応援広告 が生んだ新しい経済圏。広告の主役を変えたのは「好き」の発想 jeki 河原千紘氏
※この記事は2026年3月26日に掲載された記事の再掲です。記事のポイント ファンが広告主となる「応援広告」が広がり、企業中心だった広告ビジネスの構造が変わり始めている。 Cheering ADは広告枠をEC化し、媒体社・権利元・ファンをつなぐ新しい広告経済圏を生み出した。 応援広告は売上モデルからLTVモデルへ進み、地域活性や体験価値まで広がる次の段階に入っている。
広告主とは、誰のことを指すのか。長く広告業界では、企業こそが広告主だった。だがいま、その構図が変わり始めている。ファンが自ら資金を出し、駅や街に広告を掲出する「応援広告」。この仕組みを日本で事業として成立させ、マーケットへと昇華させたのが、ジェイアール東日本企画(jeki)の河原千紘氏だ。河原氏が手がける「Cheering AD(チアリング アド)」は、広告枠をECサイトのように誰もが購入できる仕組み。そこから生まれたのは、ファン・事務所・媒体社がそれぞれ価値を得る、新しい広告経済圏だった。応援広告は「推しへの愛」を叶える仕組みではなく、広告ビジネスの構造そのものを書き換えようとしている。現場の違和感から生まれたこの仕組みは、どのようにして事業へと育っていったのか。◆ ◆ ◆
あきらめなかったのは、「売れる自信があった」から
韓国・ソウルでの電車内センイル広告。電車以外にも街の至る所に見られる
「この文化は、いずれ日本にも来る」。
そう確信した河原氏は、2020年にjeki社内で開催された新規事業コンテストに「応援広告」として企画書を提出するが、書類審査の段階で落選してしまう。その頃はまだ、「推し活」という言葉が今ほど一般的でなかったこと、そして、そもそも企業ではなく「一個人であるファンが広告を出す」こと自体が理解されなかったのだ。河原氏は営業出身だ。だからこそ、海外で広がっていた応援広告を見たとき、「遅かれ早かれ日本にも来る」と直感した。そして何より、「売れるという自信があった」という。当時は商業施設向け広告の営業を担当していたが、「売り先を企業から個人(ファン)に変えても成立する。売上を上げればいいだけ」という発想で動き始めた。
河原千紘(かわはら・ちひろ)/ジェイアール東日本企画 未来事業推進局 Cheering AD プロジェクトリーダー。デジタルマーケティング会社を経て、2017年に入社。駅商業施設のプロモーション、デジタル推進局 営業推進部という本業の傍ら、「応援広告」のサポートを手がけ、新規事業創出部門へ異動。2022年1月に同社応援広告事務局「Cheering AD」を本格始動して以来、次々と新たな挑戦を続けている。
ファンに代わって、媒体社・権利元と交渉
日本で応援広告を実現するには、広告枠を保有する「媒体社」、そして肖像権や著作権を管理する「権利元」に許可を得る必要がある。広告枠と一口に言っても、さまざまな媒体が存在するが、なかでも交通広告を含むOOHには、指定代理店制度や個人を広告主にすることができないといった昔ながらの慣習が根強く残っている。そこで河原氏は、買い付けのためにまずは社内の説得を、次に広告主を個人ではなく 「任意のファン団体」とし、構成員の人数や活動内容といった必要事項を整え、クライアント審査のために団体のSNSアカウント作成をサポートするなど、課題を一つひとつクリアしていった。
また権利元との交渉も、当初はかなり難航したという。韓国であれほど応援広告が流行っているのは、あくまで応援やお祝いという目的であれば、著作権や肖像権に関して事務所の許可が特段必要ないことも影響しているようだ。当然のことながら、ファンは応援広告に写真使用を望む。しかし、日本の事務所は「ファンが出資して応援してくれるのはありがたい」ことではあるものの、「公式素材は渡せない」「イラストでやってほしい」という姿勢を崩さなかった。その後も関係各所と地道に交渉を続け、ようやく実現したのが、韓国発のサバイバルオーディション番組「PRODUCE 101」からデビューするアイドルの応援広告。東京メトロ新宿駅構内にB0サイズのポスターを掲出し、応援広告が事例として目に見える形になったこと、加えて、少しずつ推し活自体の認知度が広がり、ポジティブなイメージで捉えられるようになってきたことで、権利元の見方も徐々に変わっていった。「ファンが出す広告なので、案件一つひとつの規模は企業広告ほど大きくありません。社内には依然として『B0ポスター1枚だけ?』と渋る人もいましたが、媒体社の中にはK-POPが好きな人もいて、そういう人がいると話が早い。なんとか実現させようと、どんどん押し進めてくれるのです」(河原氏、以下同)。
タイムズスクエアの巨大ビジョンも掲出可能に
こうして応援広告を手がけていった河原氏は、もうひとりの同志とともに、21時までは本業、その後、終電までは応援広告の対応や交渉、という毎日を送っていた。年に数件だった申し込みは、やがてコンスタントに入るようになり、どちらが本業かわからなくなるくらいまで増えていく。一個人のアカウントでは捌ききれなくなったこと、またコンプライアンス上の懸念もあったことから、新規事業部に応援広告のLP作成を相談。そして2022年1月に、このサービスをCheering ADと名づけて本格始動する。ファンからの問い合わせ内容は、ほぼ決まっていた。従来の広告販売は、問い合わせ先が記載されているだけのことが大半で、価格や条件は外から見えない不透明なフローになっている。個人が広告主になることも想定されておらず、指定代理店制度など、長年の商習慣が残る領域でもあった。ならば、最初から料金を含め、広告枠の詳細を公開したECサイトを作ればいい。前職がデジタルマーケティング会社だった河原氏は、躊躇なく交通・屋外広告などのOOHをサイト上で買える仕組みにしたが、これは業界の常識を変える画期的なことでもあった。
「Cheering AD」ECサイト。芸能事務所周辺は応援広告で特に人気の掲出場所。さらに韓国の事務所軸でも検索できる機能があり、河原氏自身が推し活をしている当事者だからこそ分かる設計になっている。
東京ドームシティの大型ビジョンも、コンサートのお祝いをする際に人気だ
「媒体社からは『この枠を売ってほしい』『新しいマネタイズ化を考えたい』とご相談を受けることが増えました。また最近は権利元からも声がかかるようになり、ある選手の引退試合当日には、ファンのメッセージ入り応援のぼりを会場周辺に掲出。その後、選手の直筆サインをのぼりに入れてファンのみなさんへ送るという施策も大成功に終わりました」。
広告にとどまらず、次はLTV向上施策へ
jekiが4年連続で実施している「応援広告・推し活調査」(2026年3月12日発表)によると、首都圏における「応援広告の認知率は2022年の26.1%から2025年には32.3%に上昇」し、その「ポテンシャル市場は1283億円規模にまで拡大」しているという。さらなる発展が見込める応援広告だが、「サイトですぐ買える」ことが新たな価値を生み、国内外の企業から問い合わせや申し込みが増えているそうだ。そうした新たなニーズに応えるため、「企業向けの、広告が買えるECサイト」をローンチする予定だ。売上だけでは続かない。営業から経営の視点へ
また、もともとはファンが力を合わせて応援広告を出すために設けたクラウドファンディングのプラットフォームが、地域支援の文脈で活用されるなど、応援広告は多方面に広がりを見せている。個人の発想から始まった応援広告は、次の成長段階に入った。河原氏自身も、売上を追う立場から、利益やLTVを意識する経営視点へと変わってきたという。「応援広告を事業化するという、ゼロイチ(0→1)はできました。次のイチ10(1→10)フェーズでは広告にとどまらず、推し活をしている人の満足度を上げる包括的な施策ができないかと考えています。推しのコンサートがあれば、ファンは移動する。その先で宿泊や観光もしたくなるような仕組みを作れば、地域活性化にもつながっていく。そうしたLTV向上を2026年度は目指していきます」。
新規事業コンテストの書類段階で落ちたタイミング、媒体社や権利元との交渉時など、途中で心折れてもおかしくない場面を数多く経験した河原氏。それでも続けてこられたのは「上司や環境に恵まれたから」だという。そして、新サービスについても、河原氏は「(記事に)載せちゃってください。そうしたらやらなくちゃいけなくなるから」と笑う。奇しくも、今回の最新調査でこんな結果が出ている。「推しがいる人は『新しい挑戦』に2.2倍積極的」であり、「推し活は、日常をポジティブに動かす原動力になる」。河原氏の「好き」から始まった挑戦が、新たな市場を生み、これまでの広告の仕組みを書き換えながら広がりを見せている。枠にとらわれない視点が、新しい商流を生んだ。取材/戸田美子、文/山本千尋、撮影/高村瑞穂
