ニューカッスルFW武藤嘉紀【写真:Getty Images】

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ニューカッスル地元紙が8月19日に配信、武藤の“コメント記事”が英国で物議

 今改めて記事の配信時間を見ると8月19日の22時30分とある。

 日本時間では20日午前6時30分。ニューカッスルの地元紙「イブニング・クロニクル」電子版に衝撃的な見出しが踊った。

「Yoshinori Muto hits out at tactics after Newcastle United’s defeat at Norwich - and claims: ‘I felt isolated’」(武藤嘉紀が戦術に抗議―ノリッジ戦敗戦後に「孤立していた」)

 そして明けて21日には「武藤嘉紀の戦術批判に英メディアが苦言」という記事が日本のインターネットメディアに掲載された。

 さらには後日、この武藤の発言に対して元イングランド代表FWダレン・ベントが「メディアではなく監督に言うべきこと」と話して、日本代表FWを改めて批判。当然のように、日本のインターネットメディアもこの記事を翻訳しフォローした。

 しかし、結論から言ってしまうと、武藤は全く悪くないのである。それどころか、そもそもクロニクルに掲載されたコメントは、武藤本人のものではない。さらに言えば、クロニクルの記者どころか、武藤は誰一人として英国人記者の取材には応じていないのだ。

 それでは、どこからこの「isolated」(孤立していた)という言葉が出てきたのか。

 それは何を隠そう、この私の口から出たものなのである。

 本来ならこの記事を、騒動の原因を作った張本人である私が書くべきものなのか、公平、公正に事実を伝えることができるのか、意見が分かれるところだと思う。

 そこは悩みもした。しかし、編集部に事情を話したところ、「今回の報道が日本でも『戦術批判をした』ということだけで終わってしまっている。もしもそういう事実があるなら、武藤選手のためにも書くべきではないか」と背中を押されて、記事にすることにした。

 書くと決めたからには、ありのまま、あったことを記したいと思う。

 通常、試合後の日本人選手の取材は、数人の日本人記者による“囲み”という形で行われる。そこに英国人記者が加わることはほとんどない。

 ただし稀に、サウサンプトンが勝利した試合後、日本代表の吉田麻也が英語が堪能なことを知る英国人記者が感想を求めたり、ゴールを決めた試合後の岡崎慎司(当時レスター・シティ/現ウエスカ)の生の言葉を聞こうと現地記者が囲むことはある。しかしそういう場面は、シーズンで数えるほどしかない。

武藤がノリッジ戦後に取材対応をした相手は2人の日本人記者のみ

 この日、8月17日のプレミアリーグ第2節ノリッジ戦(1-3)もそうだった。いや、同日にサウサンプトンがホームでリバプールと対戦していたため、試合後に武藤を囲んだのは私ともう一人の日本人記者の2名だけで、いつもより寂しい取材になった。

 もちろん、武藤は我々には話をした。

「いや、きつかったです。チームとして、覇気がなかったというか、エネルギーがなかったというか。相手がマンチェスター・シティとか、そんな格上と戦っているような……。引いてしまって、前と中盤の間がぽっかり空いちゃって、ボールが来ても孤立している。そして(相手のDF)3、4人に一気に詰められるっていう。FWとしてもチームとしても、非常に苦しい試合だったんじゃないかと思います」

 0-3の状況で出場し、守備を優先した相手は1トップの武藤をさらに厳しくマークした。今季昇格組のノリッジを相手に1点を返すのがやっとで、ニューカッスルは1-3で完敗。その敗戦に関する武藤の感想からは、何もできなかった自分に対する失望感がにじみ出ていた。

 ただし、武藤がここまで率直に語ったのは、このコメントが日本メディアのみを対象にしたもので、英国では出ないことが大前提になっているからだ。

 日本人選手の取材に関しては、クラブ広報とも暗黙の了解がある。武藤のニューカッスル、または吉田が所属するサウサンプトン、昨季まで岡崎が活躍したレスターの広報は、彼らの移籍後、日本の報道陣と様々な情報交換をしたうえで、最終的には我々の要望を受け入れる形で特例を作ってくれた。それは試合後に、必ず目当ての日本人選手と話をさせてもらうということだ。

 プレミアリーグの場合、基本的に試合後の選手の取材は非常に難しい。放映権のあるテレビ局の取材には応じるが、俗に言うペン記者(新聞、雑誌などの記者)の取材を受ける義務はない。実際、勝った試合で活躍した選手が気まぐれに取材に応じる程度だ。けれども、それも英国メディアが選手の言葉尻を捕まえて“煙のないところにも火を立てる”ような見出しを作るからだろう。選手側もそれはよく分かっていて、放言癖のあるような人気選手が“止まってくれ”と懇願する記者団の前を、「ダメダメ」とばかりに手を振り、苦笑しながら通り過ぎる光景はよく見かける。

格下相手に敗れ開幕2連敗、地元メディアは“オーナー批判”の糸口を探す

 しかし、日本の報道陣の場合はそうはいかない。武藤あってのニューカッスルであり、それは吉田のサウサンプトン、そして昨季までの岡崎のレスターも然りである。彼らのコメントがなければ記事が作れない。というわけで、日本人が移籍したクラブの広報には、まずそのあたりの事情をよく理解してもらう。

 ただし最近ではプレミアのグローバル化が進み、クラブ側の外国人プレスへの対応も驚くほど良くなった。日本人選手の囲み取材も快く応じてくれる。昔は取材申請さえ下りないこともたびたびあったし、選手との接触もかなり制限された。それが今では、試合の勝敗に関係なく、たとえ試合に出ない場合でも、基本的に武藤は取材に応じてくれる。

 しかし、英国人記者に取材を受ける場合は違う。負けた試合、特にこのノリッジ戦のように格下にいいところなく大敗した試合後ならなおさらだ。大抵の選手がコメントを求める現地記者団の前を無言で、険しい顔つきで通り過ぎて行く。負け試合の直後で頭に血が上っているうえ、アドレナリンがまだ体中を駆け巡っている状態でうっかり失言でもしたら、翌日の朝刊で大騒ぎされてしまうからだ。

 もしもそういう試合でコメントをしている選手がいたとしたら、それはチームの主将やマスコミ慣れしたベテランのスポークスマン的な選手で、その発言の大部分が「今日は相手が強かった」「相手を褒めるべき」「サッカーにはこんな日もつきもの」という、ありきたりの言葉が判で押したように繰り返されている場合が多い。

 無論、このノリッジ戦の場合、惨敗したニューカッスルの選手が迂闊なことを言うのは禁物だった。それも英メディアが、ニューカッスルを批判する糸口を探していたからだ。その最大の標的は、補強を渋るオーナーのマイク・アシュリー氏である。

 話は6月下旬に遡る。昨季終了直後に報道されたニューカッスルのアラブ大富豪への売却話は遅々として進まず、なんの進展も見せないままプレシーズンが近づいていた。その最中、2シーズン連続で“降格確実”と評価された戦力でプレミア残留を決めて、サポーターの間では英雄的存在だったラファエル・ベニテス監督が、売却が決まらず、例のごとくのらりくらりと補強に煮え切らない態度を続けるオーナーの対応にしびれを切らして契約延長を拒否。さっさと中国へ逃げ出してしまった(大連一方の監督に就任)。

8月19日の午後、懇意にしていた地元紙記者から電話がかかってきた

 そしてすったもんだの挙句、招聘されたのがスティーブ・ブルース監督だった。選手時代にはマンチェスター・ユナイテッドの主将を務めたことでも知られた名センターバック。しかも地元ニューカッスル出身で、父親譲りのマグパイズ・サポーターとしても有名だ。

 ところが監督としては、近年チャンピオンシップ(英2部相当)のクラブに定着し、プレミアのチームを率いるには力量不足の印象は否めない。辛辣な英メディアのなかには「初期段階では候補にも上がらず、11番目の候補者だった」という記事を出したところもあった。

 つまり、希望した監督候補に立て続けに断られ、ついには地元出身で“どんなに吝嗇(りんしょく)なオーナーがいようと、ニューカッスル監督ならぜひやりたい”というブルースしか、頼める相手がいなくなっていたというストーリーができ上がってしまったわけだ。

 そのブルース監督が開幕2連敗を喫して、ほら見たことかと、ベニテスに見捨てられたクラブ経営陣を攻撃したい英メディアは、目を血眼にしてその糸口を探していた。

 こうした背景もあって、今回の武藤報道が生まれたのである。

「武藤のコメントをくれないか」と、「クロニクル」のニューカッスル番を務めるリー・ライダー記者から電話がかかってきたのは、8月19日の午後だった。ノリッジ戦後に喋ったニューカッスル選手が皆無で、締め切り間近でネタがないという。

 もちろん断った。確かに、ライダー記者とは武藤のニューカッスル移籍以来、様々な情報交換をしており、昨季のユナイテッド戦で武藤がプレミア初ゴールを奪った際には、そのコメントも英訳して渡した。

 しかし、今回の負け試合となれば話が違う。コメントを英メディアに渡せば、どんな使われ方をされるか分からない。だから正直にそう言った。しかし、どんな様子だったかと聞かれ「見せ場を作れずがっかりしていた」、前半のジョエリントンも孤立していたが、武藤も「孤立したと感じていた」と話した。あくまで記者同士の雑談の範囲内でだ。

 そのうえで、口頭で「自分の力でチームを変えたい」「もっとハードに練習する必要がある」「個人の力が重要になると思う」というコメントなら“使ってもいい”と言って渡した。

見出しが一人歩きする形で、「戦術批判」が事実のように定着

 ところが記事には、「isolated」(孤立)と私が言った英単語が、武藤のコメントとしてそのまま使われてしまったのだ。

 いや、百歩譲って、孤立していたというのが武藤の言葉だったとしても、それは状況を説明しただけで、戦術を批判したことにはならない。「監督の指示でそうした」とは言っていないのだ。しかも武藤の言葉には、むしろ何もできなかった自分に腹を立てていて、監督を批判するニュアンスは全くなかった。

 しかし「孤立していた」と言っただけで十分だというばかりに、「戦術に抗議」という尾ひれまで付けて見出しにされた。これで万事休すである。

 その後は冒頭で書いた通り、日本のメディアがそのまま翻訳して記事にした。私が雑談のなかで発した言葉が、武藤が「クロニクル」のライダー記者に語った言葉として報じられたのである。

 こうしてこの見出しが一人歩きする形で、武藤が戦術批判をしたことがまるで事実のように定着してしまった。

 8月25日に行われた次節のトットナム戦、私は祈るような気持ちで取材に出かけた。

 もちろん試合前にライダー記者を見つけて、猛然と抗議した。あれは君と私の間の話で、使わないでくれと言った部分ではないか。それを使わないどころか「孤立」という言葉を見出しにして、「戦術に抗議」とまで誇張したのはどういうわけだと詰問した。

 ライダー記者は、「前半に1トップを務めたジョエリントンも周囲との連係がなく苦労し、あの試合で武藤が孤立していたのは明白だった。だから武藤の率直な意見として読者に伝えたかったし、それはいいことだと思う」と言った。

 しかし「見出しはどうなんだ」と、私は強硬に言った。戦術批判とぶち上げているじゃないか、それが日本でもそのまま翻訳されて報道された。そこに現時点では元イングランド代表FWのダレン・ベントまでしゃしゃり出てきて、武藤批判がさらに大きくなった。この状況を作り出したのはあの見出しではないか、と。

 するとライダー記者は「その見出しをつけたのは俺じゃない。編集サイド(デスク)がつけた。それについては申し訳ない」と謝罪した。

トットナム戦後、武藤に謝罪 ブルース監督は「信じてくれた」

 トットナム戦で武藤はベンチにいた。あの批判記事が原因でスカッドから追放されるかもしれないと、背筋が凍るような予感もしたが、幸いそれはなかった。

 しかし強敵トットナムとのアウェー戦。武藤が主役となったネガティブな記事が出た直後の試合で大敗でもしたら、戦術批判の件が蒸し返されるかもしれない。ところが驚いたことに、ニューカッスルは規律の高い守りでトットナムの波状攻撃を跳ね返し続け、ジョエリントンがワンチャンスをものにして、前半を1-0で折り返した。

 ハーフタイムに、今度はニューカッスル広報と話をした。すると今回の武藤の戦術批判報道は、チーム内で全く問題になっていないという。1トップが孤立していたのは、あの試合で武藤だけではなかったし、誰の目にも明らかな事実だったこと。それに「スティーブ(ブルース監督)がヨシと直接話をした結果、監督がこの問題を不問に付した」というのだ。

 詳細は分からないが、一応、クラブ内では“問題なし”として決着しているという。

 となれば、後は私が直接、武藤選手に謝るだけだった。

 昨季はUEFAチャンピオンズリーグ決勝進出を果たし、素晴らしい新スタジアムが完成して今季のさらなる上昇を狙う強豪トットナムを相手に、アウェーで壮絶な1-0勝利を飾った試合直後、武藤は記者が選手を囲むミックスゾーンに現れると、すぐに我々を見つけた。そしてカラッと笑って開口一番、「今日は変なこと、書かないで下さいよ」と言った。その笑顔に勇気付けられ、私は「あの記事は全部俺の責任、申し訳ない」と謝罪した。

 しかし、やはり監督に査問されたという。監督室に呼ばれて事情を聞かれたらしい。もちろん英国人記者の取材に応じていない武藤には、記事の出どころは見当もつかない。「俺は何も言っていない」ときっぱり言うと、「監督が信じてくれた」という。本当のことだし、熱血漢の武藤のことだから、毅然と言い切ったのだろう。その態度には疑わしいところが全くなかったに違いない。しかし、なかには疑り深い監督もいて、こうした報道があれば次の試合でベンチ外に追いやるケースも少なからずある。ラッキーなことに、ブルース監督はそうではなかった。

 ただし、武藤にしっかり念を押された。もう日常生活には困らない程度の会話はできるが、自分はまだ英語で十分に自分の考えを表現できない。だから誤解を招くこともあるので、英語の取材を受けない。それなのに、自分の与り知らないところで勝手に翻訳されて、今回のように見出しが一人歩きするようなことが起きるのは「困ります」と言われた。

 全くその通りで、ぐうの音も出なかった。

武藤は「今日もいじられましたよ」と我々を笑わせてくれた

 すると目の前で、自分の倍くらいの年齢の記者がしょげているのが気の毒になったのか、武藤は「今日もいじられましたよ。試合が終わって、『ヨシ、今日の戦術はどうだった?』ってみんなに言われて」と言って、我々を笑わせてくれた。

 この次戦となった8月28日のリーグカップ、武藤はプレミアの中堅チームに成長したレスターを相手に今季公式戦初先発を果たし、初ゴールを奪取。PK戦の末に敗れたとはいえ、一番手のキッカーとして見事なPKも披露して、存在感をアピールした。

 さらには続く31日のワトフォードとのホームゲームも、1-1の緊迫した場面で後半37分から途中出場。戦力としてしっかり期待されている起用が続いて、幸いなことにここまで戦術批判記事の影響は見られない。

 しかし今回の報道で、日本の武藤ファンを心配させたことは紛れもない事実である。この場を借りて、大事なプレミア2シーズン目を迎えた日本代表FWを応援するファンの皆さんに、心から謝罪したい。

 西澤明訓、稲本潤一、川口能活が英国にやってきた2001年から今季でプレミア取材も19シーズン目となり、英国メディアの辛辣さ、激しさ、えげつなさを分かっていながらの今回の失態。自分の脇の甘さを猛省するとともに、今度の事件が結果的に”災い転じて福と成す”となり、今季のニューカッスルの躍進と武藤のゴールラッシュにつながってほしいと、切に願う次第である。(森 昌利/Masatoshi Mori)