ヒト免疫不全ウイルス(HIV)はヒトの免疫細胞に感染して免疫不全を引き起こし、最終的に後天性免疫不全症候群(AIDS、エイズ)を発症させます。新たに、ノルウェーのオスロに住むHIV患者の男性が「HIVへの遺伝的抵抗性」を持つ兄弟から造血幹細胞移植を受け、HIVの「持続的寛解」を達成したと報告されました。

Long-term HIV-1 remission achieved through allogeneic haematopoietic stem cell transplant from a CCR5Δ32/Δ32 sibling donor | Nature Microbiology

https://www.nature.com/articles/s41564-026-02304-8

Sibling Stem Cell Transplant Leads to Rare HIV Remission in 'Oslo Patient' : ScienceAlert

https://www.sciencealert.com/sibling-stem-cell-transplant-leads-to-rare-hiv-remission-in-oslo-patient

'Oslo patient' likely cured of HIV after getting stem cell transplant from his brother, who is genetically resistant to the virus | Live Science

https://www.livescience.com/health/hiv/oslo-patient-likely-cured-of-hiv-after-getting-stem-cell-transplant-from-his-brother-who-is-genetically-resistant-to-the-virus

オスロに住むHIV患者の男性は2006年、44歳だった時にHIVに感染していると診断され、2010年から体内のウイルス複製能力を抑制する抗レトロウイルス療法を受け始めました。これにより、男性の血液中のHIV量は検出限界以下に抑えられていましたが、2018年に骨髄中の造血幹細胞に異常が生じて血液細胞が減少する骨髄異形成症候群と診断されました。

当初、男性の骨髄異形成症候群は薬物治療によって寛解状態になったものの、やがて再発したことから造血幹細胞移植が検討されました。造血幹細胞移植では、ドナーから採取した健康な造血幹細胞を体内に注入し、変異した造血幹細胞を置き換えるという治療法です。これにより、新しい造血幹細胞が新たな血液細胞を生み出し、最終的に患者の血液供給および免疫システムが置き換えられます。

男性は兄から造血幹細胞移植を受けることになりましたが、移植手術の当日になって兄が「HIVへの遺伝的抵抗性」を持っていることが判明しました。HIVは白血球の表面にあるCCR5という受容体を利用して感染しますが、男性はHIV感染を防ぐCCR5-Δ32というCCR5の変異を持っていたとのこと。



そこで移植手術を行ったオスロ大学病院の研究チームは、造血幹細胞移植が患者に与える影響を綿密に追跡することにしました。男性は移植後、ドナー由来のリンパ球が患者の臓器を攻撃する移植片対宿主病を発症しましたが、免疫調整薬による治療を受けることで症状は抑えられ、時間経過とともに新たな免疫系が機能するようになりました。移植から約2年後には、ドナー由来の細胞が血液・骨髄・腸の免疫細胞を完全に置き換えていたことが確認されました。

研究チームは造血幹細胞移植を受けた患者の体内で、HIVがどのような状態になっているのかを調査しました。その結果、患者の血液中にHIVの痕跡は残っておらず、HIVの主要な標的であるT細胞やHIVが潜伏していることが多いリンパ組織を分析しても、HIVは見つかりませんでした。

患者は造血幹細胞移植から2年後に抗レトロウイルス療法を中止しましたが、移植手術から5年が経過してもHIVが再増殖している兆候はみられませんでした。また、患者の免疫細胞がどのようなウイルスに反応するのかを調べたところ、インフルエンザウイルスなどの一般的なウイルスには反応するものの、HIVには反応しませんでした。

オスロ大学病院のグループリーダーであるマリウス・トロセイド博士は、「免疫系は正常に機能しているものの、HIVを認識しないのです。彼の新しい免疫系はHIVに遭遇したことがなく、それを認識できないようです」と述べています。



これらの結果を総合すると男性のHIVは完治した可能性が高いものの、研究チームは控えめに「sustained remission(持続的寛解)」が達成されたと表現しています。HIV患者が正式に完治したことを示すコンセンサスはないものの、男性はもはやHIVの増殖を抑えるために薬を服用する必要はありません。

トロセイド氏は、「男性は宝くじに2回当たったような気分だと語っています。彼は命に関わる可能性があった骨髄の病気から回復し、おそらくHIVも治癒したと考えられます」とコメントしました。