20年で構成員数が”1割以下”の3500人に激減……「山口組」に未来はあるのか?
かつて20万人もの構成員を擁した暴力団。
覚せい剤の輸入や賭博、みかじめ料の徴収で莫大な収益を上げ、1980年代の年間収入は推計8兆円に達したと言われる。だが平成に入って以降、暴対法の制定や警察の行き過ぎた捜査、メディアによる批判的な報道が原因となり、暴力団は衰退の一途をたどってきた。
では、暴力団が社会から消えていくことは、我々一般国民にとって「良いこと」だけなのだろうか?しばし「必要悪」として語られてきた“やくざ”の実態を、『やくざは本当に「必要悪」だったのか』より一部抜粋・再編集してお届けする。
【前編を読む】暴力団の息の根を止めた「暴排条例」と「やくざ必要悪論」とのあいまいで敏感なバランス関係
弘道会が2代にわたって山口組を牛耳る
2025年9月、弘道会は三重県津市の弘道会系の組事務所に幹部約30人を集め、弘道会の会長がそれまでの竹内照明から弘道会の若頭だった野内正博に交代し、竹内照明は弘道会総裁に就くと伝達した。
この人事の狙いはちょっと事情に通じた者なら簡単に見て取れる。7代目山口組の人事を6代目山口組同様、弘道会が仕切り、独占するための下準備ということである。
6代目山口組は司忍組長-郄山清司若頭という2人の弘道会出身者で固めたが、それと同じように近々訪れるはずの司組長引退に伴い、7代目組長は竹内照明・弘道会新総裁、その若頭は野内正博・弘道会新会長で行くという構想だ。6代目時代と同様、7代目も弘道会が組長-若頭のツートップを独占する。
さらに細かく見ると、4代目弘道会の若頭には、それまでの同会若頭補佐の南正毅(3代目郄山組組長)が就いた。郄山清司前若頭(3代目弘道会総裁に就いてすぐ総裁を辞任、現相談役)は元を糺せば弘道会(山口組の2次団体)傘下の郄山組(3次団体)の創設者であり、初代でもある。竹内照明は郄山組若頭を経て2代目郄山組組長となり、弘道会の直参になった。野内正博も郄山組の出身で、弘道会直参になり、2019年弘道会の若頭に就任という経歴を辿った。
南正毅も前記したように郄山組の出だから、つまり郄山清司-竹内照明-野内正博-南正毅と併せて4代が弘道会直参の郄山組であり、それが弘道会の主流となり、ひいては山口組全体に君臨する。
弘道会が2代にわたって山口組を牛耳るのはほぼ間違いない。その弘道会の中でも郄山組の系列が圧倒的にトップを占め続ける。
山口組は構造不況業種
しかし、弘道会支配の山口組は7代目山口組になっても、6代目時代と同様の勢威を示せるのか。過去を単純に未来に延長すると、未来も弘道会にプラスと出るのか。
山口組を取り巻く環境は6代目時代と、7代目時代を噂する現在とでは圧倒的な違いがある。まず抱える組員数を見てみる。
司が6代目山口組組長に就いた2005年、全暴力団員数は8万6300人で、山口組はその47.5パーセントを占めた(準構成員を含む。『警察白書』平成18年版)。構成員数はその約半数、4万992人である。
現在の『警察白書』を見ると、2024年、6代目山口組の構成員数は約3500人にすぎない。
つまりこの20年間に山口組は司組長就任時の一割以下に激減しているのだ。相変わらず日本で最多の構成員数を抱える暴力団であることは変わらないが、分裂抗争と取り締まり、経済不況でガタガタに揺すられ、組員はこぼれ落ち、かくも無惨な状態になっている。
そういう今の状態で6代目就任時と同じく弘道会(名古屋)支配の人事を行うことに、どのような意味があるのだろうか。すでに分裂抗争で二度と組内で揉めたくないと組員の大半が思っていようから、再分裂の心配は不要のはずだ。6代目側も神戸側も抗争はご免と思っているに違いない。
しかし、6代目山口組も神戸山口組も絆會も「弘道会支配、いい加減にしなよ」と厭戦気分は蔓延しているに違いない。山口組に対して醒めた気分は避けようがなく、山口組の組員数は引きつづき、これからも減少し続けて行く。なにしろ山口組は構造不況業種なのだ。プラス要因はどこにもない。
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