カナダのオークビルで開催された、オータムクラシック最終日の9月14日。フリー本番を前に、午前10時過ぎから行なわれた公式練習で、羽生結弦は4回転ループに苦しんでいた。

 フリーの冒頭に入れる予定のこのジャンプは、練習を始めてすぐに3回転を跳び、次に4回転を跳んだが、着氷が乱れた。その後は1回転になったあと、4回転を跳べたものの極端に尻が下がる着氷になると次の4回転は転倒。5回目はパンクをして、1回転にとどまった。


オータムクラシックで優勝した羽生結弦

 そこから単発の4回転トーループと3連続の4回転トーループをしっかり決めたが、次に跳んだトリプルアクセルは着氷でスリップして手をついてしまい、流れに乗り切れない。

 その後は短助走の4回転トーループを決めたあと、4回転サルコウを2回きれいに着氷するとループに戻り、4回転を跳んだ。そして少し場所をずらしてもういちど4回転ループに挑んだが、4回連続でパンク。その後の曲かけでは手を付く着氷になると、曲の終了とともに、観客席に挨拶をしてリンクから上がった。

 午後1時半過ぎからの演技前6分間練習では、あまり積極的にジャンプを跳ばなかった。最初に3回転ルッツを跳んだあとに4回転トーループと4回転サルコウを決め、2回ほど入りを確かめたあとで4回転ループ、さらに入りの確認を2回ほどやって練習を終えた。

 羽生は、その6分間練習をこう振り返った。

「今朝の練習の時点で、最初の方はよかったのに、だんだん悪くなっていったので、一発だけに集中しようということを意識しました。それが結果的にはよかったと思います」

 本番では、冒頭の4回転ループはしっかり回り切ったがステップアウト。前日のショートプログラム(SP)で転倒していた4回転サルコウも、回り切りながらもステップアウトするスタートになった。

「最初のふたつのジャンプでかなり無理をして耐えたので、その分の疲れはあったと思います」と羽生自身が話すように、そこから先は少しスピードの鈍った滑りになった。後半のジャンプでも、4回転トーループ2本とトリプルアクセルからの連続ジャンプの3回転トーループが回転不足となる思わぬ結果。結局、得点は180.67点にとどまり、圧勝したとはいえ合計得点は279.05点だった。

「ここまでループであまり苦戦していなかったので、ちょっとびっくりしました……。そのために4回転ルッツの練習もしているので、それを入れようかなとちょっと考えました。でも、公式練習から試合までの時間が普通の大会に比べれば全然短くてケガのリスクもあったので、『今日はルッツではなくループで、とりあえず形としてまとまればいいな』と思ってやりました」

 昨年のグランプリ(GP)シリーズフィンランド大会では、会場に入ってから調子のよかった4回転ループが跳べなくなった。3月の世界選手権でも、柔らかい氷に苦しんで同じ状態になっていた。練習拠点のトロントとは違い、エッジが効きづらい氷だったためだ。

 世界選手権のあとには「こういう場合はトー系のジャンプの方が影響を受けないので、そっちも必要かなと思う」とも話していた。そしてオフに入るとすぐに、平昌五輪シーズンのケガの原因になった4回転ルッツや、これまでやっていなかった4回転フリップの練習にも取り組んだ。『ファンタジー・オン・アイス』のフィナーレでは、その2種類のジャンプを披露するまでになっていたが、今回は無理をすることなくルッツの使用を抑えた。その選択は正解だったと言える。

「この試合では、勝つ、勝たないをそんなに気にしないで、今回の構成でショートとフリーともにノーミスをしたいと思ってきました。それができなかったのは残念だし、練習でできていたものができなかったのも悔しいですね」


大会後、今シーズンの展望を語った羽生結弦

 今、羽生が目標にしているのは、自分にできる最高難度のジャンプ構成で『秋によせて』と『Origin』を完成させることだ。その第一段階として、昨年とそれほど変わらない構成でノーミスの滑りをし、次へ進もうと考えている。

 フリー終盤の連続ジャンプも、昨季こだわっていた4回転トーループ+トリプルアクセルを、「自分の納得いくものができたし、史上初も実現できたから」という理由で組み込まず、4回転トーループ+1Eu(オイラー)+3回転サルコウに変えた。そして、トリプルアクセルからの連続ジャンプ2本の構成にする、という変更を加えた。回転不足を取られたと知った時は「普通に降りていたと思ったんですけど……」と驚きながらも、「自分の感覚としては疑問がないので、そこは気にならない」と言い切った。

 試合後の取材では、「まずは今、自分にできる限界の、ルッツを入れた4回転ジャンプ5本にして、後半にサルコウとトーループ2本を入れる構成にしたい」と明言した。そしてその先には、4回転アクセルも入れた構成で『Origin』を完成させたい、という強い思いもある、とも述べた。

 そんな思いを持ちながらも、今回はその第一段階として、少し手直しをしただけの構成でノーミスを目指した。そのため、若干、守りに入った気持ちがショートとフリーのミスにつながったのかもしれない。だがそれでも、彼にとって最大の危惧であるケガの回避という点では、正しい判断だったと言える。

 無理することなく、その日の体調や氷のコンディションで最良と思える構成に挑戦する冷静な判断。それが、今の羽生結弦には最も必要なことだからだ。ムキになって攻めまくるのではなく、しっかりと自分の足元を見つめ、さらなる進化を遂げようとする羽生にとって、この試合は次への重要な一歩になった。

「ぜんぜん引退しないですからね、まだ」と、明るい表情で宣言し、2022年北京五輪への思いも口にした羽生。次の目標は、これまで3回出場しながら3回連続2位でまだ勝利を挙げていない鬼門、スケートカナダ。そこでノーミスの演技をして初勝利を挙げることだ。