「子どもが大きくなったらもう少し大きい家に」そんな夫婦の願いは、攻めた投資の結果…

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NISAをやらないなんて損」。その思い込みが、家計を壊すことがある。都内のIT企業に勤める30代の夫婦。共働きで世帯年収は1000万円、NISAの評価額は数百万円に膨らんでいた。だが、銀行の預金口座の残高はわずか20万円……。そこに急な出費が重なったとき、二人は青ざめることになる。画面上の「資産」は確かにある。しかし、今すぐ払える「現金」が手元にない。二人の選択にどんな問題があったのか。金融教育家の上原千華子さんが夫婦の事例をもとに警鐘を鳴らす。

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こうして「NISA貧乏」は始まった 結婚式で貯金ゼロからの「投資全力投球」

 佑樹さん(34歳・仮名)と、現在育休中の妻(32歳)の「しくじり」は、3年前の盛大な結婚式から始まった。

「子どもが大きくなったらもう少し大きい家に」そんな夫婦の願いは、攻めた投資の結果…

「コロナ禍でなかなか結婚できずにまわりを心配させたし、お礼も兼ねて華やかにやりたいよね」

 生花で飾り付けた洋館でガーデンパーティをするなど、理想を詰め込んだ式に数百万円を投じた結果、二人の貯金はほぼ底を突いた状態で新生活がスタートした。

「子どもも欲しいし、ちまちま貯金なんてやってられないよね。新NISAも始まったし、効率よく増やそうよ」

 新NISAは年間360万円まで投資できる。老後不安やインフレのニュースに焦りを感じた二人は、家計管理や貯金そっちのけで、新NISAの投資枠を埋めることを最優先にした。佑樹さんが月15万円、妻が月6万円、夫婦合計で毎月21万円。有り金はすべて人気の「オルカン( 全世界株式/オール・カントリーの略)型」投資信託に回す、それこそが「正解」だと信じて疑わなかった。

 余裕があるはずの家計がぐらつき始めたのは、出産で想像以上に出費が重なったときだった。出産費用そのものは出産一時金などでまかなえたが、里帰り出産や付き添いのための航空運賃、マタニティ・ベビー用品の購入などで50万円近くかかってしまった。育休中の妻に住民税の納付通知が届き、気が付けば銀行の口座残高はたったの20万円に。「子どもが歩き始めたら、もう少し広い物件に引っ越そうか」と話していたが、それどころではなくなってしまった。

「もちろん、NISA口座には評価額500万円以上の資産があります。その一部を解約すればいいんでしょうけど……。今年2月ごろに200万円以上あった含み益が中東紛争を機に株価が急落して50万円くらい下がってしまって。この状態で解約するのはためらってしまいます。100万円はかかる引っ越しはいったん断念ですね。株価が回復するまで、緊急の出費がないことを祈るばかりです」

 自分たちの未来を守るための投資で、現在の生活が制約される「NISA貧乏」ともいえる皮肉な状況に陥ってしまった佑樹さん夫婦。育児で疲れ切っている妻は、「NISAならどんどん増えるんじゃなかったの……」と恨めし気だ。

専門家のアドバイス:なぜ若い世代が「NISA貧乏」に陥るのか

 生活に支障をきたすほどに投資にお金を回してしまう「NISA貧乏」。この言葉は、26年3月10日の衆議院財務金融委員会でも取り上げられ、片山さつき金融担当相が「積み立て自体の目的化は意図していない」と答弁したことでも話題となった。

 佑樹さん夫婦のように、本来は確保するべき生活資金を切り崩してまで『攻め』の投資に回してしまう逆転現象がなぜ起きてしまうのか。お金をめぐる心理に詳しい上原さんは、その背景に、3つの心理があると指摘する。

 まず、老後に対する不安を「見える化」しないまま焦ってしまうこと。自分の年金がいくらもらえるのか、将来いくら必要なのかを計算することなく、やみくもに投資額を増やしてしまうパターンだ。

 2つ目は、「現金は損」という思い込みだ。「インフレ時代に現金を持つのは損」という情報だけを鵜呑みにし、リスク許容度を超えて投資にのめりこんでしまう。

投資信託が短期では元本割れすることを知りながら、心のどこかで“率の良い預金”程度にしか考えていないのです」

 3つ目は、「時間を味方につける」という言葉に対する誤解だ。確かに、若いうちから多く積み立て、長期運用すれば運用成績が安定するのは確かだ。しかし投資額を増やすこと自体が目的化し、長く続けるために最も必要な「手元の安心」を後回しにしては本末転倒だ。

投資を始めるための3ステップ

 こうした心理をふまえつつ、上原さんは、「手持ち資金が少ない人こそ、投資を始める際は順序を守ることが大事」という。

ステップ1 生活防衛資金を確保する

 投資を始める前に、生活費の6カ月から1年分を、すぐに引き出せる形で確保する。「急病などの緊急事態に備えて預金口座に入れておくのがおすすめです」

ステップ2 直近10年のライフプランを描く

 家賃更新や引っ越し、住宅購入、出産、教育など、今後の予定とその予算を書き出してみる。たとえば中学受験をするなら、新小学4年生(小3の2月)から塾代が本格化することを見越しておく。そして、10年以内に使う予定があるお金は基本的には投資に回さない。「使う時期が近付いているお金を、大きな価格変動のある金融商品に投資するのはリスクが高すぎます。預貯金のほか、個人向け国債、社債などの利用を考えたいですね」

ステップ3 「無理なく続けられる額」を設定する

「10年以上使わないお金は、NISAiDeCoなどの税制優遇制度を活用した投資に振り分けていいでしょう」。ただし、上限額まで埋めることが目的になって、無理な金額を設定しないこと。老後への不安に振り回され、今の生活を犠牲にしないよう注意したい。

「若い世代は、これからさまざまなライフイベントが待っています。まずは『ご安全に』の精神で近いうちに使えるお金を準備しておき、その余りを投資にまわしてください。それが長期投資を成功させる鉄則です」

 画面上の評価額がどれほど増えようとも、今日の家賃は現金で払わなくてはならない。投資は「余裕のある資金で、長期で続けるもの」という原則は、NISA時代になっても変わらない。「NISAをやっている自分」に安心する前に、一度立ち止まって考えてみてほしい。あなたの銀行口座に、今月の予期せぬ出費を賄えるだけの現金は残っているだろうか?

※紹介する事例は、プライバシー保護等のため、アレンジを加えている。

今回のアドバイザー/上原千華子さん
金融教育家/ファイナンシャル・セラピスト。欧米投資銀行勤務歴17年、個人投資家歴25年以上。AFP、証券外務員一種、NLP(実践心理学)マネークリニック(R)トレーナー。2018年、ウェルス・マインド・アプローチ創業。資産運用講座を実施し、2022年より「3ヶ月マネー実践講座」を提供開始。心理学を取り入れたライフプランと資産運用をアドバイスしている。現在は企業・大学でも登壇し、延べ5000名以上に金融教育を届けている。著書に『「お金の不安」をやわらげる科学的な方法 ファイナンシャル・セラピー』(日本能率協会マネジメントセンター)。

取材・文/鷺島鈴香

デイリー新潮編集部