「大衆食堂」を営むメキシコ夫婦5年の軌跡…ニッポンの師匠、絆に感動!:世界!ニッポン行きたい人応援団
今回は、番組放送11年目突入特別企画「忘れられないナイスキャラSP」をお届けします。
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四代続く名店の味を守る家族との絆
紹介するのは、メキシコ在住の「大衆食堂」を愛するペドロさんとアイメさん。

早くて安くて美味しい、ニッポンの庶民の味方「大衆食堂」。その特徴は、多彩なメニュー。メインのおかずに、ご飯、味噌汁、お新香がついた定食や丼物、ニッポンで独自の進化を遂げた中華料理、西洋料理と見事な融合を果たした洋食まで、なんでも揃っています。
ペドロさんは、日本人留学生の友達に日本食を作ってもらって以来、その虜に。2014年に「たま食堂」をオープンしました。その後、ペドロさんはオープニングスタッフとして働き始めたアイメさんと付き合い始め、今は大将と女将として食堂を営んでいます。
「たま食堂」のメニューは、たこ焼きやラーメン、唐揚げ定食など15種類。しかし、2人はニッポンに行ったことがありません。大衆食堂の本場・ニッポンで学び、自信をもって料理を出したいと願っています。
そんなペドロさんとアイメさんを、ニッポンにご招待! 念願の初来日に感動の涙が…。
2人が向かったのは、岐阜県八百津町で四代続く家族経営の大衆食堂、創業93年の「三勝屋」。昔懐かしいメニューと味が評判を呼び、週末は遠方から足を運ぶお客さんも。
お店に行くと、三代目の林邦彦さんと長男の篤弘さん、邦彦さんの母で女将の香智代さんが出迎えてくださいました。

昭和の雰囲気を残すお店に、2人は大感激! ニッポンで新たなメニューを覚えるため、60種類以上のメニューから、一番人気の名物「パーコー」をいただきます。
初めて食べるニッポンの定食に、2人は「デリシオーソ!(美味しい)」「ムイ リコ!(本当に美味しい)」と大感動!
2人の地元は豚肉の名産地ということもあり、「もしパーコーを出せたらきっと人気が出ると思う」と話すペドロさん。香智代さんから「習っていってください」と温かい言葉をいただきました。
翌朝、2人はお店の切り盛りを学ばせていただきたいと、厨房へ。朝食代わりにと、香智代さんが作ってくださった中華そばをいただき、アイメさんは開店前の掃き掃除を。ペドロさんは薬味の定番・刻みネギの準備を始めます。包丁の使い方をプロに習うのは初めて。邦彦さんにネギの掴み方から教えていただきます。
いよいよ開店! アイメさんは「いらっしゃいませ」と日本語でお客さんを迎えます。
12時を過ぎ、お昼のピークタイムになると、家族の息の合ったチームワークで次々と料理が運ばれます。「役割分担がしっかりできていて、複数の料理が流れるように出来ていくのがすごいです」(ペドロさん)。

翌日、邦彦さんが特別に、パーコーの作り方を教えてくださることに。美味しさの秘密は、衣にあり! 実は、レシピを家族以外に教えるのは初めてだそう。
秘伝の衣をたっぷりとつけ、高温の油で揚げること4分。衣はサクサクに! 上手になるコツは「何度も揚げること」と邦彦さん。

そして別れの時。ペドロさんは「『三勝屋』さんで教わったと堂々と言えるように頑張っていきたいです」、アイメさんは「またニッポンに来られたら、必ず訪れます」と伝え、ハグと握手を交わしました。
初来日から2年後の2020年11月、2人からビデオレターが届きました。
帰国後、店の売り上げは前年の3倍に。日本人だけでなく、地元の人も食べに来るようになり、開店前に行列ができたこともあったそう。さらに、店が軌道に乗ったこともあり、2人は晴れて結婚しました。
インターネットで「三勝屋」の皆さんと中継を結ぶと、邦彦さんもペドロさんのように、従業員の久美子さんと結婚したという報告が。「ペドロさんとアイメさんのおかげです」と話す邦彦さんに、2人は祝福のメッセージを送りました。
そして、2023年2月、今度は邦彦さんと久美子さんがメキシコへ。
コロナ禍の間、「三勝屋」は何とか持ちこたえたものの、「たま食堂」の経営は悪化。ペドロさんとアイメさんは貯金を切り崩しながらお店を続け、感染が落ち着き始めても再来日を果たせていませんでした。
2人は、そして「たま食堂」はどうなっているのか? そんな思いから、邦彦さんと久美子さんは2人には内緒でメキシコを訪れました。
地元の方に聞きながら「たま食堂」を目指すと、お店のあった場所にはたこ焼き店が。
実はこちらの店長、以前「たま食堂」で働いていたそう。店長によると、「たま食堂」は移転したそうで、新しい住所へ向かいます。
時刻は午後3時。「たま食堂」でご飯を食べたいと、空腹を我慢して探し続けると…以前のお店よりも大きくなった「たま食堂」が! 「本当に嬉しい! 感無量だ…」と邦彦さん。しかも、次々とお客さんが訪れます。

混雑が落ち着いたところでお店に入ると、ペドロさんとアイメさんはびっくり! 5年ぶりに再会することができました。
2022年4月に移転した「たま食堂」。以前の店舗に比べて、広さは3倍に。お客さんの9割がメキシコ人で、経営が苦しかった時期から売り上げは4倍になったそう。お店では、4人の従業員を抱えています。
メニューには、定食以外にメキシコで人気のカレーやラーメンも。もちろん、「三勝屋」直伝のパーコーも載っています。
早速、パーコー定食を注文した邦彦さんから、「エスタ ムイ リコ(とても美味しい)」と嬉しい感想が。「邦彦さんに認めてもらえるのか、いつも考えていました。今日、目の前で美味しいと言われたので、これからは自信を持って提供できます」(ペドロさん)。
順調のように見える「たま食堂」ですが、コロナ禍はソーシャルディスタンスが確保できず、営業が困難に。打開策でお弁当を始めたものの、売り上げは伸びませんでした。
そこで、車が停められる郊外の店を探し、思い切って移転すると、家族連れや団体客が増えて売り上げがアップしたとか。
アイメさんが見せてくれたのは、来日した時に持っていた手帳。そこには、「三勝屋」で教えていただいた、門外不出のパーコーのレシピが。「片時も離さず、5年間持っていました」と話すアイメさんに、「嬉しいですね」と邦彦さん。
ここで、邦彦さんからお土産が。篤弘さんと香智代さんのビデオレターです!
「また日本に来てください」(篤弘さん)、89歳になった香智代さんも「日本に来たら会いましょう、元気でいますから」とメッセージを送ります。ペドロさんは「創業100周年までに絶対行きます!」と伝えました。
翌日、邦彦さんと久美子さんは再び「たま食堂」へ。お店の経営をさらに安定させたいと、「冷やし中華」を教えてくださることに。
「たま食堂」があるメキシコ・メリダは一年を通じて蒸し暑いのですが、メニューは温かいものばかり。そこで、ニッポンの夏の定番「冷やし中華」をメニューに加えてはどうかと考えてくださったのです。
早速、キッチンで試作。現地で手に入る材料を使い、メキシコ風の冷やし中華を目指します。以前はIHヒーターで調理していましたが、ガスが使えるようになり、調理スペースも広くなっていました。番組を観た視聴者の方が送ってくださった食器も使っています。

ペドロさん、以前はネギを切るのもおぼつかない手つきでしたが、包丁さばきも上達!
冷やし中華のタレは、ベースを邦彦さんが作り、ペドロさんが辛さを調節。メキシコ人の口に合う味にしていきます。こうして、トマト、きゅうり、ハムに卵が入った「メキシコ風ピリ辛冷やし中華」が完成。さっぱりとして爽やかな味わいに仕上がりました。

この日は、お店の定休日。ペドロさんとアイメさんは、お世話になった邦彦さんご夫婦にお礼がしたいと、2人に内緒である場所へ。

実は邦彦さんご夫婦、仕事の忙しさもあり、結婚式をしていなかったそう。そこで、ペドロさんとアイメさんが立ち合い、2人の結婚式を挙げることに!
そして、別れの時。ペドロさんとアイメさんのことを心配していた邦彦さんは「安心して日本に帰れます」と伝えます。久美子さんも「本当によくやっているから、もっと自分を褒めてあげてください」と。
ペドロさんは「2人が笑顔で働いている姿を見て、自分たちもこうなりたいと思いました。理想のご夫婦です!」、アイメさんも「ペドロは仕事に対する邦彦さんの姿勢をとても尊敬しています。私は久美子さんのようにペドロを支えていきます」と伝えました。
あれから3年…。ペドロさんとアイメさんは、今も変わらず「たま食堂」を営業中! 連日満員の大盛況で、従業員も倍以上に。順調にお店を繁盛させています。
もちろん「三勝屋」の皆さんも、家族一丸となって営業中! 91歳になった香智代さんは今もお店に立ち、「三勝屋」を支え続けています!
折り紙を学んで子どもたちの教育に活かしたい
続いて紹介するのは、グアテマラ在住の「折り紙」を愛するオットーさん。

折り紙について「芸術作品であるだけでなく、高齢者のリハビリに使われるなど、文化的にも医学的にも多くの可能性を秘めている点が素晴らしいです」と語るオットーさん。
母親から教わり、5歳から折り紙を続けています。以来50年、ニッポンに行く日を夢みていますが、経済的な理由から果たせていません。
そんなオットーさんは、折り紙の素晴らしさをもっと多くの人に知ってもらいたいと、息子さんとグアテマラの学校で非常勤講師としてボランティアで折り紙の授業をしています。
元々は数学教師のオットーさん、中学生には折り紙を折りながら数式を教えます。左脳を使う数学と、視覚を通して右脳を使う折り紙を合わせることで、脳の発達に役立つと考えているそう。
実は、子どもたちに折り紙を教えるのは、母・アナマティルデさんの夢でした。算数の教師をしていた母親は授業に折り紙を取り入れようとしましたが、当時は理解されず、その活動を諦めたとか。
そこでオットーさんは、母親の夢を叶えるために同じ教師の道を選び、中米諸国の学校や孤児院などで数学と折り紙を教え始めたのです。
「子どもたちが笑顔で折り紙を折ってくれることがとても嬉しい」とオットーさん。ニッポンで折り紙の技術をもっと学んで、グアテマラの子どもたちの教育に活かしたいと願っています。
そんなオットーさんを、ニッポンにご招待! 10年前に初来日を果たしました。
まずは、グアテマラの子どもたちに折り紙の本を買ってあげたいと、書店の街・千代田区神保町へ。日本円にして2万9500円分の本を購入。グアテマラの月収に近い金額ですが、いつかニッポンに行った時にと貯めてきたそう。

続いて、文京区湯島の「おりがみ会館」へ。文京区の文化遺産にも指定され、江戸時代から続く老舗「小林染紙店」が運営しています。世界の折り紙作品200点以上が展示されており、「母も来たいと願っていたおりがみ会館に自分がいるなんて」と号泣!
こちらでは、折り紙の実演も。「小林染紙店」四代目・小林一夫さんが教えています。
オットーさんは折り紙を折りながら、折り紙と数学の話を。「オットーさんのような人が教えたら、多くの人が楽しく数学を理解できると思う」(小林さん)。
さらに、4階の染め工房も見せていただきました。伝統を受け継ぎ、手作業で和紙を染め、折り紙として販売しています。
すると、オットーさんの情熱に感銘を受けた小林さんから提案が。グアテマラの子どもたちのために、特別に染めた和紙をお土産にすることに!
用意していただいたのは、1枚500円の高価な和紙。グアテマラの子どもたちに喜んでもらえるよう、刷毛で丁寧に色を塗り、染めてから乾燥させます。「本当に感謝の気持ちでいっぱいです」(オットーさん)。

小林さんに「ここでの経験は必ずグアテマラで活かします!」と伝えると、オットーさんが染めた和紙だけでなく、職人さんが染めた和紙のプレゼントが。お世話になった皆さんと、かけがえのない絆ができました。
そしてオットーさんに内緒で、長野県大町市へ。ニッポンを代表する折り紙作家・布施知子さんのもとへ向かいます。布施さんは、独創的な立体物を作る先駆者として世界各国で個展を開き、高い評価を受けるなど、オットーさんの憧れの存在です。
布施さんと念願の対面を果たし、オットーさんは大感激! なんと布施さんが、製作中の作品を見せてくださることに。

見せてくださったのは、山折り谷折りを複雑に繰り返すことで、アコーディオンのように自由自在に伸び縮みする作品。芸術作品としてだけでなく、ランプシェードにもなるそう。
このようなアイデアが生まれたのは、「正方形という考えを捨てた時」と布施さん。
一般的に折り紙は、正方形や長方形の四角い紙で作っていきますが、布施さんは紙の形そのものを加工。こうすることで、世界でも類を見ない、独創的な作品が生み出せるようになりました。
「折り紙は同じパターンの作品が多いので、自分なりのオリジナリティーを出さなくてはいけない」と話す布施さん。オットーさんが「まずは先生の作品をマネさせていただいてから、自分なりに考えていこうと思います」と伝えると、「楽しみにしています」と激励してくださいました。
その後、どうしても訪れたいと願っていた、広島市の原爆ドームへ。写真でしか見たことがなかったという原爆ドームを目にして、胸が張り裂けそうな思いに…。
そして向かったのは「原爆の子の像」。オットーさん、ここで折り鶴を捧げます。

被ばくした少女が、回復を願い折り続けた千羽鶴。今も世界中から年間約1000万羽の折り鶴が届くそう。オットーさんも、愛を表現する赤い折り紙で鶴を折り、捧げます。
「グアテマラ人として、この場所でニッポンとの友好を願えたことを誇りに思います」。
オットーさん、夢を実現させることができました。
そしてご招待から1カ月。番組放送後、視聴者の方から贈られた6400枚の折り紙と62冊の本を届けに、スタッフがオットーさんのもとへ!
オットーさんは、たくさんのプレゼントに大感激! 「贈っていただいたニッポンの皆さんに感謝します」と伝えました。
さらに、憧れの布施さんから「折り紙は発想を自由にすると、面白い世界を見せてくれる」とのメッセージも。オットーさんも、布施さんの教えである“既成概念にとらわれないこと”を心がけています。
帰国後も、精力的にボランティア活動を続けるオットーさんに大きな変化が。
番組を観てオットーさんの活動を知った在グアテマラ日本国大使館が、展示会をサポートしてくれることになったのです。さらに番組放送後、インターネットの動画サイトを通して話題となり、グアテマラ中の学校から折り紙を教えてほしいと依頼が殺到!
そして2017年、「おりがみ会館」の講師として招かれ、オットーさんは再びニッポンへ。
館長の小林さんが「ニッポンでもぜひ教えてほしい」と依頼してくだったのです。
講習に集まってくださった皆さんを前に、かなり緊張していましたが、「この会に参加させていただいて本当に嬉しいです。涙が出そうです」と感動!
講習がスタートすると、皆さんオットーさんの技に興味津々。驚きの作品が次々と出来上がります。皆さんから折り紙やお土産をいただき、「感謝してもしきれません」と伝えます。

あれから3年…オットーさんからビデオレターが届きました。ニッポンでの大切な思い出は、感謝を忘れないよう家中に飾っています。
さらに新作も! 夜空に浮かぶ希望の星を表現した作品で、使っているのはブラックライトを当てることで美しく光る蛍光折り紙。ご招待後に番組を見た視聴者の方からたくさん届いたそう。

そして、ご招待から10年…66歳になったオットーさんから感謝のメッセージが。現在も学校での講義やワークショップを開催し、折り紙の魅力を広めているとのこと。
最後に「またいつか皆さんとお会いし、直接感謝を伝えたいです。この場を借りて皆さんに新年のご多幸をお祈りします。またお会いしましょう!」とメッセージを送りました。
月曜夜8時からは「世界!ニッポン行きたい人応援団」を放送!
▼柔道家の祖父の影響で7歳から柔道を始めたアイシャさん。自宅の地下室には広さ12畳ほどの専用道場が! 祖父のヨージェフさんは日本に行くことが60年来の夢だという。
そんな2人を日本へご招待すると、感動と衝撃の展開が待ち受けていた…。
▼ウェルカムサプライズで憧れの柔道家、阿部一二三選手、詩選手と感動の対面!大号泣する中、投げ技の極意などを伝授してもらった。
▼世界中の柔道家が出稽古に訪れるという聖地「講道館」へ! そこでもオリンピック3連覇のレジェンドとたまたま遭遇する。終了後には館長から直々に入門許可証をもらう。
▼同世代の選手と稽古するため、小学生団体戦で14回の全国優勝を誇る強豪チームのもとへ! 慣れない日本での練習に思わず涙がこぼれる。同い年の女の子が優しく声をかけてくれて、なんとか乗り切ることができた。休みの日に一緒にお出かけするなど、国を越えた絆が生まれた。
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