【ENHYPEN】NI-KIさん(20)原点は「幼少期に車の中で聴いた」あのアーティスト「よっぽどな好奇心を受け取ったんじゃないかな」【RSK山陽放送 単独インタビュー 前編】
ENHYPEN・NI‐KIさんに「超K-POPマニア」坂井アナがインタビュー
アルバムの累計出荷数は2000万枚を超え、世界を舞台に活躍する、韓国の7人組グローバルグループ「ENHYPEN(エンハイプン)」【画像①】。
【画像を見る】ENHYPEN・NI-KIさん(20)「素の表情」で地元局のカメラに語った!
このグループをダンスで牽引しているのが、唯一の日本人メンバーで岡山県出身のNI-KI(ニキ)さんです【画像②】。
インタビューは、K-POPマニアを自称し、今回のインタビュー取材を志願した、RSK山陽放送・坂井亮太アナウンサーです(【画像③】はNI-KIさんと坂井亮太アナウンサーの2ショット)。
【後編】NI-KIさん(20)「ソウルは大都市」「岡山で自転車乗って田んぼを眺めていた景色が懐かしい」地元局に語った“今後の目標”と“メッセージ”「화이팅!」
NI‐KIさん「本当にいい10代だった」
音楽番組に出演するため日本に滞在していた、NI-KIさん。仕事の合間を縫って、東京のレコード会社でインタビューに応じてくれました。
(NI-KIさん【画像④】)
「NI-KIです。よろしくお願いします」
NI-KIさんは、岡山県出身の20歳。韓国の7人組グローバルグループ「ENHYPEN」のメンバーです。
2020年にデビューした「ENHYPEN」。高い音楽性とダイナミックなパフォーマスで人気を集め、アルバムの累計出荷数は、2000万枚を超えています【画像⑤】。
去年は、海外アーティスト史上最速となるデビュー後4年7か月で、日本でのスタジアムツアーを成功させました。
さらに、K-POP界で最大級の音楽授賞式「MAMA AWARDS」で大賞を受賞するなど、飛ぶ鳥を落とす勢いのグループです【画像⑥】。
(NI-KIさん)
「(デビューしてから)5年間は、すごく短いようで長い年でしたね。すごくいろんなことを経験させていただきましたし、僕たちのファンのみなさんとも交流がたくさんあったので、本当にいい10代だったなと思いますね」
ダンスを始めたきっかけは、幼稚園の時に聴いた「キングオブポップ」
高いダンス技術でグループを牽引し、楽曲の振付けに参加することもあるという、NI-KIさん。ダンスを始めたきっかけは、3歳のときに出会った、あのアーティストでした【画像⑦】。
(NI-KIさん)
「僕が幼稚園に通っていたときに、父が車の中でマイケル・ジャクソンのミュージックビデオを流してくれたんですけど。そこで、ダンサーというか、アーティストになりたいと思って」(【画像⑧】は幼少期ステージで踊るNI-KIさん!)
(NI-KIさん)
「3歳から踊るって、なかなかないじゃないですか。よっぽどな好奇心をマイケル・ジャクソンから受け取ったんじゃないかなと」
(RSK山陽放送 坂井亮太アナウンサー)
「キング・オブ・ポップから学んで」
(NI-KIさん)
「そうですね(笑)」
マイケル・ジャクソンに魅了され、ダンスの虜に。地元のダンススタジオで、基礎を学んだといいます。
13歳にして単身海外へ「腹をくくって韓国に」
そして、キッズダンサーとして注目され始めた13歳のとき、単身で海外に渡ります。挑戦の舞台に選んだのは、当時から多彩なポップミュージックで世界の音楽チャートを席巻していた、韓国でした【画像⑨~⑪】。
(NI-KIさん)
「何か一つ、自分の環境を変えないと結果も出ないな、と思って、違う国で新たなチャレンジをしてみようということで、腹をくくって韓国に渡りました」
ー当時は韓国語は?
(NI-KIさん)
「もう全く。全くできなかったですね。翻訳機を使いながら生活していました」
慣れない韓国での生活。塾に通って韓国語を学びながら、芸能事務所の練習生として、ダンスの腕を磨いたといいます。
14歳の時 23人の練習生の中から選ばれた「ENHYPEN」
そして14歳のとき、23人の練習生の中からデビューするメンバーを決める、グローバルサバイバル番組「I-LAND」に出演。世界140か国以上のファンによる投票で、「ENHYPEN」のメンバーに選ばれました【画像⑭】。
(NI-KIさん)
「サバイバル番組だったので、お互いライバルじゃないですか。自分がデビューしなきゃいけない中で、(メンバーが)『僕がいなきゃだめ』という言葉をかけてくれたのを、すごく覚えていますね」
「そのおかげで、残りの時間も頑張れた、というのはありましたね」
【後編】NI-KIさん(20)「ソウルは大都市」「岡山で自転車乗って田んぼを眺めていた景色が懐かしい」地元局に語った“今後の目標”と“メッセージ”「화이팅!」では、地元岡山への思いなどを伺っています。
