「目標は資産1億円」にすべきなのか? 「投資しないと乗り遅れる」という風潮に、橘玲が疑問を感じる理由
〈「株なんてけしからん」「汗をかかずに儲けるなんて」ライブドア事件で株式投資に逆風が吹き荒れていた約20年前、『臆病者のための株入門』はナゼ発表されたのか?〉から続く
「NISAを利用してインデックスファンドを購入する」ここ数年で言われることだが、果たして正しいのだろうか。私たちは投資とどのように向き合い、資産を守るべきなのか。そして目標金額はいくらに設定すべきなのか。「超インフレ時代を生き抜くための新・投資入門」(文春MOOK)に掲載された橘玲氏のインタビューを一部抜粋し、私たちが行なうべき資産運用を探る。(全2回の2回目/最初から読む)
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以前、アメリカ株に夢中になった会社の同僚がいて、時差があるので、深夜3時過ぎまでトレードして生活が滅茶苦茶になったそうです。それで結局いくら儲かったのかと聞くと、「10万円」だと。これではコストパフォーマンスが悪すぎます。
投資には人を夢中にさせるギャンブル的な要素があります。私も一時期、アメリカのブローカーに口座を開いて、シカゴ市場でデリバティブ※1の一種であるオプションを取引していたことがあります。仕事そっちのけでのめり込んだのですが、幸い、私にはギャンブル適性がなかったので途中で抜け出すことができました。でも、誰もがそうなるとは限りません。
自分のお金を何に使おうと自由ですが、ほとんどの人は、1日で何百万円も損益が動くようなギャンブラーの生き方を望んではいないでしょう。
「自分たちだけが世界の秘密を知っている」というユーフォリア
とはいえ、投資ゲームがもたらす興奮が、忘れがたいものであったことも事実です。
私がアメリカの株式投資に夢中になった90年代末は、インターネットバブルの真っ只中で、個人投資家にとって「一番幸せだった時代」と言えるかもしれません。
それまで個人投資家は、大手証券会社から「ゴミ」とか「ドブ」と呼ばれていました。証券会社の関心は法人の大口顧客か富裕層だけで、お金のない個人の投資家など相手にされなかったのです。
そんな中、90年代半ばに「アメリカではインターネットで株取引ができる」「日本人でも口座が開設できるらしい」という情報が、ニッチな海外株式の掲示板で共有され始めました。私もそこでやり方を教わり、口座を作ってみたのです。
銘柄のことはよくわからないので、みんなマイクロソフトやインテルのような有名企業の株を買うわけですが、ネットバブルの波に乗って面白いように儲かって、多くの人がいとも簡単にお金持ちになりました。

その時の掲示板の雰囲気は、一種のユーフォリア(陶酔感)に包まれていました。インサイダー情報のような不正ではなく、公開されている情報を使って、誰でもできる公正な方法で成功している。でも、その方法を知っているのはごく一部の人間だけ。「自分たちだけが世界の秘密を知っている」という全能感があったのです。
その後、日本でもネットバブルが起きましたが、アメリカでの経験から次に何が起こるか分かる。アメリカで儲け、日本でも儲かって、ゲームとしては最高に楽しい時間でした。ただそれも、2000年のバブル崩壊までのことですが。
なぜ課税口座で資産運用するのか
現代に目を向けると、私たちには新NISAという素晴らしい制度があります。配当も売却益も株式投資にかかる税金がすべて非課税になるのは、「国家の大盤振る舞い」と言ってもいいでしょう。一人当たりの生涯投資枠は1800万円なので、夫婦や親子、孫の代まで考えれば、一世帯で1億円近くを非課税で投資できます。
国がこれほど有利な資産運用の手段を提供してくれているのに、なぜわざわざ課税口座で株式投資をするのか、あるいは、儲かったら税金がかかるFXや個別株取引に熱中するのか、まったく理解できません。不動産投資も同じで、家賃収入や売却益に税金がかかります。
まずは非課税の新NISAで資産の土台をしっかりと築く。その上で、もし余裕資金があれば、ベンチャー企業に投資するなど、別のリスクを取ればいい。それが、アメリカの成功者たちのやり方です。紙くずになるかもしれないベンチャーに投資できるのは、たとえ失敗しても生活に困らないだけの盤石な資産があるからです。
お金の問題は、お金があれば解決できる
よく「目標は資産1億円」と言われますが、データを見ると、たしかに金融資産が1億円を超えたあたりから、それ以上お金が増えても幸福度は上がりにくくなるようです。
それはおそらく、1億円という資産がもたらす「安心感」が大きいからでしょう。日本政府は大きな借金を抱えており、将来「国が破産したので年金は払えません」と言われる可能性もゼロではありません。そんな時でも、持ち家と1億円の金融資産があれば、「自分と家族はなんとかなるだろう」と思える。その安心感は何物にも代えがたいものです。
お金にとらわれすぎるのは不幸ですが、お金の問題は、お金があれば解決できます。人生には、人間関係や健康など、お金では解決できない問題がたくさんあります。お金の心配をなくすことで、もっと重要な人生の課題に集中できるようになるのです。資産形成の目的は、そこにあるのではないでしょうか。
若い人はまず、人的資本を高めることが重要
最後に、これから資産形成を始める若い方々へのメッセージです。
最近は「投資をしていないと乗り遅れる」といった、不安を煽るような風潮がありますが、私はそれに疑問を感じています。人生の優先順位は人それぞれで、誰もが株のプロになる必要などありません。本当に投資が好きな人は、誰に教わらなくても勝手に始めています。
『新・臆病者のための株入門』で紹介しているインデックス投資は、誰でもできて、コスパもタイパも良く、ノーベル賞のお墨付きまである「最強」の資産運用方法です。基本はこれだけで十分。それ以上のハイリスクな投資にチャレンジしたい人だけが、次のステップに進めばいいのです。
とはいえ、20代で無理に新NISAで毎月1万円を積み立てる必要はないと私は考えています。若い時期に最も重要なのは、働いてお金を稼ぐ力、すなわち「人的資本」を高めることです。
一生懸命働き、人的資本が大きくなり収入が増えた30代、40代から積み立てを始めても、まったく遅くはありません。むしろ、積立額が大きい方が最終的な効果は高くなります。
これからは生涯現役で働く時代です。70歳、80歳になっても、趣味の延長のような形で働き、月に5万円でも10万円でも収入があれば、生活は豊かになります。
日本は「衰退途上国」などと揶揄されますが、それでも世界的に見ればまだまだ豊かな社会です。将来を過度に悲観せず、まずは人的資本という自分の土台をしっかりと作り、その上でお金の心配をなくし、好きなことをやりながら自己実現していく。そんな人生を送ってほしいと願っています。
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※1デリバティブ…株式や金利、為替などの元となる金融商品から派生して生まれた「金融派生商品」。先物取引やオプション取引などが含まれる。少ない資金で大きな取引ができるが、その分リスクも高い。リスク回避や収益拡大のために使われる高度な道具だ。
(橘 玲/文春ムック)
