確認できる。世界の景況感を製造業と非製造業に分けてみると、製造業の景況感悪化が鮮明化している。2018年以降、製造業の景況感は50を上回りつつも低下傾向となった。

本年5月に世界全体の製造業PMIは50を下回った。これは、先行きへの懸念を強める企業が増え、新規の受注が減少したり、原材料の仕入価格が下落したりしたことなどに影響された。

■米国は第3弾の対中制裁関税を10%から25%に引き上げ

このタイミングは、米中の貿易摩擦への懸念が一段と高まった局面とほぼ一致している。

4月末まで、米国と中国は共同で通商に関する合意文書案を作成してきた。しかし、5月上旬、突如として中国の習近平国家主席は「一切の責任を持つ」と表明し、米中が5カ月の時間をかけて取りまとめてきた7分野150ページに及ぶ文書案から、法律に関する部分などを削除し、105ページに圧縮・修正し米国に一方的に送り付けた。補助金の支給などに関して中国共産党内部から習氏に対する批判が強まり、同氏は改革派の意向よりも保守派に配慮せざるを得なくなったと考えられる。

この結果、米国は第3弾の対中制裁関税を10%から25%に引き上げた。さらにトランプ大統領は中国の通信機器大手ファーウェイへの制裁を発動し、制裁関税がかけられていない残りの中国製品の輸入にも関税を課す考えを示した。この展開を受けて、世界のサプライチェーンの混乱に拍車がかかっているとの見方もある。

■中国の景気減速と中国企業の追い上げのWパンチ

世界的なサプライチェーンの混乱に加え、韓国にとって最大の輸出先である中国の減速も、韓国の輸出減の一因だ。足元、中国経済は成長の限界を迎えつつある。これまでのように韓国が中国への輸出を足掛かりにして企業業績を高め、経済の安定を目指すことは難しくなっている。

一方、長めの目線で考えると、中国には将来への期待を高め得る要素もある。それは、中国のIT先端分野での開発力が米国に比肩する、あるいは分野によってはそれを上回るほどの水準に達していると考えられることである。これまで韓国がシェアを伸ばしてきた半導体やディスプレーなどの分野では、中国が急速に追い上げている。

それだけではない、8月、ファーウェイは独自OSの「ハーモニー(鴻蒙)」を発表した。当初、ハーモニーの発表は今秋から来春にかけて行われると考えられてきたことを踏まえると、先端分野における中国の創造力はすさまじい。ファーウェイは傘下のハイシリコンを通して高性能の半導体である「キリン」の生産能力も高めている。

■サムスンは韓国産のフッ化水素を製造工程に投入したが…

中国の追い上げに対して、韓国の企業はどのようにして自力で苦境を打開すればよいか、策を見いだせていないように見える。この見方などから、外国人投資家は韓国株を売却している。韓国の技術力そのものへの不安を強める市場参加者は少なくない。

これまで韓国は、自国で競争力のあるテクノロジーやモノを生み出すのではなく、事実上、わが国の技術力に依存してきたといえる。例えば、フッ化水素などの半導体材料に関しては、わずかな純度の差が製品の性能に大きく左右する。サムスン電子は韓国産のフッ化水素を試験的に製造工程に投入しているが、対象は製品への影響が少ない工程に限られている。

また、各国の企業はサプライチェーン再編コストの負担などから、製品原価の引き下げを重視し始めた。アップルは有機ELパネルの調達先をサムスン電子から中国企業に切り替えようとしているようだ。韓国企業が自力で技術力を高め、さらに磨くことができるか、先行き不安は高まっている。

■合計特殊出生率は「1」を割る世界最低水準に

長期的に考えると、韓国経済は縮小均衡に向かう恐れがある。

経済の実力は、労働力と資本の投入量と全要素生産性(労働と資本の投入以外の要素が成長に与える部分)に基づく。全要素生産性は、“イノベーション”に負うところが大きい。イノベーションとはこれまでにはなかった発想などを用いることによって、新しいモノやコトを生み出すことだ。端的に言えば、人々が「ほしい!」と思ってしまうヒット商品などを生み出すことがイノベーションと考えればよい。ヒット商品の創造が需要を生み出し、経済の成長を支える。

労働力、資本、イノベーションの観点から韓国経済を考えると、労働力の点において韓国はわが国以上に厳しい状況に直面している。2018年、韓国の合計特殊出生率は0.98と世界最低水準だった。少子化、高齢化が進む状況は、韓国経済の成長にはマイナスだ。

資本に関しては、財閥企業や大手金融機関を中心に、外国人投資家の株式保有比率が高い。これは韓国国内での資本蓄積が進んでこなかったことの裏返しといえる。今後、韓国の人口が減少に向かう可能性を踏まえると、国内の資本は減少し、経済の実力は低下する恐れがある。

■問題は、韓国経済が財閥企業に依存してきたこと

この状況下で韓国が成長を目指すには、イノベーションの発揮が欠かせない。そのためには、政府主導で構造改革を進めることが重要だ。韓国は、成長期待の高い分野にヒト・モノ・カネの経営資源が再配分され、新しい取り組みが進みやすい状況を目指さなければならない。

問題は、韓国経済が財閥企業に依存してきたことだ。それに加え、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、最側近による複数の不正疑惑に直面している。徐々に、韓国世論の文大統領に対する見方には、変化の兆しが見て取れる。不正への批判が増える中、文大統領が多様な利害を調整し、国を一つにまとめていくことは困難だろう。

当面、世界のサプライチェーンの混乱は続き、韓国の輸出は減少傾向となる可能性がある。もし米国の景気後退懸念が高まる場合には、韓国経済がかなり深刻な状況に陥る展開も軽視できない。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)