【西脇 章太】事業価値3000万円の介護施設が、わずか500万円まで値崩れ...スタッフ一斉離脱で機能停止した介護施設の”残酷すぎる末路”
医療機関や介護施設の倒産、休廃業・解散が相次いでいる。背景としてよく挙げられるのが、人手不足や物価高、診療報酬・介護報酬をめぐる厳しい環境だ。
もちろん、それらの影響は小さくない。だが今回の問題は、それだけで片づけられるものではなさそうだ。なぜなら、医療や介護の現場では、目の前の仕事を回す力と、組織を持続させる経営の力が、必ずしも一致しないからである。
前編記事『「実は7割が赤字」病院経営はなぜ行き詰まるのか…エリート医師でも避けられない《廃業の本質》』では、医療機関や介護施設の倒産ラッシュが、経営環境の悪化だけではなく、長年見えにくかった「経営そのものの弱さ」によって起きていることを見てきた。
本記事でも、事業再生の現場を数多く見てきた高橋健一朗氏にその実態を聞いていく。
「患者のため」「地域のため」が撤退判断を遅らせる
医療や介護の現場は、単なるビジネスではない。利用者や家族、地域との結びつきが強く、経営が苦しくなったからといって、一般企業のように簡単に縮小や撤退を決められるものではない。
だが、続けることが常に正しいとは限らない。現場を守りたいという思いが強いからこそ、かえって判断が遅れ、傷口を広げてしまう。そうした事例は、実際の現場で少なくないという。
しかも現実には、ある日突然すべてが壊れるわけではない。資金繰りが苦しくなり、人材が定着しなくなり、現場に疲弊がにじみ始めても、「まだ何とかなる」と判断を先送りしてしまう。その末に、最後の一撃で一気に立ち行かなくなるケースが多いのだ。
つまり、本当に見るべきなのは「最後に何が起きたか」ではない。その前の段階で、いくつもの赤信号が出ていたにもかかわらず、なぜ手を打てなかったのか、である。
一般企業であれば、赤字が続き、資金ショートの兆しが見えた段階で、事業縮小や撤退を検討するのが基本だ。ところが、医療や介護の世界では、その当たり前の「損切り」が極めて難しくなる。
「医療や介護のトップは、良くも悪くも真面目で責任感が強い方が多いです。そのため、採算が合わなくなっても『患者さんのため』『地域社会のため』と身銭を切り、限界まで耐えようとするケースが目立ちます。ですが、それは経営ではなく、ただの延命措置にすぎません」(高橋氏、以下同)
使命感を理由に赤字を放置すれば、いずれ資金は底をつく。無理を重ねた末に倒れれば、結局は利用者や従業員に最大のしわ寄せがいく...。続けること自体が目的になった瞬間、経営判断は鈍っていくのだ。
一斉離職は裏切りではなく、経営の通知表
IT企業や製造業であれば、数人が退職しても、システムや機械が動いている限り、ある程度は回し続けることができる。だが、医療・介護は違う。現場の人が抜ければ、その瞬間からサービス提供そのものが成り立たなくなる。まさに究極の労働集約型産業だ。
だからこそ、経営が崩れるときに注目すべきなのは、「誰かが辞めた」という事実そのものではない。そこに至るまでに、現場でどれだけ無理が積み重なっていたのか。その蓄積のほうに、本質がある。
「病院や介護施設は、人がいないと絶対に回らない商売です。だから、現場のスタッフが愛想を尽かした瞬間、一気にドミノ倒しが始まります。最近も、ある介護施設でこんな出来事がありました。No.2だった右腕のスタッフが、他の従業員をごそっと引き連れて、地域のライバル施設へ一斉に移ってしまったんです」
ライバル施設から「うちも人が足りないから、みんなで来ればいい」と持ちかけられたのかは定かではない。だが、スタッフの大量離脱は、その施設にとって事実上の機能停止を意味した。利用者を抱えたまま現場が回らなくなり、一気に存続の危機へ追い込まれたのである。
この出来事だけを切り取れば、「信頼していた右腕に裏切られた、気の毒な経営者」の話にも見えるかもしれない。だが、高橋氏はそうは見ていない。
「外から見れば乗っ取りや裏切りに映るかもしれません。ですが、本質は違います。昨今、補助金ビジネスとして『儲かりそうだから』と安易に参入する事業者がいますが、理念がなく利益だけが目的のトップには、過酷な現場を支える人間はついていきません。右腕が悪かったのではなく、経営者の人柄やマネジメントに愛想を尽かした結果の集団脱出と捉えるのが自然です」
要するに、一斉離職が突然経営を壊したのではない。すでに経営のほころびが深くなり、現場の不満や不信が積み上がっていたからこそ、最後に人がまとめて離れたわけだ。
No.2の離反は、原因というより結果に近い。経営の傷が限界まで広がった末に表面化する、最後通告と言ったほうが正確だろう。
事業価値3000万円の介護施設が、わずか500万円まで値崩れ...
問題は、その施設が「人が抜けて大変だった」で終わらなかったことだ。撤退や譲渡の判断が遅れたことで、事業そのものの価値まで大きく毀損してしまった。
スタッフを抜かれて立ち行かなくなったその介護施設は、その後どうなったのか。実は、表向きには倒産という形を取っていない。ここにも、ニュースの見出しだけでは見えにくい、現場のリアルがある。
「結局、その施設は引き抜き先のライバル企業から買収を持ちかけられ、本来なら3000万円ほどの事業価値があるものを、わずか500万円程度で手放してしまったんです。買い取った側は施設の看板を掛け替えただけで、離反した従業員たちを元の職場に戻し、何事もなかったかのように通常営業を再開しました。利用者もそのまま奪われ、売り払った元の会社には多額の借金だけが残されたのです」
本来であれば、適正な価格で事業を譲渡し、少しでも借金の返済に充てるべき局面だった。法的に見ても、不当に安い価格での譲渡は、債権者を害する行為とみなされる可能性すらある。
「私からも『実態を明らかにして、適正な価格を回収できるようもっと戦うべきだ』とアドバイスしました。しかし、経営者本人は完全にメンタルが折れてしまっていて、言われるがまま安値で手放してしまった。悔しいと言いながらも、立ち上がる気力すら残っていなかったんです」
表向きには倒産していなくても、実態としては経営判断の遅れによって損失を最大化してしまった形だ。まさに、最悪に近い壊れ方だったと言える。
ここで問うべきなのは、「なぜNo.2が離れたのか」だけではない。その前に、なぜ縮小や譲渡といった選択肢を、まだ余力がある段階で現実的に検討できなかったのか、という点である。
人が抜け、資金も尽き、経営者の気力まで折れてしまった段階では、もはや有利な条件での撤退はできない。だからこそ、“やめどき”は壊れてからではなく、まだ選べるうちに見極める必要があるのだ。
事業譲渡か撤退か、決断が遅い事業所の末路…
では、中小規模の医療機関や介護施設は、どのタイミングで“やめどき”を悟るべきなのか。
ひとつのわかりやすい目安は、慢性的な資金繰りの悪化と、人材流出の兆しが重なり始めたときだろう。より厳密に言えば、スタッフが実際に大量離職してからでは遅い。採用しても人が定着しない、キーパーソンへの負荷が偏る、現場の不満が表面化する--そうした段階で、すでに赤信号は灯っている。
それにもかかわらず、多くの経営者は「とにかく今日を回すこと」に追われ、根本的な判断を先送りしてしまう。高橋氏によれば、そこで陥りやすい典型的な罠というのが、金融機関へのリスケ(返済猶予)頼みだ。
「資金繰りが厳しくなって銀行などに相談すると、だいたい『まずはリスケしましょう』と提案されます。知識がない経営者は『これで立て直せるんだ』と安堵してしまう。でも、事業構造そのものが赤字なのに、借金の返済を少し遅らせたところで立ち直るわけがありません。根本的な解決には何一つなっていないんです」
近年は、資金繰りに苦しむ事業者を支援する制度や枠組みも整いつつある。だが、そこに駆け込めば自動的に再建できるわけではない。形だけの計画書を作らされ、高い手数料を払うだけで、実際の立て直しにはつながらないケースもあるという。
延命策にすがっている間にも、組織の体力は確実に削られていく。人も資金も残っているうちに手を打てるかどうかで、その後の選択肢は大きく変わる。
「限界まで歯を食いしばって耐えることや、リスケで延命することだけが正しい経営ではありません。資金に少しでも余裕があり、スタッフが完全に離れ切る前の段階で、まずはしがらみのない第三者の専門家に相談してください。そのうえで、事業の縮小やM&Aでの譲渡、あるいは傷が浅いうちの計画的な撤退を選択肢に入れる必要があります」
医療や介護は、どうしても「患者のため」「地域のため」といった感情に流されやすい業界だ。しかし、そうした世界にいるからこそ、トップにはより冷静な判断が求められる。
お金も人も完全に尽き、身動きが取れなくなってからでは、適正な価格での事業譲渡すら難しくなる。取り返しがつかなくなる前に、適切な幕引きを図ること。それこそが、結果として利用者やスタッフの未来を守る、最後の経営責任なのだ。
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