たかじんさん長女「本当に父を愛していたなら、家族を貶める本など書かせないはず」
「父の携帯に連絡しても返事がなく、マネージャーのKさんに連絡しても『今は誰にも会いたくないと言っています』と言われていました。だから、父から連絡が来るのを待っていたんです。たしかに、普通の親子関係ではなかったかもしれません。でもお互いを想う気持ちは、他の家と変わらなかった。口でどう言おうとも、それは私と父にしかわからない想いなんです。なのに、なぜ他人がとやかく言えるのでしょう……」
彼のがん発覚以降、これまで本誌は3年近くに渡って親族へ取材を重ねてきた。そこで彼らが語っていたのは、ぶっきらぼうながらも親族への愛情を忘れない彼の姿だった。実母は19歳のとき父親に勘当されてから親子の縁は切れてしまったといわれているが、がん発表後の12年1月には「私の喜寿のお祝いを兄弟みんな揃ってやってくれたりしたんですよ。普段は音信不通で連絡もありませんよ。どこに住んでいるのかもわからない。でも、親孝行なんです」と語っていた。だが実母が訃報を知らされたのは死の4日後。母は『なんで言ってくれんかったんや』と泣き暮らし、無念のまま今年5月に息を引き取った。
2002年のテレビ番組でHさんからの「良くも悪くも親子は似るんだね」という手紙を読み上げられた際も涙を流していた、たかじんさん。だが、なぜか遺言書には“Hさんに遺産を相続させない”旨が。また『殉愛』では『(Hさんと)親子の縁を切る!』と語っているが、いっぽうでHさんにがんを伝えようとしていたふしもあった。Hさんがこう語る。
「もし彼女が本当に父を愛していたならば、たとえ父が何と言おうと、最期は家族と会わせようとするのではないでしょうか。そして父が亡くなった後、その家族を貶めるような本などは決して書かせないと思います」

