狂おしく燃え上がる老人ホーム恋愛の末路
■要介護の老親の「恋愛問題」で悩む家族は多い
「父の女性問題で悩んでいるんです。話を聞いていただけませんか?」
30代の男性ケアマネジャーMさんは、担当した利用者の家族(長女Sさん)から、こんな相談を持ちかけられたそうです。
「Sさんの父親(79歳)は3年ほど前、奥さんに先立たれ、自宅マンションでひとり暮らしをしていました。Sさんを含む2人の娘がいます。姉妹は夫や子供がいて、どちらも父親のマンションから電車で1時間以上かかるところに住んでいますが、交代で週に1度は訪問するようにしていたそうです。すると、だんだん父親の言動に首をかしげるようなことが多くなってきた。医師を訪ねたら診断は軽度の認知症。要介護認定をすると要支援2と判定されました。姉妹としては、そんな父親を自宅でひとりにしておくのは心配だし、といって頻繁に訪ねることもできない。そこで父親と相談の上、サービス付高齢者住宅に入居してもらうことにしたんです」
サービス付高齢者住宅(サ高住)は「介護の必要があまりない比較的元気な高齢者のための施設」です。要介護度の高い人が入所する老人ホームには介護職員が数多くいて、食事や入浴、排せつなど生活全般の介助を行いますが、サ高住にはそうした職員は少なく、入居者は自分の居室で自立した生活を送ります。
もちろん高齢者が生活するうえでの配慮は行き届いています。施設はバリアフリー化され、より安全に暮らせるようになっている。日中は介護に関する専門知識を持ったスタッフが常駐し、安否確認や生活相談をしてくれますし、食事の提供もある。つまり、サ高住は高齢者の利便性を考えた賃貸住宅といえます。
また、他の高齢者施設に比べ入りやすいのも魅力です。「有料老人ホーム」の場合、多くは数百万円の入居費が必要です。一方、「特別養護老人ホーム」は入居費はなく、月額利用料も数万円と安価ですが、原則的に要介護3以上でないと申し込めず、地域によっては順番待ちで待たされるといったハードルがあります。
サ高住はそれがありません。Sさんが入居したサ高住は家賃に水道光熱費や食費、管理費、各々で受ける介護サービス代を含めても年金でまかなえる額だそうです。
▼79歳老父の告白「親しい女性ができた」
経済的ハードルもクリアでき、父親が自宅でひとりぼっち状態も解消できた。認知症の症状が出始めた父親もサ高住にいれば見守りはしてくれるし、何か不測の事態が起こっても対処してくれるはずです。ひと安心のSさんでしたが、予期せぬ事態が発生したようなのです。
入居して半年ぐらいたった頃、父親から「親しい女性(75歳)ができた」と打ち明けられたそうなんです。
「Sさんは一瞬、驚いたものの“まあ、いいか”と思い直したといいます。父親は妻(姉妹にとっては母親)を亡くした後、ひどく落ち込んだそうです。そんな父親がその女性のことを語る時、それまで考えられなかったほど生き生きとした表情をして、認知症の症状も感じられなかったそうです。聞けば、相手の女性も数年前に夫を亡くしていて、倫理的にも問題はない。親が異性に心を奪われること自体、許せないと感じる人はいますが、Sさんはそういうタイプではなく、“お父さんが元気になるのなら、それもいい”と思ったそうです」(Mさん)
■「お父さんなあ、この人と一緒に暮らそうと思っているんだ」
妹さんにもその報告をしましたが、特に異議はなかったとのこと。この時は、姉妹ふたりとも“いい茶飲み友達ができた”という認識だったようです。
ところが、そんな穏やかなレベルでは収まりませんでした。
ある日、Sさんが父親の部屋を訪問するとその女性がいて、昼間から一緒にお酒を飲んでいました。カップルならではの親密な空気が流れていたそうです。しかも、動揺するSさんに、父親は衝撃的なひと言を放ちました。
「お父さんなあ、この人と一緒に暮らそうと思っているんだ」
Sさんは驚きで声も出なかったようですが、親の心子知らずならぬ子の心親知らずで、父親は続けざまにこう言ったそうです。
▼「この人の手料理、おいしいんだ」「この人と籍を入れようと思う」
「この人の手料理、おいしいんだよな」
「今はまだ、この人も自分の部屋の契約を継続しているんだけど、一緒に住むことになれば、その家賃が節約できるだろ。ここの規則によれば、同居できるのは夫婦なんだよな。だから、この人と籍を入れようと思っているんだ」
Sさんは信頼しているケアマネのMさんに「この話を聞いた瞬間に頭に浮かんだのは“後妻業”です」と告白しました
2015年、京都で高齢男性と結婚しては相手を殺し、遺産を得るということを繰り返していた女が逮捕されました。いわば資産を狙った計画殺人です。ちょうど同じ頃、『後妻業』という小説が刊行され、映画化されるなど話題を呼びました。どうやらSさんはそれを思い出して不安になり、対処の仕方をケアマネのMさんに相談したわけです。Mさんはこう振り返ります。
「私も施設に勤めた経験があり、高齢者同士の恋愛模様はずいぶん見てきました。世間の人たちは年老いたら枯れると思っているかもしれませんが、それは大きな誤解です。生きている限り性欲はあるし、異性を求めるものなんです」
「私が見てきたケースに資産狙いというのはなくて、好きで一緒にいたいというものばかりでした。恋愛感情に燃えているふたりのところに第三者が割って入り、何か言ってもどうにもならないじゃないですか。だから、私たちもどう対処していいか分からないというのが正直なところです。ただ、籍を入れるとなると話は別です。遺産相続の問題が生じますからね。ですから、Sさんには“籍を入れるのはおすすめできません。反対したほうがいいと思います”とアドバイスしました」
■高齢者の恋愛はハッピーエンドにはならない
では、内縁関係の場合、相続問題は起きないのでしょうか。
内縁とは、一緒に生活しているなど事実上は婚姻関係にあるものの、婚姻届が未提出で、法律上では配偶者として認められていない妻や夫のことです。内縁関係の場合、財産分与などの権利は発生しますが、相続権は発生しません。つまり内縁の妻は法定相続人と認められていないのです。
ただし注意は必要です。
内縁関係になると「もしものことがあったら、私に少しは遺して」などと言って遺言書を書かせる可能性があるからです。小説『後妻業』に登場する女性も公正証書遺言を内縁男性に書かせることで遺産をわが物にしていました。遺産目当てで異性に近づく人はそうした悪知恵が働くのです。だから「相続問題でもめるのは嫌だから、安易に遺言書なんか書かないで」と恋愛を楽しむ親にクギをさしておくことも必要です。ただ、好きな相手にそんなことを言われたらつい書いてしまうのも人間で、それが原因で、あとでトラブルになるケースもあります。
▼相手への執着心でストーカー化するケースも
ケアマネのMさんは、相談者のSさんにもうひとつアドバイスしたそうです。
「私が見てきた高齢者の恋愛で、ハッピーエンドで終わったケースは残念ながらほとんどありません。人生の最後で見つけた相手という思いがあるのか、執着が強いからです。どちらかが執着心に駆られるとふたりの間に温度差が生じトラブルに発展する。ストーカーのような異常行動に走る人もいます。ですから、籍は入れない、遺言書も書かないということをお父さんに言ったうえで注意深く見守っていてください。時間が問題を解決してくれる可能性はあります。そう伝えました」
今後、高齢者の増加に比例して、こうした恋愛問題も顕在化していくでしょう。身近でそうしたことが起こっても慌てないよう、子供世代は心の準備をしておいたほうがよさそうです。
(ライター 相沢 光一 写真=iStock.com)

