【コラム】パク・ジェボムという男の子 ― チャン・ウチョル
どきどきすると胸が高鳴ると言うが、それは言葉がそうであるだけで、その根底には足りないところなどまったくない男の子がいる。カフェでケーキを頼んで微笑んでいたかと思えば、ベッドでも同じく微笑んでいそうな普通の少年たちとパク・ジェボムは、男としてそれほどにも違うということだろうか?「君と話したくて、韓国語を習ったんだ」(「Girlfriend」) と甘く始めたかと思えば、「布団かけないでおこう/僕は君の体が見たい」(「Welcome」)と最後まで押し切る。
本当に歌詞を書くのが上手である。ただいやらしい歌詞を書いたからではない。韓国語へのアプローチの仕方が違うからだろうか?素直に書くというのがいつも良い方法であるのは間違いないが、それ以上を表現するのは全体的に詩的な感受性である。「頭から爪先まで」というありきたりな表現も、必要不可欠な言葉のように証明してしまうボーカルなので申し分ない。昆虫の羽のように薄いが、それにも関わらず絶対に破れずゆらゆらとしなやかなボーカルは、パク・ジェボムならではのものである。
そのような中で、いつの間にか“19禁”はパク・ジェボムの付き物になった。ジェボムさんがアイドル出身だという点は、言葉の波長を結構激しいものにしている。私はただそれを、楽しみながら見据えている。一方では、応援したくなるとでもいうのか?こんな振り、あんな振りをたゆまずやった挙句、結局は“いい子”として残ってしまう、退屈極まりないコンセプトの洪水の中で、パク・ジェボムは明確に異なる。「SNL KOREA」はそのまた違う中心だ。これほどにも赤裸々にトイレットペーパー(ティッシュではなく)を写すのである、もう参った、である。降伏して笑うしかないだろう。
“19禁”という言葉を、“19可”に訂正すればよりクールではないかと思った。19歳以下には禁じる、ではなく、19歳以上なら可能なので、思う存分楽しめ、という意味で。韓国は格別に高らかな“健全”である教育熱のため、大衆文化の色んな側面が過剰に抑圧されたりもする。成人が当然楽しめることたちを、成人たち自らがタブーとするのは、実は矛盾なのにである。そのような面で、ジェボムさんの役割と言えば役割でもある。あ、これをこうすべきだとか、そういう話ではない。テレビをつけてネット上を彷徨い、ありとあらゆる芸能ニュースに接する日常の中で、ただパク・ジェボムが与える妙なエネルギーが好きなだけである。
