『徹子の部屋』に綾小路きみまろさんが登場。富士の隠れ家を紹介「〈死ぬときはゼロ〉が理想。富士山の麓でのんびりするのはいつの日か」
2026年2月6日の『徹子の部屋』に綾小路きみまろさんが登場。去年75歳となり高齢者の仲間入りを果たした気持ちや、富士山の麓・河口湖での暮らしを語ります。今回はきみまろさんが人生観を語った『婦人公論』2019年10月8日号の記事を再配信します。*****中高年をネタにした毒舌漫談で、日本各地を沸かせている綾小路きみまろさん。52歳での大ブレイクを機に始まった超多忙な日々は、今も続く。68歳になった“シニアのアイドル”に、歳を重ねてのお金に対する感覚と人生観の変化を訊いてみると……(構成=福永妙子 撮影=本社写真部)
* * * * * * *
あの世にお金は持っていけませんから
老後に向けた中高年の関心といえば、お金の問題は大きいですね。私自身は、ブレイク前もショーの司会や漫談で指名してくださるお客さまがいたので、お金にはさほど困りませんでした。
ただ会社勤めとは違い、定期的にお金が入ってくるわけではなく、先の保証もゼロ。お声がかからなくなったら終わりです。もしもの場合に備え、司会業の合間に専門学校に通い、マッサージ師の資格を取ったりもしました。
今も浮草稼業ですから、金銭感覚は昔と変わらず、無駄遣いはできません。車は1台あればいい。骨董品は好きですが、集めるのは昔の生活雑器ばかりで、たいしたものはありません。それも「断捨離」している途中で、友人知人が「いいなあ」と言えば差し上げています。
お金はあるに越したことはないでしょうが、あの世に持っていけるわけでもありません。「生きているうちに使いきり、死ぬときはゼロ」が理想。ですが、そうそう帳尻を合わせられるわけでもなく、また、なければないで不安ですよね。
私のファンの方々は、わざわざチケットを買ってライブに足を運んでくださる。年金からチケット代を捻出している方もいらっしゃるでしょう。私の役割は、そうした方に、いっときでも、笑いと「来てよかった」と思える幸せな時間を提供することです。
今の中高年は、子どもや孫たちとも離れて夫婦だけ、あるいは単身暮らしも多く、普段、思いきり笑う場面が少ないのではないでしょうか。だからお金を払ってでも、私の漫談を聴きにいらっしゃる。
そうして、きみまろを目の前で見て、ゲラゲラ笑わせてほしいし、できれば漫談の中で自分をイジってもらいたい。私がイジったお客さまから「冗談だし、しかたないわね」と言われると、「いや、私、冗談は言えないのですよ」と返す。そこで、わっはっはと、また笑いが起きる。
そんなみなさんに、また精いっぱい応えたいと、私自身、お客さまから活力と生きがいをいただいています。たとえ帰り道に、「今夜のごはん、何にしようかしら」と考えて、すっかり私のことを忘れてしまったとしても……。
あれから17年、まだのんびりできません
ステージは年間100本くらい。日本全国津々浦々を飛びまわっております。沖縄の石垣島に行ったかと思えば、次は秋田。鹿児島に行ったあとに北海道。移動のために飛行機や新幹線に乗っている時間も長く、68歳という私の歳から考えると、相当にハードな生活かもしれません。
そういう日々ですので、河口湖畔の自宅にいられるのは、ひと月に1週間あればいいほうでしょうか。3、4日だけ、ということもあります。
河口湖に家を建てたのは27年前、42歳のとき。その頃の私は大物演歌歌手の方の歌謡ショーやディナーショーの司会をするかたわら、漫談家を目指しておりました。ところが、いっこうに売れない。そこで思いきって東京から山梨に居を移し、河口湖のほとりで富士山を見ながら、のんびり暮らそうと思ったのです。畑仕事でもしながらね。
40代でのんびり暮らすとは早すぎますか? いや、私、若い頃から考え方が年寄りでしたから。はい、顔も、頭髪も、老けておりました。
そんななか、最後の賭けのつもりで、漫談を録音したカセットテープを、高速道路のサービスエリアで観光バスの運転手さんやガイドさんに無料でお配りしたのです。それをきっかけにレコード会社からCD化のお話があり、大ヒット。ブレイクへとつながります。司会業、漫談と下積み生活30年。ブレイクは52歳のときで、人生、何が起こるかわかりません。
「あれから40年〜」は、私の漫談でのおきまりフレーズですが、あれから17年──70歳を目前に、今、私は河口湖でのんびりどころか、漫談でお笑いを届けるために、日本中を駆けまわっているのでございます。
おかげさまで、ステージのチケットはいつも完売。私は中高年の方々をネタにした漫談をしておりますが、ブレイクし始めの頃、20代だった若い方々も、今や40代、子育てを経て立派な中年となっております。そして、あの頃、40代だった人は60代となり、高齢者まっしぐら。70代、80代だった人は……会場に来られなくなっているかもしれませんが。(笑)
ともかく、言葉は悪いのですが、歳月の経過とともに人々はトコロテンのように若者グループから押し出され、あちらこちらで中高年が養殖されているのです。私もそのひとりとして先頭に立ち、養殖場の中高年のみなさまに餌を与えている、といったところです。
「初きみまろ」という表現にほくそえみ
インターネットをのぞいたら、51歳の方のこんなコメントを見つけました。「友人に『一度、行ってみるといいよ』と誘われて、初きみまろに行ってきました」。そのあとに感想が続くのですが、「初きみまろ」という言い方があるんだ、と感心するのと同時に、51歳で「初」ならば、この先、この年代の方にはまだまだ需要があるなとほくそえみました。ただ、この方が60代、70代になる頃、私はいなくなっているかもしれません。
私の場合、ステージでは決まったシナリオがあるわけではなく、お客さまの反応を見ながら、その都度、状況に合わせてネタを繰り出し、それをひたすら続ける。お客さまが飽きないためにも、常に新しいネタを用意し、提供していきたい。
ですから毎日が勉強で、街を歩いていても、中高年の方々を観察してしまいます。また、その日のステージの漫談はすべて録音し、出番前や夜寝る前、移動中の新幹線の中など、1日に2回は必ず聴いています。話すスピードや声のトーンをチェックする意味もありますが、お客さんの反応を確かめたり、新ネタをかけるときはタイミングのとり方を考える参考にしたり。
そのネタですが、まず政治は扱わない。お金についても、お金持ち、そうでない方、お客さまもいろいろですからネタにはしません。人をこき下ろす、上から目線もダメ。病気や死は、「人間の死亡率は100パーセント」だとか、取り上げるにしても、笑いにできる場合に限ってです。
黒柳徹子さんに引退を相談して怒られた
ライブのお客さまに、最近は若い方も増えました。アイドルのコンサートでは、よく名前を書いたうちわを持って声援を送っていますよね。私のステージでも、「きみまろ」と書いたうちわを振ってくれるのです。そのうちわをパッと裏返すと、アイドルだと「こっちを向いて」と書いてあるのが、私の場合は「カツラをとって!」。いや、嬉しいですけどね。
私のステージは1時間ちょっと。ずっと立ったままで、舞台を横、斜めと、あっち行ったり、こっち行ったり。そして、ずっとしゃべりっぱなしです。歳とともにわが身も衰えていくわけで、気になりますね、体力、発声、滑舌も。それに、ステージの上は暑い。照明は上から下から、後ろからも。衣装はゴキブリにも見えるという裏地つきのモーニング。さらに、頭にはかぶるものをかぶっていますから、これまた暑い。各地への移動時間の長さも含め、やはり体にこたえます。

「『徹子の部屋』に出演したとき、「70歳くらいで引退したほうがいいでしょうか」と徹子さんに相談したんです。すると、「何言ってるの、私を見てごらんなさい。うんと年上の私もやっている。まだやめどきを考える時期じゃない」とピシャリと言われました」(撮影:本社写真部)
先日、『徹子の部屋』に出演したとき、「70歳くらいで引退したほうがいいでしょうか」と徹子さんに相談したんです。すると、「何言ってるの、私を見てごらんなさい。うんと年上の私もやっている。まだやめどきを考える時期じゃない」とピシャリと言われました。
衰えを少しでも克服しようと、週に3、4回、スポーツジムに通い、ひたすらマシンと向き合って、体を鍛えています。あ、ハダカはお見せしませんよ。ともかく、いつまでステージに立てるかなあ、というのは常に頭の中にあります。
そんな毎日を送っているので、自然に囲まれた河口湖の自宅に帰るとホッとします。家にいるときは、必ず土に触れますね。実家が農家でしたから、畑を耕したり、タネを蒔いたり、収穫するのが大好きなのです。今は草花を育てるのが楽しみ。それも、ひっそり咲く素朴な花、山野草が好きなのです。目立たないところで健気に生きて、ささやかな幸せを見つけているようなところがいいんですよ。
女性もそう。飾ってなくて、化粧も薄く、目立たないけれど、美しい、そんな人にドキッとする私。芸能界という華やかな世界で、商品としての自分をアピールする女性を多く見ているせいか、むしろ野に咲く小さな花に惹かれるのです。そんな愛すべき草花への水やり、植え替え、剪定……至福のひとときです。
掃除も好きですよ。高圧洗浄機も使って、家の内も外もスッキリ、きれいになると、気分爽快。ソファでゴロゴロ、ダラダラはしませんね。もし私が横になっているとしたら、相当に疲れているか、具合が悪いときだけです。
公演中の食事は興行主の接待が多く、できるだけ体にやさしい和食をお願いするのですが、妻は心配なのでしょう。家では野菜中心、それも、ものすごい量の野菜を使った料理がずらり食卓に並ぶ。私は青虫か毛虫か。もちろん妻に感謝しつつ、おいしくいただいております。こんなふうに、仕事のときとはまったく異なる空間の中で過ごす時間があることで、私はまた仕事への意欲を燃やすことができるのです。
「したいこと」より「できること」を追う
『婦人公論』の読者は50代の方も多いそうですが、50代なんてこれからですよ。私がブレイクした52歳に絡めていえば「ごじゆうに(ご自由に)、どうぞ」。中高年になってからでも、予想もしない人生が待ち受けていることがあるのです。
ただ、私の場合、ひとつのことを追い求め、30年続けてきた下積み時代のベースがあったからこそのブレイクで、いきなり幸運が飛び込んできたわけではありません。
老後に向けて、何かを始めるのはとてもよいことです。ただ、したいことをして失敗することも多く、若いときと違って、やり直すにはお金も時間も足りない、という事態になりかねません。ですから私は、中高年になって新しいことに取り組むなら、「何をしたいか」ではなく「何ができるか」を第一に考え、それを一所懸命に追いかけるのがいいと思うのです。
世間では、医療や介護、運転のことだとか、高齢者問題がよく取り上げられます。テレビでもそれを特集した番組が多い。私より年上の世代は、そこから情報を得ては、ため息ばかりつくことになります。私もネタづくりや勉強のために、そういう番組を見るのですが、妻によく言われます。「テレビを消して。気分が暗くなるじゃない」と。たしかにそうです。この先の不安をかき立てる情報が多すぎますよね。知らなければ知らないですんだのに、知ったがための不幸もあって、いちいちそれに振り回される。
ただ、私たちを生かしているのは日々の生活です。人生は今日と明日の繰り返し。先のことはわからなくても、「今日一日をどう過ごすか」「明日、どうしようか」で生きていけば、それでいいのではないかと思うのです。幸せかどうかを決めるのは、最後は自分自身なのですから。
いたずらに不安になるよりも、今を「ガハハ」と笑って過ごしたい。そのとき、私の毒舌漫談がお役に立つのなら、こんなに嬉しいことはありません。
