【コラム】パク・ジェボムという男の子 ― チャン・ウチョル

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ジェボム君と呼ぼうとしたら、ここが学校のような気がしてきたので、ジェボムさんと呼ぶことにしたが、やはり少し照れくさい。例えるとしたらジェボムさんは、隔週に1回くらい付き合いの飲み会に新しく入ってきた男の子のような感じだ。一瞬にして姉さんたち全員に可愛がられ関心を独り占めにするけれど、かといって兄さんたちに毛嫌いされない、なぜかそのような状況が思い浮かぶ。端的に、「弘大(ホンデ)無法者」で見せてくれた姿のせいかもしれない。そこでジェボムさんは、不器用過ぎる兄さんたちを喜んで呼び集めては一緒にクラブへ向かう末っ子であり、そのような可愛い末っ子を先立たせる兄さんたちの気持ちは、言わなくてもわかるだろう?……どうしようもないダジャレはここまでにしよう。

新曲「JOAH」と「Welcome」を聞いた。良かった。これまでのパク・ジェボムの歌と同じくらい良かった。どうすればこのように毎回新鮮になるのだろう。ジェボムさんの新しい歌を聞けば、何かが戻って元の所に置かれるという気がする。たぶん、いつも新しく始める歌だからだろう。彼女を初めて目にした瞬間であれ、初めてベッドに連れ込んだ瞬間であれ、パク・ジェボムはいつもその“始まり”を集めておくのだろう。これまであの女性この女性と色々付き合ってみたが、君みたいな女性は初めてだというのが変わらぬ立場で。女慣れした男性のいつものお決まりの手法ではなく、少年の無垢な素直さに聞こえるという事実が(同じ男として少し荒唐ではあるが)、新しい。

どきどきすると胸が高鳴ると言うが、それは言葉がそうであるだけで、その根底には足りないところなどまったくない男の子がいる。カフェでケーキを頼んで微笑んでいたかと思えば、ベッドでも同じく微笑んでいそうな普通の少年たちとパク・ジェボムは、男としてそれほどにも違うということだろうか?「君と話したくて、韓国語を習ったんだ」(「Girlfriend」) と甘く始めたかと思えば、「布団かけないでおこう/僕は君の体が見たい」(「Welcome」)と最後まで押し切る。

本当に歌詞を書くのが上手である。ただいやらしい歌詞を書いたからではない。韓国語へのアプローチの仕方が違うからだろうか?素直に書くというのがいつも良い方法であるのは間違いないが、それ以上を表現するのは全体的に詩的な感受性である。「頭から爪先まで」というありきたりな表現も、必要不可欠な言葉のように証明してしまうボーカルなので申し分ない。昆虫の羽のように薄いが、それにも関わらず絶対に破れずゆらゆらとしなやかなボーカルは、パク・ジェボムならではのものである。

そのような中で、いつの間にか“19禁”はパク・ジェボムの付き物になった。ジェボムさんがアイドル出身だという点は、言葉の波長を結構激しいものにしている。私はただそれを、楽しみながら見据えている。一方では、応援したくなるとでもいうのか?こんな振り、あんな振りをたゆまずやった挙句、結局は“いい子”として残ってしまう、退屈極まりないコンセプトの洪水の中で、パク・ジェボムは明確に異なる。「SNL KOREA」はそのまた違う中心だ。これほどにも赤裸々にトイレットペーパー(ティッシュではなく)を写すのである、もう参った、である。降伏して笑うしかないだろう。

“19禁”という言葉を、“19可”に訂正すればよりクールではないかと思った。19歳以下には禁じる、ではなく、19歳以上なら可能なので、思う存分楽しめ、という意味で。韓国は格別に高らかな“健全”である教育熱のため、大衆文化の色んな側面が過剰に抑圧されたりもする。成人が当然楽しめることたちを、成人たち自らがタブーとするのは、実は矛盾なのにである。そのような面で、ジェボムさんの役割と言えば役割でもある。あ、これをこうすべきだとか、そういう話ではない。テレビをつけてネット上を彷徨い、ありとあらゆる芸能ニュースに接する日常の中で、ただパク・ジェボムが与える妙なエネルギーが好きなだけである。