迫る餓死! 国内わずか28頭…動物園から消えるホッキョクグマの警鐘「人間も生きられない」未来

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海氷消失で迫る「餓死」…

秋田県の男鹿水族館GAOで昨年12月に生まれたホッキョクグマの子グマ(オス)が4月から一般公開され、来館者を沸かせている。同25日には命名式があり、名前が「モモ太」に決まった。

日本でのホッキョクグマの飼育頭数は、1995年の67頭をピークに減少し続けている。ホッキョクグマは飼育下での繁殖が難しく、日本の動物園や水族館では高齢化も進む。現在(4月時点)、全国で飼育されているホッキョクグマは、16施設で28頭。専門家は「将来的に動物園で見られなくなるかもしれない」と危惧する。

そもそも、ホッキョクグマは’06年に国際自然保護連合(IUCN)により絶滅危惧種に指定された希少動物だ。動物園や水族館が生息地からの導入を検討しようにも、北極圏の野生のホッキョクグマ自体が絶滅の危機に瀕している。

ホッキョクグマにとって最大の脅威は、地球温暖化による海氷の減少です。北極は地球上のどこよりも速く温暖化が進んでいて、彼らの生活基盤である海氷の面積がどんどん小さくなっています

クマの生態研究第一人者である北海道大学の坪田敏男名誉教授は、ホッキョクグマが絶滅の危機にある最大の要因に、温暖化による海氷の減少を挙げる。

海氷の減少はホッキョクグマの生存にどのような影響を及ぼしているのだろう。

海氷はホッキョクグマにとってアザラシ狩りをする場で、なくてはならない生息環境と言えます。そのプラットフォームが温暖化によって減ってきているんです。

クマは世界に8種いますが、その中でホッキョクグマは唯一、完全な肉食性です。それも、食料のほとんどをアザラシに頼っている。食料の宝庫である海氷が消失してしまったら、彼らは生きていけません」(坪田名誉教授・以下同)

坪田先生によると、ホッキョクグマは北極海に氷が張り詰めている11月から5月までアザラシ狩りをする。その期間、ひたすらアザラシを食べあさり、体脂肪を蓄える。海氷が溶けた後の5ヵ月間は狩りができないため、蓄えた体脂肪だけで耐え忍びながらやり過ごすという。

冬から春にかけて飽食するホッキョクグマは、他のクマと違って冬眠しません。逆に夏の間は活動せず、代謝を下げてエネルギーの損失を防ぐ。生理学的には、彼らの体は冬眠状態のようになります。その期間は約5ヵ月。150日ぐらいは問題なく過ごせますが、6ヵ月を超えると餓死するホッキョクグマが出てくるだろうと言われているんです。

しかし、最近は5ヵ月を超えていて、6ヵ月に近づいていると思います。海氷の溶ける時期が早まり、海氷がない、つまりホッキョクグマが狩りをできない時期が3〜4週間延びているからです。飽食の期間が短くなれば体脂肪の蓄積量は減り、絶食期間を体脂肪で賄うことができなくなります

アザラシ狩りの期間が短くなったことで、ホッキョクグマの食性に変化は起きていないのだろうか。

ホッキョクグマがトナカイを食べているという報告があるなど、食性に変化が見られる地域も一部にはあります。ただ、彼らにとってはやはり、アザラシが最もハンティングしやすい動物でしょう。全てのホッキョクグマがトナカイを食べ出すかといえば、それは考えにくい話です

痩せ細る母グマと少子化

坪田先生は野生動物医学が専門で、特にクマの繁殖生理学の研究で重要な役割を果たしてきた。

クマは交尾期の春から夏にかけて交尾をしても、受精卵は子宮内で着床しないまま発育を止め、冬眠に入るタイミングで着床する。これを「着床遅延」と言うが、北海道のヒグマにも着床遅延があることを明らかにしたのは、何を隠そう坪田先生だ。

ホッキョクグマにも、同様に着床遅延がある。

ホッキョクグマの場合は交尾期が4月から5月で、出産期が11月から1月。交尾から出産までの期間は7〜8ヵ月ですが、胎子の発育期間は2ヵ月間なので、やはり着床遅延をしています

ホッキョクグマは冬眠しないが、妊娠したメスだけは冬眠するという。彼女たちは10月ごろになると氷や陸上に掘った巣穴にこもり、その中で子どもを産む。

ホッキョクグマはアザラシのハンティングが終わる4月ごろに交尾をするので、メスは食料のない夏から冬まで絶食を続けた状態で出産します。子どもを産んだ後も巣穴の中で、高脂肪高タンパクの乳汁を与えて子育てをする。親子が巣穴から野外に出てくるのは、子グマがある程度の大きさになる頃。長ければ1年のうちの8ヵ月も絶食状態が続くわけです

8ヵ月間、飲まず食わずで出産、子育て……母グマはまさに命懸けだ。

進化の過程で、そのような生活が定着したということです

ただ、自然環境が変われば、そのままの生態で生存し続けることがだんだん困難になる。

実際、繁殖率は落ち、死亡率は上がり、数は減っています。ホッキョクグマは1回の妊娠で1、2頭の子どもを産みますが、近年は1頭連れの親子がけっこう増えている。子どもの数も減っているのだと思います

ホッキョクグマも少子化が進んでいるのだろうか。

昔はいかにも栄養状態がよさそうな、ぶくぶくと太ったメスがけっこういました。最近は痩せ細ったメスが多いんですよ。そうなると当然ミルクの出も悪くなるので、子グマは死んでしまいます。それが少子化の主な原因です

絶滅へのカウントダウン

’23年4月、坪田先生はホッキョクグマを取り巻く環境の変化を確かめるべく北極圏に位置するカナダに赴き、ハドソン湾での生態調査に参加した。昨年末には、生息地の現状を伝える『クマなく伝えたいホッキョクグマのすべて』(札幌市円山動物園動物専門員の鳥居佳子さんとの共著、実業之日本社)を出版。本書で次のように述べている。

《(ホッキョクグマは)北極という特殊な環境に適応するために洗練された生体機構をもつ動物なので、地球温暖化という急激な環境変化にうまく順応することは難しい》

ホッキョクグマは、十数万年ほど前にヒグマから枝分かれしたと考えられています。彼らは長い年月を経て進化してきたわけですから、温暖化という非常に短期間のうちに人の手によって変えられた環境変化に適応するようになるというのは、まずあり得ないことですね。ホッキョクグマの研究者は『今のところ絶滅に向かっている』と言っています

坪田先生も同じ考えなのだろうか。

今でさえ、北極の氷はどんどん溶けて減っています。この状態が続くだけでも絶滅に向かうでしょうね。温暖化がさらに進行すれば、絶滅もそれだけ早まると思います。

だからこそ、人間の英知で温暖化を食い止めないといけない。それをなるべく訴えるようにしています

『クマなく伝えたいホッキョクグマのすべて』には、坪田先生の友人でもあるホッキョクグマ研究者のアンドリューE.デロシェール氏へのインタビューが収録されているが、デロシェール氏も「ホッキョクグマの絶滅を避けるためにすべきこと」について言及している。

彼もやはり、とにかく温暖化を食い止めなければいけないと言っています。そのためには、国や大企業はもちろん一人一人が毎日の生活の中で、たとえばできるだけ電気を使わないなど些細なことでも少しずつ行動に移していく。それがホッキョクグマを救うことにつながると話していました

世界各国の専門家や科学者が参加する「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は最新の報告書(第6次評価報告書)で、地球温暖化が人間の活動によって引き起こされていることについて「疑う余地がない」と断言している。人間には温暖化を食い止める責任がある。

ホッキョクグマが生きられないような環境では、おそらく人間も生きられないでしょう。ホッキョクグマの減少は、地球の危機的状況を訴える重要なメッセージ。警鐘を鳴らしているのだと思います。

我々人間は警鐘に耳を傾け、自分たちの生活を変えていく必要がある。そうしないと、本当に取り返しのつかないことになってしまうんじゃないでしょうか

坪田敏男(つぼた・としお)北海道大学名誉教授、北海道大学大学院獣医学研究院招へい教員、北大総合博物館資料部研究員。北大大学院獣医学研究科博士後期課程修了。’01年岐阜大学農学部教授、’07年北大大学院獣医学研究院教授、’26年から現職。共著に『クマとともに ホッキョクグマ・ヒグマ・ツキノワグマの未来』(東京大学出版会)、監修・翻訳に『イラストで学ぼう! 北極圏の動物たちホッキョクグマ』(丸善出版)。

取材・文:斉藤さゆり