今年2月に1000円から1200円にカット料金を値上げしたQBハウス。それにもかかわらず、客足は前年同月比でほぼ変わらなかった。この値上げが評価されて株価は5月7日には上場来高値の2663円を記録している。大和証券のアナリスト関根哲氏は「値上げが成功した理由は、大きく2つある」という――。
カット専門の理髪店QBハウスが、バンコクにも登場。料金は10分100バーツ(タイ・バンコク)。撮影=2006年4月29日(写真=時事通信フォト)

QBハウス値上げしても絶好調

ヘアカット専門店「QBハウス」を展開するキュービーネットホールディングス(以下、QB)の株価が、2019年5月7日に上場来高値の2663円を記録した。5月30日の終値は2310円で、1カ月弱で少し戻しているが、依然としてピーク時の約8.5割にとどまっている。市場に評価された理由は、2019年2月に行った値上げの成功だったと考えられる。

同社は、通常カット料金をそれまでの1080円から1200円に改定した。価格改定を行うことは2018年8月の時点で発表しており、その方針自体には多くの投資家が納得していた。ただ、値上げ後に見込み通り売り上げが伸びるかについては半信半疑だったため、動向が注目されていた。

果たして、値上げ後の2019年2〜3月の売り上げは、共に前年同月から12%伸びている。値上げ幅が約11%だったことを踏まえると、価格を上げたにも関わらず客数は一定だったと考えられる。

2カ月連続で値上げの悪影響が出なかったことを受け、多くの投資家がQBを高く評価し、同社の株価は2019年4月に入って大きく上昇した。

■ほかの1000円カット事業者より圧倒的に好立地

値上げが成功した理由は大きく2つある。

1つは、理美容業界では顧客がサービスを継続利用する割合が非常に高いことだ。

通常、約9割の顧客が同じ理美容室を継続利用する。つまり普通にサービスを提供していれば、顧客が不満を感じることが少ない業種だといえる。今回の値上げに不満を感じたとしても、他店舗に移るほどのものではなかったということだろう。

もう1つは、QBハウスの店舗が非常に好立地にあることだ。

約9割の店舗が駅や駅周辺の施設、ショッピングセンター内にある。こうした場所に店舗を構えられるのは、QBが鉄道会社やショッピングセンターのオペレーターと良好な関係を築いているからだ。

結果としてQBハウスは、ほかの1000円カット事業者より好立地で、駅周辺に店舗を構える大手理美容室よりもカット料金が安い。つまり、顧客がQBハウスに期待しているサービス内容を満たす事業者がほかにないため、客離れが起きなかったといえる。

■独自に運営する「ヘアカットの学校」の中身

QBが値上げに踏み切った理由は、従業員の待遇改善と、採用・育成の強化にある。理美容業界は平均年収が300万円台と低水準にあり、離職率も高い。同社は業界内ではまだ離職率が低い方だが、今回の待遇改善によって、さらなる離職率低下を目指す考えだ。

離職率が下がれば、スキルのある従業員が育ち、オペレーションの効率化につながる。それにより、多くの顧客にサービスを提供したり、新たな店舗を出店したりすることが可能になる。結果として、売り上げの拡大が期待できるというわけだ。

また、独自にヘアカットの学校を運営しているのも同社の特徴だ。この学校で、理美容業界での経験がない人の教育や、ライセンスを持っていながら業界を離れていた理美容師の再教育を行って、雇用につなげている。

特に注目に値するのが後者の取り組みで、理美容業界ではライセンスを持ちながら同業界から離れている人が7割に及ぶといわれており、そういった人材を再教育して雇用できれば、教育コストやスキルなどの面で多くのメリットがある。

現在、同社の新規出店ペースは年率5%ほどで、外食産業などに比べれば低い。しかし、アルバイトに頼ることのできない業種であることを考えれば、地に足が着いたペースと言える。今回の値上げによって離職を防ぐなど、学校を新しく作って採用ペースを上げることができれば、さらに出店ペースを高めることが可能になるだろう。これは非常に堅実な方針で、私個人としても高く評価している。

■カットの質が高いから海外でも強い

QBハウスは関東に300店舗強が集中しているのに対し、西日本は100店舗程度とまだ手薄だ。もともと東京でスタートした企業であるためこの偏りは当然だが、西日本にはそれだけ出店の余地が残っているともいえる。スキルのある従業員を安定的に確保できるようになれば、いよいよ西日本での出店が加速するだろう。

新たな収益の柱として、海外展開が好調であることも同社の強みといえる。すでに香港、シンガポール、台湾、ニューヨークなど、海外で合計100店舗以上を出店している。そればかりか、香港では業界1位につけ、2018年に進出したニューヨークでは、1店舗当たりの利用者数が日本の店舗平均とほぼ同じだ。しかも価格を物価に合わせて日本の倍に設定しているため、2倍の売り上げを記録しているのだ。

こうした成功を支えているのは、同社のサービスのクオリティにほかならない。海外には理美容師のライセンス制度がないため、サービスのクオリティは千差万別だ。そのためQBハウスの一定品質のサービスは、他店との大きな差別化要素になっている。

今後も台湾をはじめ、シカゴやサンフランシスコなどアジア人が多い地域なら、現在の勝ちパターンを生かして成功する可能性は高い。中国でも、深圳(しんせん)など香港に近いエリアには展開の余地があるだろう。

■女性やシニア層も呼び込み、さらに伸びる

女性客の取り込みが徐々に進んでいることも強みになる。

QBが女性客の獲得を積極的に進めてきたわけではないが、女性客の割合は一定ペースで増え続けており、現在は2〜3割が女性客だ。女性向けのサブブランド「FaSS」(Fast Salon for Slow Life)では、20分2000円でサービスを提供している。QBハウスと比較するとサービスの時間が倍になるが、価格も倍なので単価は変わらない。店舗は東京駅の八重洲口の地下や、東急線沿線の中目黒、二子玉川、自由が丘などにある。

今後、さらなる拡大の余地として考えられるのは、シニア向けサービスだろう。現在の顧客は現役のビジネスマンの比率が高く、シニアは15%程度にとどまっている。しかし、すでに香港やシンガポールで一定の成功を収めている予約システムなどをシニア向けに導入すれば、日本でも成功する可能性は高いのではないだろうか。

これまで増収増益を続け、来客数や店舗数を順調に増やしてきたQB。一方で2018年3月23日の上場以来、株価は2019年3月までは1600〜2200円を行き来し、そこからなかなか上がらずにいたのも事実だ。

その理由は、先に書いた通り2019年2月の値上げ後の動向を注視していた投資家が多かったこと、2018年第三四半期の決算内容があまりよくなかったことなどいくつか考えられるが、今回の値上げの成功が評価され、2019年4月以降の株価は上昇基調にある。

私は同社の経営方針や取り組みを見るかぎり、株価は今後さらに伸びると予想しており、今後半年程度を目途としたターゲットプライスを2800円に設定している。

(大和証券 アナリスト 関根 晢 構成=吉田洋平 写真=時事通信フォト)