【 NRF 2026 レポート Vol.4】The Next NowとしてのAI活用と組織への取り込み
本記事はRokt松田誠氏による寄稿です。記事のポイントAI活用は特定業務の効率化にとどまらずフロー全体を最適化するビジネスの前提へと移行している顧客対応からサプライチェーンまで基幹プロセスにAIを組み込むトランスフォーメーションが加速している業務プロセスや組織の役割をAI前提で再設計し継続的に運用できる企業が次の競争力を獲得する
NRF: Retail's Big Show(以下NRF NY 2026)のAI関連セッションが繰り返し示していたのは、AI活用が「試してみる段階」から「リテールビジネスの前提」へと移行しつつあることだ。焦点はAIを使って「何ができるか」より、AIを「どう組み込んで活用するか」に置かれていた。ユースケースの派手さを競うより、ユースケースが組織内で継続的に増え、改善され、横展開できる企業が勝つ空気が強かった。最終回となるレポート第4回ではAI活用と組織への取り込みにスポットを当てる。AIのThe Next Now
NRF NY 2026で目立ったのは、AI活用が「便利な機能追加」ではなく、顧客の摩擦を消し、解決までの距離を短くする方向に進んでいる点だ。「リテールの新時代。TargetとOpenAIが語るテクノロジー主導の変革」のセッションでは、AIをゲスト体験と従業員体験の両方に組み込み、「AIを使う会社」から「AIで動く会社」へ移ることが語られていた。具体的には、ベンダー向けの問い合わせを3,000件超のFAQで学習した社内AIが即時回答するなど、「探す」「待つ」「説明する」コストを削る設計が示されている。「AIが動かす新しい買い手像。生成エージェントがつくるリテールの新たな入口」のセッションでThe Home Depotは、顧客と店舗スタッフの双方を支援する会話型AIを前提に、意思決定と現場対応を同時に短縮させる方向性を示した。サポート体験はメニュー型の自動応答から自然言語の対話へと向かっている。マーケティングコンテンツの生成については、「作れる」こと自体より、ブランドの統一性を保ったまま量と鮮度を両立させる運用に論点が移っていた。「AIによる大規模コンテンツ生成。The Home Depotのマーケティング再設計」のセッションでは、The Home DepotとAdobeが自社ブランドのトーンや表現ルールを反映したカスタム生成AIでコンテンツ供給プロセスを再設計し、制作期間の短縮とブランドの一貫性を両立させた事例が紹介された。またAuthentic Brands GroupはGoogle CloudとGeminiを活用し、Reebokの広告クリエイティブの初期テストにて、AIで強化した素材が従来の商品画像より最大60%高いROAS(広告費用対効果)を出したと発表している。AIによる効率化はバックオフィスの省力化にとどまらず、顧客対応からサプライチェーンまで横断して企業のスピードを上げる話として語られていた。「AWSとPepsiCoが加速する、顧客対応からサプライチェーンまでのAI主導トランスフォーメーション」はその象徴で、AIを部門単位で閉じず基幹プロセスに埋め込む発想が前提になっている。PepsiCoは生成AIをPLM(製品ライフサイクル管理)に組み込むことで、新商品開発サイクルを従来の6〜9カ月から最短6週間へ圧縮したと報じられている。
会場の様子
The Next Nowに向けて
NRF 2026で一貫していたのは、AIを「特定業務のソリューション」ではなく「企業のオペレーティングモデル」にする発想だ。個別のユースケースは多様だが、イベント全体の温度感として「何を試すか」より「どう組み込み、どう回し続けるか」に議論の重心が移っていた。現地で同行視察したオイシックス・ラ・大地株式会社の浅田真帆氏(マネージャー、OisixEC事業本部 戦略室 / 経営企画本部 事業支援部)は次のように語っていた。 「AIはどちらかというと特定業務の生産性改善の文脈で語られることが多かったが、サプライチェーンから顧客体験まで業務全体を俯瞰し、切り出せる業務からフロー全体をAI最適化して取り込むことの重要性を痛感した」。個別業務の効率化を積み上げるだけではAIの価値は局所最適で止まりやすい。一方で、最初から全体最適を一気に実装するのも現実的ではない。着手は「切り出せる業務」からでよいが、目線は常に「フロー全体」に置き、データ・判断・運用のつながりまで含めて最適化していく構えが必要だ。「2026年までにAIファーストへ。すべてのリテールブランドの新たな基準」のセッションでは、AIをコピー作成などの単体ソリューションに留めず、AI前提で設計や運用を行う役割へ移行する必要があると語られた。AI導入はツール導入ではなく職能設計の更新であり、誰が何を判断し、どこまでをAIに任せ、どの工程で品質を担保するのかを組織として定義し直すことになる。変化が速い領域では内製か外注かの二択ではなく、パートナーと共同でフォーマットを作り、運用まで管理する姿勢が求められる。AIを前提に組織・個人の役割を見直し、業務プロセスを作り直し、運用で回し続ける速度と持続力が、The Next Nowにおける競争力そのものになる。The Next Nowを日本で実践する
今回のNRF NY 2026は、リテールが直面している変化を「整理して理解する」だけでなく、「次の打ち手を具体化する場」としても価値が高かった。AI活用、消費者行動の変化、購買体験の革新、リテールメディア、組織改革などの論点が、企業の活動にどう落とし込むかという実務の議論に収れんしていたからだ。4回の連載を通じて見てきたNRF NY 2026の論点を、改めて整理する。エージェント型AIが再設計するリテールエコシステム:UCPに象徴されるエージェント型コマースは、購買プロセスと競争条件を同時に書き換える。「来るかどうか」ではなく「来たあと後にどう勝つか」を起点に、商品データとコンテンツの整備、GEOやAEOを含む「AIを顧客とした」設計を今すぐ進めるべきだ。同時に、AIが置き換えにくい購買・消費体験への転換が重要になる。リテールが前提としていた境界の消失:ブランドとリテール、オンラインとオフライン、顧客セグメント、事業ドメインの境界がますます消失している。チャネル別・事業別の最適化を続けるのではなく、顧客体験とLTVを中心にデータと意思決定を統合し、AI-firstで資産を束ねて運用する体制へ移行する必要がある。リテールメディアの再定義:リテールメディアは広告枠ではなく、消費者にとっては購買体験の一部であり、リテールにとっては顧客接点を収益化する経営テーマへ変わった。体験を壊さないマネタイズのルールとガバナンスを先に定め、店舗・EC・アプリをまたいで影響を計測できる仕組みを整えることが求められる。AI活用と組織への取り込み:AI活用は「AIで動く会社」へ移行する局面に入った。ソリューション単位の導入にとどまらず、職能と業務プロセスをAI前提で再設計し、パートナーとも共同で運用の型を作り、継続的に進化させる仕組みが求められる。NRFが示したThe Next Nowは、最新技術の披露ではなく、実装速度が競争力を左右する局面に入った宣言だ。今回、Roktはニューヨーク本社で日本から参加したリテールのキーパーソン100名以上をお招きし、NRFの振り返りとネットワーキングのイベントを開催した。各社が見聞きしたセッション内容を持ち寄りながら、「結局どこから着手すべきか」「自社の戦略や体制にどう落とし込むか」などの実務の観点で活発な情報交換が行われ、NRFの学びを日本で活用しようとする強い意志が随所に感じられた。学びを学びで終わらせず、実践に落とし込み、実績を積み上げられる企業が、次の「今」を取りにいける。
イベントの様子
松田 誠(まつだ・まこと)Rokt合同会社 日本マイクロソフトでOffice 365を始はじめとした各種ソフトウエア・サービスのビジネスをリード。ケルヒャーでコンシューマービジネスの責任者を担当した後、2019年にRokt合同会社に入社。ビジネスデベロップメントとして日本市場におけるRoktビジネスの立ち上げと拡大に従事している。写真:Rokt提供
