総額700万の整形とダイエットで劣等感を乗り越えたserinaさん(左:本人提供、右:撮影/岡田一也)

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 容姿に悩み総額700万円の美容整形をしたというseinaさん。義理の母からの虐待によって、自分を認められなくなり、引きこもり、うつ病、過食に陥ってしまい、自己肯定感が低いまま成長していったという。そんな彼女が700万円の整形によって、容姿へのコンプレックスから解放された過程を告白した前回の取材は大きな反響を呼んだ。しかし昨年末、突如ブログで「美容整形からの卒業」を発表。その真意を聞いた。

【画像】一重、存在感のあるアゴ、マックス体重68kg…衝撃の整形前写真 顔も身体も驚異の変貌を遂げたseinaさん

■「過剰な欲望は毒になる」美容整形の発信を辞めた理由

「私にとってコンプレックスとは『人生をうまく歩めない足枷』であり、『自分を変える原動力』にもなった」

 と話すseinaさん。長い間、「『私はブサイクだから愛されないのだ』『価値がないのだ』というネガティブな決めつけ」に苦しんだという。それは義理の母から虐待を受けた環境だけでなく、外見的なコンプレックスもより苦しみを深くしていった。

「他人の目線や評価が過剰に気になる。いつも自信がない。理想の自分になりきれていない、自分への不満。自分に対して肯定的な気持ちになれないまま、24歳くらいまで過ごしました。自己肯定感が著しく低かったのでしょう。

 顔や体型を含めた自分の容姿が常に気になり、四六時中と言ってもいいくらい嫌悪している状態でした。『細くなければならない』という痩せ願望もコンプレックスを強くさせ、過食を悪化させていた要因になっていたと思います」

 初めて美容整形を体験したのは12歳。2年後の14歳には、天涯孤独となるものの父の遺産と成人後、夜職で稼いだお金で整形費用を貯め、鼻や目の整形を繰り返していった。ようやく自身の中で納得のいく顔になれた時には24歳のころ。年の差婚したパートナーとの出会いもあり、精神的に安定。自身の整形体験を中心にライター、カウンセラーとして活動してきた。しかし、昨年11月に「美容整形からの卒業」と題したブログを発表する。

「整形の発信をやめた理由は、大きくわけて2つあります。一つは整形の情報発信をする責任。二つ目は美醜からの脱却。長らく、ブログやツイッターで美容整形の情報を誰にでも読める形で提供してきましたが、情報発信の責任が胸に引っかかっていました。簡単にいえば、私が整形の情報発信をしたことで、手術をうける人が増えたのです。

 たとえば、骨切りは顔の変化が大きい分、リスクも大きくなります。顔を大きく変え、人生を左右する可能性のある整形。それをうける人が増えるなんて、とても怖いことです。よい方向に変わる人もいれば、表にでないだけで悪い方向に変わる人もいるだろうと想像できます。

 また、美醜から一歩離れたところで生きていきたいとは、ずっと考えていました。整形に関わっていると美しくなりたい自分の欲望、他人の欲望とも接することになります。女性として最低限、美しくありたい気持ちはあります。完全に手放したわけではありません。

 ただ、過剰な欲望は毒になります。今後の人生を考えると、別の生き方をした方が自分のためになると思い、整形から離れる決断をしました」

■セカンドキャリアのため飲食店で修業の日々「容姿にばかり注目して生きてきた私は、なんて視野が狭かったのだろう」

 また一方で今の活動に限界を感じ、潮時のように感じていた。これまでライター、心理カウンセラー、イベント開催、セミナー講師、オンラインサロン、noteの執筆…いろいろな挑戦を重ねてきたが、「この仕事をしていると幸せを感じられない。誰かの役に立っている貢献感が薄い」と感じていたという。誰かを喜ばせ、誰かのためになる仕事を一生していきたい。立ち止まってみると、思い浮かんだのは「友人や親戚に料理やスイーツを振るまい、喜んでもらったとき」の光景だった。

「そこで、見つけたのが『作る仕事」。飲食店をやりたいと思い立ったんです。夫とふたりで、末長く運営できるお店を」

 飲食店で働いた経験がなかったため、内部を知るためにイタリアンcafeレストランで働きはじめた。働いているうちに飲食店の大変さに気づき、悩みあぐねはじめたときパートナーからある提案をされたという。

「夫から『テイクアウト中心のパン屋はどうか?』と提案され、いいなと思ったんです。夫の一言を聞くまでパンを焼いたことはなかったのですが、いざ、やりはじめてみると面白くて。休みの日はほとんど、パンの試作をしています。これがパン職人を目指そうと思ったきっかけです」

 家族からの応援もあり、新たなキャリアへ転身。食事制限や筋トレ、スキンケアなど美容に力を入れていた生活から一転、「食」が中心の暮らしになった。かつて綺麗にネイルで施していた手は飲食店での業務で乾燥とひび割れがひどくなり、食べ物に接していくうちに、食欲が増加。激務のなか、ストレスから体重が増えてしまった。

「単純に食べ物と接する機会が増えるので、誘惑のもとです。疲れやストレスから食で発散する癖が再発し、その対処に苦戦しています。

飲食店だから仕方ないのですが、人員不足で休憩がないことはよくあります。ずっと立ちっぱなし、動きっぱなし。洗い物は素手でですし、塩素消毒をする布巾やまな板も素手なので、手や指先はボロボロになりました。手袋をすればいいのでは?という話になりますが、手袋を脱着する時間さえも省きたいくらい作業に追われています」

 しかしながら、仕事で忙しい日々はseinaさんにとってプラスに働いてもいるという。

「仕事に没頭している時間は、容姿の悩みからは離れられます。ずっと容姿に悩んで心を病んでいるよりは、仕事をして賃金をもらい、社会貢献をしていた方が自分のためになります。

 現実世界には仕事に明け暮れ、努力している人がたくさんいると知りました。それを見せびらかそうとせず、自慢せずに、信念を持って働いている方がたくさんいます。容姿が優れているのが全てではないのだと。容姿にばかり注目して生きてきた私は、なんて視野が狭かったのだろうと。価値観を変えるよい経験になっています」

■「理想の自分になってからやっと自分の人生が始まる。それは空想だった」自分を受け入れることがコンプレックス克服の一歩

 コンプレックスを整形やダイエットすることで自信へとつなげてきたseinaさん。美容への執着を乗り越え、新たなフェーズへ歩む彼女に、あらためてコンプレックスとの向き合いについて聞くと、「『向き合ったうえで受け入れる』ことが大事」との答えが。それが「今後の長い人生を心地よく歩むために必要」と話す。

「コンプレックスを抱く心の仕組みや、その理由。なぜ努力しても無くならないのか。なくならない自分にとって、本当に必要なものは何か。コンプレックスは心で感じるわけですから、最終的には内面的な部分と向き合わなければなりません。

 そして『私は、私にしかなれない」という受け入れも大切です。整形で顔の造形を変えられるのには限度がある。生まれ持った顔の素材も影響する。体型は努力で変えられる範囲と、変えられない範囲がある。いくら努力しても劣等感がなくならず、苦しい自分さえも受け入れる。『受け入れ」は『諦め」と似ているかもしれませんが、そうではありません。可能か不可能か、現状を正しく把握するために必要な過程です」

 劣等感をダイエットや整形で乗り越えようともがき、努力してきたからこそ、見えた境地なのだろう。“私は、私にしかなれない”ことを受け入れることなかなか難しい。彼女の言葉にはそんな境地に至るまでに葛藤し悩みあえいでいた姿が垣間見える。

「コンプレックスに苦しんでいた頃は、理想の自分になりたい、理想通りではない自分が嫌、理想の自分になってからやっと自分の人生が始まる、痩せたら、美しくなったらこうなれるはず……と、思いながら過ごしていました。

でも、それは空想でした。理想と現実のギャップや自分に不満を持っている現状が、私のリアルな人生。容姿の悩みを解決してから始まるわけでもなく、容姿の悩みを解決したら別人になれるわけではないのです。向き合うのも、受け入れるのも苦しい。嫌悪し、否定する自分さえも受け入れて、思い描いた人生は手に入らないのだと自覚しなければならないのですから。

 その過程を乗り越えれば肩の重荷がなくなり、今までにないよい人生を歩めるはずです」