「背表紙の学校」 [著]奈倉有里

 ある文脈で使われる「現実」という言葉に、ずっと違和感を抱いてきた。それと対置されがちなのは、「理想」という言葉だ。丸腰で平和を願うのは理想論であって、国際情勢を考えれば現実路線をとらざるを得ない、という風に。でも、「現実」という語のこうした用法は実に粗雑だ。それは唯一の「現実」を断定し、それ以外は認めないという強迫である。
 そんな息苦しくなるような「現実」に、風穴を開けること。力を抜いて、別の視点で物事を見てみること。ときに深遠で、ときにユーモラスなロシア語の詩の言葉とともに、このエッセイはその方法を教えてくれる。
 果てしなくみえる「恐怖の世界」にいるとわかっていながら、それでも人と人とが対話や文学を通してかかわりあおうとするのは、「大切な人たちに対して、現実の恐怖の総体よりも強い『事実』を提示したいからなのではないか」――そう著者は言う。
 そうした「事実」とは、たとえ周囲からは夢や虚構だとみなされたとしても、自分や相手を支えてくれるものだ。その言葉を受けとったとたん、強固にみえた「現実」が揺らいで、違う景色が現れてくるような。
 恐怖はある。でも「現実」の呪縛から逃れて、ささやかで大切な「事実」をよすがに、別の方向に歩きだすことはできる。日々の想(おも)いや回想とともに、激動の時代を生きた詩人たちの声を伝える、本書はその手引きだ。
 優しくて、私的で、儚(はかな)くみえるものの奥底にこそ、強靱(きょうじん)さがある。ひたむきで、マイペースで、くじけない。人を萎縮させ、貶(おとし)め、圧倒するために持ちだされる「現実」だけが、この世界のすべてではないのだから。
 「詩は、人が不安のさなかにあっても心を曇らせないように、穏やかに警告を発する」。この本もまた、そうやって私たちに語りかける。よく見て、深く息を吸って。別の言葉をみつけることは、きっとできると。 
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なぐら・ゆり 1982年生まれ。ロシア文学研究者、翻訳者。『文化の脱走兵』で読売文学賞など。『ロシア文学の教室』など。