大混乱の香港を国際社会は救わない…いま世界が陥る「深刻な危機」

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武力鎮圧は脅しではない

香港情勢がきな臭くなってきた。

8月7日、中国政府は抗議活動が続く香港情勢について、「情勢がさらに悪化し香港政府が制御できない『動乱』が起きれば、中国政府は決して座視しない」と警告した(国務院香港澳門事務弁公室と中央政府駐香港連絡弁公室〈中聯弁〉が深圳で開催した香港情勢に関する座談会における香港澳門事務弁公室張暁明主任の発言)。

1989年の天安門事件で下された「動乱」評定が今回も下されれば、香港に戒厳令が敷かれ、武装部隊が鎮圧に乗り出すだろう。

現に、香港との境界に近い深圳の競技場には中国武装警察の軍用車両と部隊が多数集結済みという。かねがね強権的と言われてきた習近平政権のことだ。本気でやるかもしれない……。

一方、先週中国SNSで見た中国のある評論に興味を惹かれた。要旨は以下のようなものだ。

1)8月7日の香港情勢座談会に関する報道は異例だった。香港から参加した親中国派500名の反応が何も書かれていなかったのだ。「(抗議運動を)厳しく非難」「中央の方針を堅く支持」といった決まり文句がなかったのは、いまは親中国派でさえ抗議運動に同情的で、中央に距離を置いていることを暗示する
2)「中共は天安門事件を軍隊で解決した」と言われるが、誤りだ。軍隊は街頭の抗議者を一掃する以上のことはできない。事件後に、共産党の全国末端組織(都市の「街道弁」、農村の「村」)による膨大な教化宣伝活動があって、ようやく民心をコントロールできたのが実情だ
3)そんな党の末端組織がない香港で手荒な鎮圧手段を取るのは困難だ。党が直接飯を食わせている訳でもない香港のエスタブリッシュメントに党の方針支持を無理強いすることも難しい。香港は大陸とは違うのだ。
4)以上を考えると、北京の選択肢は3つ。上策は妥協・譲歩して大方の共感を得ること、中策は現状を維持してこれ以上の激化を避ける、下策は鎮圧して火に油を注ぐ、だ。

中国本土にもこういう穏当な意見があることにホッとするし、ここで言う上策、せめて中策が維持されることを願うが、中国共産党が過去の出来事にどう反応してきたかを思い起こすと、この政体の政治的重心は、この評論からは遠い所にあると感じる。

北京が武力鎮圧を匂わせるほどに現状を問題視するのは何故か。

抗議行動に「香港独立」や反中国(国旗・国章を汚す振る舞い)といった容認できない主張が混じっていることや、北京がとりわけ神経を尖らせる北戴河会議の最中に起きたこと(このまま持続すれば10月1日の建国70周年記念式典も影響を受ける)も理由だろうが、もう1つ重要な原因があるように思う。

「米国の陰謀」を巡る非対称な状況

それは、中国政府も中国人も「抗議運動の背後には外国勢力(米国)の煽動がある」と確信していることだ。

中国では、香港の民主派グループが「全米民主主義基金(The National Endowment for Democracy、「民間非営利」団体とされながらも、実際は米国議会から年々の出捐を得て「他国の民主化を支援する」ことを目的に資金援助をしている団体)から資金援助を受け取っていることや、米国の駐香港領事館員が2014年雨傘革命当時の学生リーダーだったジョシュア・ウォン氏に会いに行ったことなどが、米国の陰謀の動かぬ証拠とされているのだ。

ここに大きな「非対称」が生まれている。

中国から見れば、これは陰謀、内政干渉であり、いまや米中対立が経済問題を超えて重大な政治問題に発展したと見える。

しかし、トランプは抗議運動を「暴動(riot)」と呼び、「北京と香港政府でうまく解決して欲しい」といったツイートを連発する有様で、香港の自由や民主には関心がないのだ(米国では、天安門事件を想起して中国が強硬手段に出るのを警戒、牽制する声が高まっているが、トランプは14日も「習主席が抗議する人々と個人的に直接会えばハッピーエンディングになるだろう」と他人事のようなツイート、ロス商務長官は「中国の内政問題だ」と発言している。

しかし、「米国の陰謀論は中国の被害妄想だ」とも決めつけ難い。トランプにその気が無くても、米国には「その気のある」人々がいそうだからだ。

米国は、ときに「2つの政府がある」ように見えることがある。いまの米中対立でも、トランプが進める貿易戦争とは別個独立に、対中タカ派がハイテク冷戦を進めている。香港問題でも、この「米国に2つの政府」状況が生まれている可能性はある。

単純に自由と民主主義を信奉し布教したい人々もいれば、中国をやっつけるために香港の若者をダシに使おうというワルもいるだろう。

「謀略」が錯綜する香港?

一方で、香港で謀略を弄したがる人々は、実は中国側にもいるのではないか。

いまの香港政府には奇妙な好対照を感じる。1つは万事を北京に指図され、何の当事者能力も持ち合わせないキャリー・ラム長官の姿、もう1つは、相手が女であろうと無抵抗であろうと躊躇も容赦もなく暴力を振るう警察の姿だ。

長官の「木偶の坊」ぶりを目の当たりにすると、警察だって、あれほど暴力的で挑発的な振る舞いが北京の指図なしにできるものだろうかと疑念が湧く。加えて、それは習近平執行部の意を体したものかどうかについても。

というのも、武力鎮圧を余儀なくされるような事態に追い込まれたら、米中対立は激化、経済はいよいよ萎縮、中国の国際イメージは悪化、台湾で蔡英文総統が再選される可能性は増大……というように、習近平執行部は困難が増すだけで、得るものがないと感じられるからだ。

軍用車両を深圳に集結させているいまも、「この威嚇で騒擾が収まってくれますように」とお祈りしているのではないかと思うくらいだ。

しかし、執行部が困るがゆえに、事態を悪化させてやろうと目論む反対勢力も中国にいるのではないか。

昨年、日本のマスコミは、まるで「皇帝習近平に逆らう者は誰1人いなくなった」かのように「習近平の権力集中」を報じたが、中国政治はそんなに簡単ではない。

経済、内政、外交……執行部が少しでも失点すれば、あげつらってやろうと虎視眈々の構えの反対勢力が雌伏しているはずだ(だから北戴河の期間中はよけいにやばいのだ)。

リーダーのいない抗議運動と当事者能力を欠いた政府が対峙する危うい香港を舞台に、米国の尖鋭な対中タカ派や民主推進派と中国の反主流派が「謀略」合戦を繰り広げているのではないか……確たる証拠はないが、そんな不安がもたげるのだ。

米国の指導力は過去のもの

話を「米国の介入」に戻したい。実のところ、米国の対外政策は気まぐれで無責任な内政干渉を繰り返してきた歴史ではなかったか。

味方、支援者のような顔をして介入するが、やがては見捨てて現地人の心に大きなルサンチマンを遺していく……中東ではアフガンを巡る米ソの対立の中で、米国のそんな所業がオサマ・ビンラディンのような祟りまで生んだ。

先日訪日した米国の某アジア専門家は「香港のデモ運動の先鋭化を非常に憂慮している。彼らを助けるために、いまの米国が中国と対決のリスクを冒すことはないからだ」とはっきり述べていた。トランプ大統領の言動を見ていると「そりゃそうだろう」と思える。

「自由と民主主義を信奉し世界に布教する」という米国の使命感は、「普遍的価値観の守護者」(平たく言えば「世界のお巡りさん」)「米国は世界に2つとない特別な国」という米国独特のアイデンティティと表裏一体に育まれてきたものだろう。

しかし、米国の力が相対的に衰えれば衰えるほど、もっと直截に言えば、米中の力の差が縮まれば縮まるほど、米国は「特別な国」ではなくなり、その布教行為も「内政干渉」に近づくとは言えないか。

先に、米領事館員がジョシュア・ウォン氏に接触したことに触れたが、領事館員はウォン氏に何を語ったのかに興味がある。

「応援するから頑張って」と語ったかもしれないが、彼女はその言にどこまで責任を負えるのか。「また見捨てた」結果にはしないと保証できるのか。

「第2の天安門事件」にはならない

いま解放軍が香港に進駐して抗議運動を鎮圧すれば、「第2の(少なくともミニ)天安門事件」になるという見方が強い。

30年前に起きた天安門事件で、西側諸国が結束して中国に国際的な制裁を課して、中国が孤立したことを想起してのことだ。しかし、そうはならないのではないか。

いっときはそれに近い情勢が生まれるかも知れない。しかし、まず習近平執行部がそれで鎮圧をためらうことはないだろう。

先述したように、手荒な真似に出る前に抗議運動が終熄してくれるのがベストだ。しかし、天安門事件後の国際的孤立だって数年で跳ね返したのだ。

中国共産党内の大勢が「抗議運動が一線を越えた」と判断するとき、習近平政権が「いっときの孤立」を怖れて鎮圧の決断を下せなかったら、今度は習近平が党内で「退場せよ」の圧力を受けるだろう。

「第2の天安門事件」にならないと思うのは、「西側」の力と影響力がこの30年の間に相対的に大きく落ちたからだ。

欧米の中でもポピュリズムで力を得た専制型指導者があちこちで誕生するなど普遍的価値観の異物が膨張しつつある。「普遍的価値観」を取り巻く世界情勢は、我々がぼんやり感じているよりも、よっぽど危機的なのではないか。

空港を占拠した若者達を見て胸が痛くなった。彼らが空港を選んだのは、ほかでもなく国際社会に香港の現状を訴えて支援を得るためだろう。

ほんとうに申し訳ない。

いまの世界には、君たちと自由な香港のために身体を張ってでも助けに行く人はいないのだ。

甘言を信じちゃダメだが、自暴自棄もダメだ。自重してほしい。