東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 公式サイトより

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■地味でも汎用性あり

やっとの決定である。昨年9月の白紙撤回から約8カ月。4月25日、ようやく2020年東京五輪・パラリンピックの新エンブレムが決まった。最終候補4作品のうち、有力視されてきたA案の「組市松紋(くみいちまつもん)」だった。この一連の騒動は何だったのか。なぜ、こんなに時間とカネがかかったのか。

「本当に皆様、長らくお待たせしました」と、東京五輪・パラリンピック組織委員会・エンブレム委員会の宮田亮平委員長(文化庁長官)は切り出した。「探して探して、大切なものをようやく見つけたという印象です。シンプルでよい、日本の伝統、粋を感じる、クールな印象といったポジティブな意見が多数ございました。もっとも、地味である、目がチカチカするといった意見もありました」

結局、4点の最終候補作品のうち、アーティストの野老(ところ)朝雄さんの作品に決まった。最終候補は、1月の審査で選んだ候補4点のうち3点が、次点4点のうち2点が商標調査でそれぞれ除外され、一度落選しながら繰り上げられた1点を加えた4作品となっていた。どの作品が繰り上げ分かなど具体的な選考過程の説明はなされなかった。

ただエンブレム委員会がずっと選考作業に関わっていたわけだから、ふつうに考えれば、1月の候補4点から唯一残った作品が、もっとも票(13票)を集めたA案だったとみるのが妥当だろう。

長く愛されるエンブレムの条件は「シンプルなデザインと明確なコンセプト」である。さらには商業的に多目的に利用できる汎用性(いろんなところで使える使いやすさ)を考えると、地味ながら、藍色一色で左右対称の「組市松紋」が一番無難だったということになる。「日本らしさ」「多様性と調和」などのコンセプトも悪くない。

■「透明性」最優先

今回のエンブレム選考は「透明性」に腐心し、慎重に進められた。とくに類似などの指摘がないよう、商標調査に神経をとがらせてきた。なぜかといえば、当初採用のデザイナー佐野研二郎さんによる旧エンブレムが「盗作疑惑」で撤回されていたからである。組織委として、もう同じ失敗は繰り返すことができない。いわばマイナスからのスタートだったから、選考作業では徹底的な商標調査を実施し、これほど時間を要することになった。 

エンブレム委員会は15回も開催された。その間、商標調査ではねられた作品は多々、あった。この日の最後のエンブレム委員会で公開された冒頭部分の各委員の発言は興味深いものがあった。夏野剛委員は言った。

「ここにくるまで、もっとインパクトがあったんだけど、やっぱりちょっと類似があるよねとか、もっとデザインとしては日本的に美しいんだけど、類似でダメだったよねといったことが数多くあった」

これに宮田委員長が続く。「そういえば、夏野委員が、類似作品があるので、涙をのんで、ある作品を落とさざるをえなかったという発言をしたこともありましたね」と。

インターネット時代だからだろう、最終候補の4作品の公表もネットによる批判を意識したものだった。あるエンブレム委員は「まあ、今日まで(ネットで)炎上しなかったので、ホッとしています」と本音を漏らした。

東京五輪組織委の武藤敏郎事務総長は発表会見で国民の「参画」を何度も強調した。新たなエンブレム選考では、応募条件を大幅に緩くして1万4599点もの作品を集め、度重なる選考作業で4つの最終候補作に絞って公表し、10日間、一般の人々からインターネットやはがきで意見を吸い上げた。意見や評価を参考にすることもあろうが、公表の大きな目的は批判や「盗作」「模倣」の疑念を事前に避けるためだったであろう。

■スポンサーへのダメージは

それにしても、旧エンブレムの撤回では約1億円の関連経費が無駄になったといわれ、今回の新エンブレムの商標調査などには8000万円以上の経費がかかる見通しとなっているそうだ。この莫大な出費、労力、時間は何だったのだろう。

とくにダメージを受けたのは、エンブレムを独占的に宣伝活動に使う東京五輪・パラリンピックのスポンサーたちだったであろう。あるスポンサーは「もっと早く決めてほしかった」とぼやいた。

武藤事務総長は会見で「確かに(エンブレム使用に)ブランクが生じたということについては、国民のみなさま、それからスポンサーのみなさまに大変申し訳ないと思っております」と言った。 

会見終了後、しつこく、「スポンサーへのダメージ」について聞くと、こう答えた。

「もちろん、(スポンサーの)みなさん全員にご説明して、了解いただいております」

いろんな意味で五輪の歴史において異例のエンブレム選考となった。もっとも一番大事なことは、この新エンブレムが今後50年、100年と、人々に愛されていくものになるのかどうかである。

そのためにはまず、新エンブレムがいろんなところでたくさん使われていくこと、日本が東京五輪パラや新エンブレムを通し、世界に何を発信していくのかがポイントとなる。

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松瀬 学(まつせ・まなぶ)●ノンフィクションライター。1960年、長崎県生まれ。早稲田大学ではラグビー部に所属。83年、同大卒業後、共同通信社に入社。運動部記者として、プロ野球、大相撲、オリンピックなどの取材を担当。96年から4年間はニューヨーク勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。日本文藝家協会会員。著書に『汚れた金メダル』(文藝春秋)、『なぜ東京五輪招致は成功したのか?』(扶桑社新書)、『一流コーチのコトバ』(プレジデント社)など多数。2015年4月より、早稲田大学大学院修士課程に在学中。

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(松瀬 学=文)