斉藤和巳インタビュー(2)

 7月29日、斉藤和巳は現役復帰を断念し、ユニフォームを脱ぐことを表明した。その会見から間もない8月2日、斉藤の偉大な功績が再びクローズアップされることとなった。楽天の田中将大が日本ハム戦で完投勝利し、開幕15連勝を達成。2005年に斉藤が打ち立てた開幕からの連勝記録に並んだのだ。それから1週間後の8月9日、ついに記録は抜き去られた。このことについて、斉藤はどんな思いを抱いているのだろうか。

 自分が引退を発表した直後だったと思うのですが、マー(田中将大)から連絡がありました。その時、「次(8月2日の試合)も勝ったら、新記録がかかった試合はホークス戦になるかもしれません」って言うから、「オレの記録を絶対に抜いてくれよ」っていう話をしました。もちろん、自分の記録が抜かれることは寂しいですけど、マーだから良かったというのはありました。あれだけすごいピッチャーに抜かれたことの気持ち良さがあります。結局、24連勝までしたんですから。15連勝の時に騒がれたことが恥ずかしいですね(笑)。でも、その連勝に関しては、僕は2回していますから(2003年に16連勝、2005年に開幕15連勝)。15連勝を2回達成したのは、実は僕だけなんです。誰か取り上げてくれないかなって、いつも待っているんですけどね(笑)。

 マーとは、嫁同士の仲がいいこともあって(斉藤の妻はスザンヌさん、田中の妻は里田まいさん)、何度か食事に行ったことがあります。だから、チームは違いますけど、まったく他人とは思えないところがあるんです。ただ、マーとはもともと親交があったんです。初めてマーと話をしたのは、アイツがまだ1年目(2007年)のオープン戦の時。楽天の選手4人ぐらいと食事に行くことがあったのですが、そこに彼もいたんです。その時に驚いたのが、周りが先輩ばかりだったのにもかかわらず、自分の意見や伝えたいことを物怖じせずはっきりと語っていたこと。こういう選手がこの世界でトップに行くんだろうなと。あの時に感じたことは、やっぱり間違いじゃなかったんだなって思いますね。

 今シーズン、24勝0敗という神がかり的な成績を残した田中だが、それでもまだ斉藤に届かないものがある。それが通算勝率だ。今季の成績を含めた田中の通算勝率は.739(99勝35敗)。これはNPB時代のダルビッシュ有の成績(.710/93勝38敗)を上回ったが、斉藤の.775(79勝23敗)には及ばなかった。「負けないエース」と評された斉藤。彼がマウンドでこだわっていたものとは何だったのだろうか。

「勝つ」と「負けない」は同じようなことだけど、勝つことってひとりじゃ出来ないんですよ。いくら自分がゼロに抑えても、味方が点を取ってくれなければ勝てないですからね。でも、負けないということはひとりでどうにかできる。もちろん、守ってくれているというのが前提としてありますが、自分がゼロにさえ抑えていれば負けることはない。チームに貢献できるのはどっちだと考えた時に、自分が選んだのが「負けない」ピッチングだったんです。

 だから、勝利数よりも貯金にこだわっていました。つまり勝率ですね。たとえば、10勝10敗とすると、ローテーションを守ったという意味では評価されるかもしれませんが、貯金はゼロですよね。それだったら投げる回数は少ないけど、10勝0敗の方が僕はいいと思っていました。キャンプの頃に、「今年の目標を教えてください」ということをよく聞かれたのですが、僕は勝ち星を答えることはせず、「最低でも2ケタの貯金はしたいです」と答えていました。

 それともうひとつ、僕がこだわっていたことは「魅せる」ということ。もちろん、勝ちたい、優勝したいという思いはいつもありました。でも、それは選手としてやっている以上当たり前のことで、その部分に関してはアマチュアも同じなんです。ならば無意識なことを意識するよりも、僕らはプロフェッショナルな野球選手なのだから、違うところに意識を持っていくべきだと考えていました。やっぱりプロは技術を見てもらってナンボという考えがありましたし、ファンの方もプレイにお金を払ってくれているわけですから。とにかく高い技術を見せたいという考えは、いつもありました。

 最近は、選手が笑いを取りにいく風潮があります。すべてを否定するわけじゃないですが、やっぱり本職がおろそかになってしまうと、いろんな面で低下してしまうと思うんです。野球は伝統あるスポーツですし、OBの方々が築き上げてくれたものがありますから、プロの選手である以上、そこは受け継いでいくべきだと思っています。日本の野球界を支えるとか、そこまで大きなことは言えませんが、現役時代はファンの方に野球の面白さや奥深さを伝えたいと思ってプレイしていましたね。

 ところで、僕といえば、マウンドで吠えているイメージがあったと思うんです。ここぞという場面では気持ちが入りますし、自然と大きな声が出ていたのは間違いありません。ただ、あれに関しては自信がない裏返しというか、気持ちを込めて投げないとやられてしまうと思いがいつもあったからなんです。正直、毎試合マウンドに上がるのが怖かった。

 僕が投げていた頃は、よく松坂大輔(当時・西武)との投げ合いに注目してもらっていましたが、相手のことを考える余裕なんてどこにもありませんでした。投げる前は不安しかなかった。投げ合っている相手を意識できるピッチャーってすごいと思います。それができていれば、また違った楽しみもあったのでしょうけど、僕にはできなかった。

 そのおかげといったらなんですが、一生懸命投げたことでたくさんのタイトルを獲ることができました。ただ、落合博満さん(現・中日GM)や松井秀喜さん(元ヤンキース)、ダルビッシュ有(レンジャーズ)のように記念館を建てるほど数があるわけじゃないし、何より自分には物欲がない。トロフィーとかも全部実家にありますし、欲しい人がいればあげてもいいかなって思っているぐらい(笑)。唯一、手元にあるのは沢村賞の記念品だけですね。ありがたいことに2回獲らせてもらったので、ひとつは実家にありますが、もうひとつは自宅に飾っています。投手としてあの賞だけは、やっぱり特別です。マーも2回獲ったし、これで心置きなくメジャーに挑戦できると思います。

 今シーズンが終わってからは、田中と会うことはなく、連絡も取っていないという。「アイツは、メジャーとももクロ(ももいろクローバーZ)で忙しいのとちゃうかな」といたずらっぽく笑った斉藤だが、田中のメジャー挑戦は応援したいと語った。

 マーにはメジャーに挑戦してほしいというか、行かないとダメだろうと思っていました。もう日本では普通に投げれば抑えられるという域に達してしまった。勝って当たり前のものを見ても面白くないでしょう。世界の一流プレイヤーが集まる舞台で、彼のピッチングを見たいですよね。

 実は、自分も若い頃はメジャーに行きたい気持ちがありました。行きたいというか、「行くもんだ」と思っていました。毎月、メジャーリーグ関連の雑誌を買って情報収集していましたね。まだ、一軍で投げていない、何の実績もない時に(笑)。でも、結局のところ、それも自信のなさの表れだったのかもしれませんね。でも、マーは絶対にメジャーに行くべき。新しいワクワク感を僕たちに与えてくれるはず。ひとりの野球人として、彼を応援したいですね。

田尻耕太郎●文 text by Tajiri Kotaro