月収51万円・55歳サラリーマン、コンビニで「千円札」を出すのをためらったワケ…「デフレを謳歌した氷河期世代」が老後直前に突きつけられる非情な現実
就職氷河期を正社員として生き抜いた層にとって、2000年代の低物価社会は、皮肉にも最も「暮らしやすい」時代でした。しかし、そのデフレを謳歌した日々は、実は未来の自分たちから「備え」を前借りしていたに過ぎません。今回は、55歳のTさんの事例から、正規雇用の「勝ち組」就職氷河期世代の実態を紐解いていきます。※個人の特定を防ぐため、事例は一部脚色しています。
ある日の昼休み、コンビニにて
東京都に住むTさん(55歳)は、大手企業の関連会社に勤める会社員です。いつもは会社の前のキッチンカーで社割が効く700円の弁当を買いますが、その日の昼休みはキッチンカーがいる時間に昼食を食べ損ね、コンビニに行きました。弁当とサラダ、お茶を手に取り、レジで会計をしたところ、「984円です」と告げられます。
レジの液晶に表示された数字を見て、Tさんは財布の中の千円札を指で探りました。会社員になりたてのころ、同じような昼食は600円もあれば十分でした。おにぎり2個と缶コーヒーで300円。それで午後の仕事を乗り切れた時代があったのです。財布から千円札を出しながら、Tさんは思いました。
「そうか、コンビニで、普通に昼飯を買うだけで千円札が消える時代になったんだな……」
Tさんの世代は、いわゆる就職氷河期世代です。バブル崩壊直後の1994年に大学を卒業。同期が次々と内定を取り消され、留年や大学院進学で時間を稼ぐなか、第一志望には届かなかったものの、なんとか正社員のポジションを掴みます。「同世代のなかで自分は運がいいほうだ」そう信じて30年働いてきましたが、定年まではあと5年。ふと足元をみると、底知れぬ不安が広がっていました。
「就職氷河期」と呼ばれたが、消費は恵まれていた
就職氷河期世代は、新卒採用の門戸を閉ざされ、内定が出ても地方の小さな会社、希望と違う職種、薄給と長時間労働、そんなスタートを切った人が大半でした。それすらかなわない人たちは非正規雇用に甘んじるしかなかったのです。しかし、正社員になれたTさんのような層にとって、この世代のこれまでの消費生活は、現代の若者よりある意味で「恵まれていた」という皮肉な側面があります。
牛丼一杯280円。マクドナルドのハンバーガー80円。発泡酒は350ml缶で140円台。チェーン居酒屋では生ビールが300円以下。レギュラーガソリンは一時1リットル80円台。家賃は据え置かれ、外食はワンコイン、移動費も安い。給料が伸びなくても、節約すれば普通に楽しく暮らせる生活が成立していたのです。Tさんも、給料は先輩世代と比べて明らかに低く、ボーナスは何度もカットされましたが、それでも生活は意外と回りました。理由は「物価が安かったから」です。
しかしなぜあのころ、あんなに安く暮らせていたのでしょうか。その正体は、「未来からの前借り」でした。デフレ下では、消費者が安いものを求めるため、企業は価格を上げられません。生き残るために企業が取った手段は、将来の成長に必要な設備投資や研究開発費を削り、さらに最大のコストである「賃金」を据え置くことでした。本来、経済が健全に回っていればTさんの給料や退職金として支払われるはずだった原資が、商品の価格を安く維持するために使われていたのです。
「安く買える」という喜びの裏側で、自分たちの給料や30年後の退職金が削り取られていたことに、当時は多くの人が気づきませんでした。
投資に対する誤解…思い込みが招いた、残酷な格差
氷河期世代の最も深刻な弱点は、消費生活が安定していたことの裏返しとして、資産形成の感覚がまったく育たなかったことにあります。Tさんはその典型。「投資なんて、楽して儲けたい人間がやることだ」と、Tさんは同期が株式投資を始めたと聞いても、鼻で笑いました。株なんてマネーゲームだ、カネをおもちゃにして遊び、自分は賢いと思いたい奴らだろう、そう嘲笑っていたのです。
これはTさん一人の問題ではありません。氷河期世代の多くが、資産形成について誤解を持っていました。特に、彼らが働き盛りでようやく少し貯金ができた30代半ばに直面した、2006年の「ライブドア・ショック」の記憶が、その心理的なブレーキを決定的なものにしました。低賃金に喘ぐ同世代のなかで、一発逆転を狙ってネット証券に手を出した者たちが、粉飾決算という裏切りによって一夜にして資産を失う惨状。それこそが、Tさんの目に焼き付いた「投資の正体」でした。
「時代の寵児」と煽られたベンチャー企業が脆くも崩れ去る光景は、氷河期世代に「投資は、自分たちのような真っ当な人間が関わるべきではない世界だ」という教訓を骨の髄まで叩き込んだのです。その結果、彼らは「普通預金でコツコツ貯めること」だけを唯一の絶対的正解として、その後20年の資産形成チャンスを自ら封印してしまいました。
しかし現実には、Tさんが投資を嘲笑っていた約20年間、同じ時期に株式市場のインデックスへ毎月3万円を積み立てていれば、現在の評価額は2,000万円を超えていた計算になります。実際に会社の同期にはコツコツ投資信託を続けていた人がいて、現在の運用資産は7,000万円だそうです。それに退職金と貯蓄を加えたら、1億円を持って引退生活に入ることになります。自宅マンションも値上がりしていて、売却すると8,000万円くらいにはなるといいます。
同期は「もっと投資を勉強していたら、早くに会社を辞められたかもしれないね」と残念そうに語る同期の隣で、預貯金700万円・賃貸住まいのTさんは、ただ立ち尽くすしかありません。
自らの首を絞める「会社一筋」の労働観
Tさんの世代が持っていた労働観も、自分の首を絞めています。
起業した同級生のことは、どこか危ういものをみるような目でみていました。「この不安定な時代に、わざわざ組織を飛び出すなんて。一度レールを外れたら終わりのドロップアウト組だ」と。副業も同様に「本業の地位を危うくするようなリスクを冒す人間のやること」と一蹴。「それに就業規則違反だろう。この時代に自分から解雇の隙を与えるなんて、正気の沙汰ではない」そんな懸念も。また、転職を繰り返す大学の後輩を「いまの場所を耐え抜かなければ、次はないぞ」と評し、突き放す……。
彼らが「会社一筋、まじめにコツコツ」を貫いたのは、会社が自分を一生守ってくれると信じていたからではありません。むしろその逆です。大企業すら明日をも知れぬ倒産ラッシュを目の当たりにし、「一度でも正社員という椅子を手放せば、二度と敗者復活はできない」という強烈な強迫観念が、彼らを一つの場所に固執させたのです。「正社員でさえいれば、最悪の事態だけは免れるはずだ」そう自分に言い聞かせ、周囲の挑戦を否定することで、自分の「しがみつき」を正当な生存戦略だと思い込もうとしていたのです。
しかし、ご存じのとおり、こうした「守り一点張り」の労働観こそが、結果として彼らを最も無防備にしました。
ドロップアウト組とみていた起業家の同級生は、組織に頼らず生き抜く術を磨き続け、いまや年商数億円の会社の代表として活動的な生活を送り、「規則違反だ」と遠ざけてきた後輩は、週末のコンサル業で複数の収入源を構築している。「耐え抜くことが正解」と信じてきたTさんの横で、転職組は市場価値を上げ続け、3倍以上の年収を手にしている――。
Tさんが30年かけて守り抜いてきた「正社員という唯一の盾」は、外部環境の変化に対してはあまりにも脆いものでした。20代の後半、大学の同期と会ったとき、こういわれたのを覚えています。
「会社という傘のなかにいれば、いまは濡れずに済むだろう。でも、その傘自体がいつまでも持つとは限らない。外で濡れながらでも歩く練習をしておかないと、傘が壊れたときに立ち往生するぞ」
Tさんは当時、それを「持たざる者」の負け惜しみ、あるいは自分を不安にさせる不吉な予言として、無理やり記憶の隅に追いやったのです。
「正規雇用の勝ち組」という幻想
非正規雇用で苦しんできた氷河期世代の問題は、これまで何度もメディアで取り上げられてきました。年収200万円台、ボーナスなし、退職金なし、厚生年金の加入期間も短い。その層が老後に直面する困窮は、いまや社会問題として認識されつつあります。
しかし、見落とされてきたのが、Tさんのような正規雇用組の危うさです。正社員として働き続け、住宅ローンも組み、子どもを大学に進学させる。一見、安定した「勝ち組」のキャリアです。しかし蓋を開けてみれば、貯蓄はわずか、投資経験はゼロ、副業スキルもなし、退職金も以前ほど期待できない。老後の収入は公的年金だけ。55歳現在のTさんの月収は51万円で、預貯金は700万円です。40代で都内に中古マンションを購入しましたが、住宅ローンの完済予定は76歳です。一方で物価は上がり続け、老後に修繕費が嵩む自宅を維持できるのか――。
就職氷河期世代の正規雇用という肩書は、安定を保証するものではありません。給与水準は上昇率がほぼゼロのまま据え置かれ、退職金制度は縮小され、企業年金は減額されました。それでも物価の安さで生活できてきたのです。「会社員として一生懸命頑張れば大丈夫」という根拠の薄い安心感が、本来やるべき資産形成や、複数の収入源づくりなどを後回しにしてきました。
50代を襲う、教育・介護・医療の「三重苦」
現代の人生設計のなかで、最も支出が多いのは50代です。子供の大学進学をはじめ、自分や配偶者のガンや脳卒中などの健康問題、それに加えて、80代となった自分の親の介護の問題が揃い踏みする時期。Tさんも、長男は私立理系の大学3年生。年間の学費は150万円を超えています。次男は高校2年生で、来年からは本格的な受験対策の塾代が乗ってきます。
そして、妻Mさんのこと。Mさんは3年前、脳卒中で倒れました。一命は取り留めたものの、後遺症で右半身に麻痺が残り、長年勤めていた会社は退職せざるを得ない状況に。月25万円の正社員の収入はゼロになり、健康保険組合の手厚い保障も失いました。毎日のデイケアへの通所、病院への通院、介護費用やヘルパー代など、新たな出費が積み重なっています。脳卒中で倒れてからの1年間、Tさんは休職しました。妻の障害が重く、とても仕事との両立ができなかったためです。このときにTさんは役職を離れざるをえず、復帰後の年収と退職金が大きく減る原因となりました。
さらに追い打ちをかけたのが、Tさんの父親です。去年の暮れに愛知県の実家に帰省したとき、父親が息子の顔をみるやいなや、「泥棒!」と叫びました。母親に聞くと、突然怒り出すことが増えていたといいます。診断は認知症。進行は思いのほか早く、今年の春には母親一人での介護が限界に達しました。
「お父さんが夜中に外に出ようとして、私もう、眠れないの」
母親のその一言で、Tさんは父親を介護施設へ入居させることを決断します。入居した施設は、月額18万円。父親の年金だけでは7万円ほど足りず、その差額はTさんが補填しています。施設に入れたからといって安心はできません。毎週のように新幹線に乗って面会に行き、ケアマネージャーとの打ち合わせ、医療費の精算、衣類の補充をします。
教育費、妻の医療費、父親の施設費。3つの出費が同時に流れ込み、預金通帳の残高は、目にみえて減り続けています。Tさんは妻にも息子にも、その通帳の数字をみせたことがありません。「とても55歳の男の残高じゃないな」いつもATMの前でそう呟いてしまいます。
デフレの恩恵はどこから来ていたのか
コンビニで984円のランチ代にため息が出てしまうTさん。ため息の原因は、単なる物価が高くなったことへの不満ではなく、生活の不安感に追い打ちをかけるような世間の物価高に恐怖さえ感じることにあります。
「オレは同世代のなかでは恵まれた人生のはずだったのに」そう嘆くTさん。「いつから、オレの人生は、こんなに余裕がなくなったんだ」。
メディアではデフレのことを問題視していますが、生活者としては少ない給料でも、それなりに楽しく暮らせる「牛丼280円の時代、マック80円の時代」は楽でした。地方に出張すれば、ビジネスホテルはシングルの朝食付きで5,000円以下の部屋が沢山みつかったほど。クオカード3,000円付きで8,000円のプランで予約し、会社から出張経費として8,000円で清算しクオカードは懐に入れる、そんなセコいことさえできた時代です。
しかし、そのデフレの恩恵の正体は、未来の自分から奪い取った「前借り金」でした。企業が成長を止め、賃金を据え置くことで成立していた安さのツケが、いま、猛烈なインフレと家族の介護、そして「資産もスキルも持たない自分」という形で一気に回ってきているのです。
「安く買える社会」とは、実は「自分が安く買われる社会」でもありました。「正規雇用の勝ち組」とされてきた層が、その構造に気づかぬままに、重い代償を払わされています。無防備なままでもうすぐ定年を迎えようとしている。――それが氷河期世代のもうひとつの姿です。
コンビニのレジで感じる、千円札一枚の頼りなさ。それは単なる物価高への愚痴ではなく、自分たちが信じてきた安定が終わりを告げたサインなのかもしれません。この国の多くの55歳が、いま静かに、それぞれの「984円」と向き合っています。
長岡理知
長岡FP事務所
代表
