【Mr.tsubaking】「開店して2年間は赤字」…一風堂で20年超働いた職人が《とんこつ一強》の福岡で「味噌ラーメン専門店」を始めたワケ
とんこつラーメンの聖地といえば福岡だ。ここ数年で、バリエーション豊かなラーメン店も増えつつあり、それらをまとめた「非とんこつ」なる言葉も聞かれ始めたが、いまだに「福岡県民に聞いた好きなラーメン店」などのランキングでは、上位はほとんどとんこつラーメンが占める。
そんな地で、味噌ラーメンを看板に掲げた人物がいる。「博多 文福」の店主・島津智明氏だ。
前編記事『一風堂で20年超働いていた店主が作る1杯…《とんこつ一強》の福岡で大人気の味噌ラーメン専門店』に続き、とんこつラーメンの巨大な牙城にチャレンジするまでの模索と苦労を、同氏に語ってもらう。
「とんこつないと!?」苦労した開業時
福岡に旅行や出張をするなら、とんこつラーメン店は目的地の一つになるだろう。
また、オススメの店を福岡人に聞こうものなら、好きな店を複数挙げられるばかりか「あの店はダメだ」とまで熱っぽく語られることさえある。
それほど、福岡にはとんこつの文化が根付いているわけだが、そこに味噌ラーメンでチャレンジをするにあたっては、当然、越えなくてはいけない壁があった。島津氏はこんなエピソードを話す。
「オープン直後は、なかなか受け入れられませんでした。お客様がご来店されて、入り口で『え!?とんこつないと!?』とおっしゃって、そのまま帰られることもありました」(島津智明氏、以下同じ)
さらに、開業したのは2021年で、コロナ禍の真っ只中。そうした世情もあり開業して2年間は赤字続きだったという。
「一風堂」での勤務から、なぜ味噌ラーメンへ?
コロナ禍という飲食業ならば避けられなかった憂き目もあり、信じていた味噌ラーメンでの華々しい成果はなかなか得られずにいた同店。
それでも愚直に、味噌ラーメンの魅力を表現し続けていると徐々に客足も伸び、黒字に転じはじめる。そこには、島津氏が憧れていたラーメン店の姿があった。
「個人的に食べるのならパンチの効いた味噌ラーメンも好きですが、お店で出しているのは毎日でも食べられるラーメンを目指して作りました。そこに少しずつ理解していただけるようになり、常連さんが増えてきました。奇抜な広告はしていません。うちの味噌ラーメンは、いわば『ほっこり系』で、子どもからお年寄りまで食べていただけるので、それが受け入れていただけたひとつの理由だと思います」
今では「ラーメンは文福しか食べない」とまでいう常連がいるほど、地元に愛されるようになった同店。「非とんこつ」で風穴を開けた店のひとつに数えられるだろう。
こうして店を軌道に乗せた島津氏。味噌ソムリエの資格を持ち「博多 文福」を2店舗経営している、いわば味噌の専門家だ。
ただ同氏はもともと、とんこつラーメンを全国区にした立役者の一人である「一風堂」に23年間勤めていた人物だ。
その島津氏が、味噌に目覚めたのはなぜなのか。
「一風堂では、海外勤務の期間が長くありました。そこで、現地の方に日本の食について質問されることがあったのですが、すぐに答えられませんでした。飲食業なのに、日本の食文化を知らなすぎることに気づいて、学びたいと思ったのです。学び始めると、日本酒や醤油など発酵や醸造を利用したものの魅力を知り、その中でも味噌に興味が湧きました」
しかし、「一風堂」はとんこつラーメンの会社。なかなか、他のラーメンに関するノウハウは得ることが難しいようにも思えるが。
「海外では、ビーガンの人や宗教上の理由で豚が食べられない人に合わせるために、色々なラーメンにチャレンジさせてもらえました。とんこつで基礎を学び、そこからあらゆる味を提供する店に関われたのは大きな財産になっていますね」
「博多 文福」の個性、生味噌とミックス麺
こうして「博多 文福」はオープンに至る。ラーメンの特徴としては、火入れをしていない「生味噌」を使っている点。一般的にはラードと一緒に中華鍋で熱した味噌を使うことが多いという。
「確かに、火を入れると味噌は美味しくなります。ですが、その(火入れした味噌の)味にしかならないんですよ。せっかく自分で店をやるなら誰もやっていないことにチャレンジしたいと思ったんです。中華鍋で熱しなくとも、熱いスープと混ぜたら味噌がどう変化するのか理解していないといけないので、他の店ではなかなかできないと思います」
このように、スープを司る味噌への矜持を語る島津氏。ただ、同店の個性は均一でない麺にも。太麺と細麺を混ぜたミックス麺で提供されるのだ。
太さの揃っていない麺を提供するのは邪道にも感じるが、そこにも島津氏のポリシーがあった。
「私は子どもの時からラーメンを食べてきて、一風堂でも長く働かせてもらいました。その上で、ラーメンって楽しいものだと思うんです。だから、お客さんにも楽しんでもらいたいんです」
同店は麺を自家製で賄っている。常に最高の状態の麺を提供するために、自家製であることもアイデンティティを保つ重要なポイントだった。
とんこつラーメンが圧倒的な存在感を放つ福岡において、あえて味噌ラーメンで勝負を挑んだ「博多 文福」。その挑戦は、単なる異端ではなく、“日常に根づく1杯”を追求した結果でもあった。
奇をてらうのではなく、毎日でも食べられる味を目指す――その積み重ねが、やがて常連客を生み、地域に受け入れられていく。ラーメンという国民食の中で、何を提供すべきか。その問いに対する一つの答えが、島津氏の1杯には詰まっている。
とんこつの牙城に風穴を開ける動きは、決して派手ではない。しかし、確実にその輪郭を広げつつある。福岡のラーメン文化は今、静かにその裾野を広げているのかもしれない。
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