科学者らは時速112キロで走行する水上バイクの視点から見た「トレイシー・アーム」の巨大津波を再現するビデオゲームを開発した/Patrick Lynett/University of Southern California via CNN Newsource

(CNN)米アラスカ州のフィヨルド、「トレイシー・アーム」が昨年8月、世界観測史上2番目の高さに達する津波に襲われた。

幸い近くに人はいなかったが、現地には凄惨(せいさん)な爪痕(つめあと)が残った。

8月10日の早朝5時半、後退しつつあるサウス・ソーヤー氷河の入り口付近で斜面全体が海に崩落し、これによって巨大な波が発生した。波は一時、対岸を450メートルあまり駆け上った。これはマレーシアの首都クアラルンプールにある超高層ビル「ペトロナスツインタワー」を超える高さだ。

フィヨルドの景観は一変した。森はむき出しの岩肌と化し、木々が根こそぎ倒れ、あたりに岩石が散乱した。

大津波はさらに強い地震も引き起こし、全世界で数日間にわたって揺れが観測された。狭い入り江に閉じ込められ、大揺れする波のエネルギーで地震が起きる。こういう連鎖が観測された例は、世界でまだ2件目だった。

カナダ・カルガリー大学の地形学者、ダニエル・シュガー教授によると、米国とカナダ、欧州の研究者十数人が、この危険な連鎖を再現しようと調査を進めてきた。チームの調査結果は、6日付の米科学誌サイエンスに発表された。

同様の現象は近年、ほかにも数カ所で起きている。今回だけでなく、そのすべてに気候変動の影響がみられるという。各地で氷河が後退し、何世紀も氷に覆われていた山や陸地が不安定になったことが関係している。

シュガー氏は「北極圏やその周辺で今後、同じような現象がさらに増えるだろう」と述べた。

「目を疑うような」光景

トレイシー・アームで崩落した斜面自体の高さは975メートルあまりと、世界一の高層ビルを超えていた。山腹からえぐり取られた岩石は1億6500万トンにも上る。

津波のモデリングと解析を専門とする米南カリフォルニア大学のパトリック・リネット教授は数カ月後、調査チームとともに現地に立ち、畏怖(いふ)の念に打たれた。「目を疑うような」光景だったと振り返る。

死傷者が出なかったのは不思議に思われるかもしれないが、津波の高さと犠牲者の多さは必ずしも一致しない。意外なことに、世界で最大級の死者を出した津波の高さは、トレイシー・アームや、観測史上最も高かった1958年のリツヤ湾大津波にはるかに及ばなかった。(アラスカ州リツヤ湾での死者数は情報源によって異なるが、2〜5人とされる)

斜面崩壊による津波は、何トンもの岩が深い海に落ちた時の大きな水しぶきと考えられる。大きな岩を川に投げ込むと、その直後に水しぶきが上がる。トレイシー・アームの波は巨大ではあったが、45秒から1分の間に起きた。

これに対して地震による津波は、波高こそ低いが波長は長く、20〜30分も続く。2004年のインド洋大津波や、11年に起きた東日本大震災の津波で多くの死者が出たのは、このためだ。

「高さはなくても海水の量はすさまじい」と、リネット氏は説明する。「波ははるか内陸まで、しかも繰り返し押し寄せる」

研究者らはこれまで、トレイシー・アームで起きたような津波の規模を、人々が実感できる形で伝えるにはどうしたらいいかと頭を悩ませてきた。その答えが、ビデオゲームでの再現だ。エンジニア集団にしては型破りなアプローチだと、リネット氏も認めている。

同氏は、グラフィックアートの技をめざすわけではないが、人々に規模を把握してもらうにはこれがベストということになったと説明する。

「デジタルで体験してもらえば、現実に近い出来事として頭に描けるだろう。文章で読むよりずっと効果がある」

ここで登場するのが水上バイクだ。

ビデオゲームでは、水上バイクに乗っている人の視点から斜面崩壊と津波の場面が映し出される。逃げようとする水上バイクに、高くそびえる水の壁が襲いかかる。

アラスカ州沿岸部の住民や、氷河の見物に訪れる観光客の意識を、実感できるやり方で高めることが重要だと、リネット氏は語る。

クルーズ船の危険

だが地質学的調査の主な目的は、これほど大規模な斜面崩壊がどうして起きるのかという理由の解明だ。新たな情報が少しでも得られれば、次回に備えたリスク低減の助けになると、シュガー氏は強調する。

同氏は「この夏に同じ現象が繰り返されないよう願っているが、十分にあり得ることだ」「私たちは危険や災害を扱う研究者として、人々やインフラへのリスクを最小限に抑えることをめざしている」

トレイシー・アームの大津波でも、州内の遠隔地でこれまでに起きた同様の津波でも死者は出なかった。だが現実的に考えて、次回も死傷者ゼロで済む保証はまったくない。同州では、巨大な氷河を間近で見られるとうたったクルーズ船や観光船が盛んに運航している。

トレイシー・アームでは早朝に津波が起きたため、近くに船の姿はなかったが、これは単なる幸運にすぎない。過去1年間のデータでは、1日に平均20隻以上がここを訪れていた。そのなかには乗客乗員最大6000人を乗せたクルーズ船も複数含まれる。

実際に米探検クルーズ船「ナショナルジオグラフィック・ベンチャー」は大津波発生時、現場から約24キロの海上に位置していた。トーマス・モリン船長が研究者へのメールで振り返ったところによると、周囲の壁に白い波が打ち寄せ、「あちこちからの強い流れ」を感じたという。

モリン氏は「氷河近くの曲がりくねったフィヨルドが波の高さと威力を和らげてくれたのだろう。私たちが断崖に打ちつけられず、今も航行を続けていられるのはそのおかげだ」とつづった。船が助かったのは、現場から十分な距離がある深い海域にいたという理由も大きい。

それ以降、少なくとも三つのクルーズ会社が、トレイシー・アームを訪れるルートの運航を今年は中止し、近くのエンディコット・フィヨルドへ行くルートに切り替えると発表した。専門家らはこれについて、警戒は必要だが、ほかのエリアで同様の現象が起きる恐れもあると指摘している。

シュガー氏は、昨年の大津波がクルーズ業界やほかの船舶、政策決定者らにとっていい教訓になったとの見方を示す。

そのうえで「リスクには現実味がある」「こういうニアミスが実際の大惨事になるのは時間の問題だと思う」と語った。

斜面がゆっくりとすべり落ちる現象はアラスカ州の各地で進行し、研究者らによると1000カ所以上で見つかっている。1年に数センチずつという場所もあれば、3メートル以上移動する場所もある。そして時には、トレイシー・アームのように大規模で危険な崩落が起きる。

アラスカ州で斜面崩壊の観測を続ける第一人者、ブレットウッド・ヒグマン氏は、同州でもグリーンランドなど他国でも破壊的な崩落の頻度が高まっているようだと懸念を示す。

同氏によれば、過去200年ほどさかのぼると約20年ごとに1回起きていたのが、20年前からの10年間は2件に増え、10年前から今までに6件も発生した。

限られたデータに基づく結果とはいえ、「このパターンは事実だと思う」と、同氏は語る。

とはいえ、将来の斜面崩壊やそれが引き起こす津波の予想については、研究者らにもまだ分かっていないことが多い。トレイシー・アームにも、実はなぞが残っている。昨年8月の崩壊までは、ほとんど感知できない微弱な地震があっただけで、「それまでの数カ月、数年の間、斜面が崩れやすいことを示す明らかな前兆はみられなかった」と、シュガー氏は指摘する。州内にはほかに、もっと速いスピードですべり落ちている急斜面もあるという。

連邦政府と州当局による監視も、ほぼ手探りの状態だ。

米地質調査所(USGS)が継続的に監視している斜面は1カ所だけ、最大都市アンカレジの東約100キロの沿岸部に位置するバリーアームにある。そのほかのエリアは衛星か航空機で定期的に確認されている。トランプ政権が昨年断行した連邦職員と予算の削減によって、アラスカ州内の国立公園などで監視チームが縮小されている。

研究者らは、政策立案者への情報提供や研究リソースの拡充に加え、こういう現象が起きているということ自体について市民の意識を高めることが重要だと主張する。そのために水上スキーが必要なら、取り入れればいいという姿勢だ。

シュガー氏は「大惨事のリスクを取り除くことは不可能」としたうえで、後退しつつある氷河や斜面にクルーズ船やハイキングで近づくことの潜在的な危険性を理解する必要があり、その責任はクルーズ業界や政策立案者だけでなく、各個人にもかかっているとの見方を示した。

同氏はさらに、こういうエリアの「リスクがゼロになることはあり得ない」と強調した。