のど飴は「美味しすぎてはいけない」。元祖メーカーが明かす、「複雑な味を残す」深い理由
何事にも始まりはある。そしてそこには、今では想像もつかない状況や苦労も伴う。例えば「のど飴」だ。今やコンビニやスーパーの定番だが、この言葉を日本で最初に商品名に冠したのはカンロ株式会社である。1981年に発売された『カンロ 健康のど飴』の誕生には、どのような裏側があったのか。同社の担当者に話を聞いた。
◆医者の一言でのどに優しい飴の開発を決める
開発担当の安田さんによれば、軽い風邪をひいた当時の社長が病院に訪れた際の“ある一言”が発売のきっかけだという。
「お医者さんに『おたくのカンロ飴や黒飴を舐めておけば大丈夫ですよ』と言われたそうなんです。そこから、のどに優しい飴を作ろうというアイデアが浮かんだそうなんです」(開発・安田さん)
当時、製薬会社がのどへの効能を謳った飴を販売していたが、消費者が手軽に買えるような「お菓子」としてののど飴が、こうして誕生することになった。
◆効能と味の両立に苦闘
社長の発案から、のどに優しい“お菓子”としての飴の開発がスタートするわけだが、それは簡単なことではなかったと安田さん。
「お菓子のメーカーですから、開発チームはそれまでも美味しさは追求していました。そこに初めて“効能感”が求められるようになったので、社内でも違和感を持つ人もいたようです」(開発・安田さん)
それでも、海外の文献などを研究し、ハーブを配合させることで目指す形に近づけた。
「お菓子売り場に出すことになるので、ハーブを入れて効能感を充実させるのと、美味しさを両立させないといけません。まだ日本ではあまりメジャーではなかったハーブを使いながら美味しさを追求するのには、当時の開発チームもかなり苦労したみたいですね」(開発・安田さん)
今では当たり前だが、嗜好品であるお菓子に効能感という新たな価値観を持たせる壁と向き合いながらの開発だったのだ。
◆「ハーブ」を浸透させるべく奔走
そんな苦労の上で発売された「カンロ健康のど飴」は、現在では定番商品ではあるが、消費者に受け入れられるまでには障壁もあった。そう話すのは、広報担当の高田橋(こうだばし)さん。
「まずは食べてもらわないといけないので、試食販売もしていたそうなんです。ただ、ハーブが当時の日本では馴染みが薄く、それまでにないような、いわば“薬くさい”味わいだったこともあって期待していた反応は得られなかったようですね」(広報・高田橋さん)
また、値段もネックになったようだが、それでもあきらめず魅力を伝えようと奔走した人々もいた。
「社内の資料によれば、弊社が当時発売していたカンロ飴の約2倍の値段だったとありました。当時の人にしてみれば『高いし、薬臭いし、そもそもハーブってなんだ?』という感じだったと思います。ですが、当時の営業の方も諦めず、スーパーなどの小売店はもちろん、カラオケ店や歌の教室にまでアピールをしに行っていたようです」(広報・高田橋さん)
こうした努力によって次第に認知は広まっていくものの、数年は思うような結果がでなかったという。変化が起きたのは、『健康のど飴』の発売から8年経った頃のこと。
「他のメーカーさんも『のど飴』と銘打った商品を発売するようになってきて、市場が広がったこと。その中で、弊社が1989年に『健康梅のど飴』を発売しました。効能感を保ちながらも梅によって味わいを高めたことが奏功して、やっと多くの方に手にとっていただけるようになったのではないかと思います」(広報・高田橋さん)

