都市の変遷と文化の蓄積を感じる世界遺産「イタリア・ナポリ歴史地区」をぶらり旅 【まいにちイタリア語】
古代ローマの遺跡からルネサンス芸術、雄大な自然景観など、「世界遺産」の国別登録数ランキング第1位を誇るイタリア。『まいにちイタリア語』テキストの連載「ITALIA ぶらり世界遺産めぐり」では、ミラノ在住のフリーライター・奥本美香さんがイタリア各地に点在する世界遺産を豊富な写真とともにご紹介しています。
今回ご紹介するのは、イタリア南部に位置するカンパニア州の州都ナポリの旧市街地で、1995年に世界遺産に登録された「ナポリ歴史地区」です。
※本記事はデジタルマガジン向けに編集しています。
『まいにちイタリア語 2026年4月号』書影
何世紀もの文化が息づく街並み
ナポリ歴史地区 Centro storico di Napoli
ナポリは、古代ギリシャの植民都市ネアポリスを起源とし、古代から近代にかけて多様な支配と文化が重なって形成された都市である。細い通りが張り巡らされ、歴史的建造物が密集する街並みには、都市の変遷と文化の蓄積が一目で感じられる。
スペイン地区
細い路地に暮らしと情熱があふれるナポリの下町「スペイン地区」。
スパッカナポリ
ナポリの心臓、スパッカナポリ。建物が密集する旧市街を一本の道が貫く。
サン・グレゴリオ・アルメーノ通り
(写真左)スパッカナポリから一本入ったサン・グレゴリオ・アルメーノ通り。プレゼーペ工房が軒を連ね、伝統と遊び心あふれる職人文化が今も受け継がれる。/(写真右)聖夜を描いたクリスマスの飾り物「プレゼーペ」。
13世紀にフランス王家の分家アンジュー家が築いた王城兼要塞。ナポリ王国の権力と歴史を象徴する。
ウンベルト1世のガッレリア Galleria Umberto I
19世紀末に建設された豪華なアーケード商店街。ガラス天井と鉄骨構造が美しく、ショッピングや散策の名所。
1737年開場のヨーロッパ最古級の歌劇場。豪華な内装と優れた音響で、ナポリの文化と芸術を体感できる。
王宮 Palazzo Reale
ナポリ王宮は17世紀に建てられたブルボン家の宮殿。ナポリ王国の政治と文化の中心として栄えた。
プレビシート広場 Piazza del Plebiscito
中央にサン・フランチェスコ・ディ・パオラ聖堂が立ち、王宮と向かい合う。王権・宗教・市民が交差する象徴的な広場。
サンタ・マリア・アッスンタ大聖堂(ドゥオモ)Cattedrale di Santa Maria Assunta
13世紀創建の大聖堂。守護聖人サン・ジェンナーロの聖遺物をまつり、干からびた血液が液化する奇跡で信仰を集める。
卵城 Castel dell’Ovo
ナポリ湾に浮かぶかつての要塞。
◆ご当地ミニ情報ナポリで愛される道化師“プルチネッラ”
プルチネッラは16世紀頃、ナポリで生まれた道化のキャラクター。白い服に黒い仮面をつけた太鼓腹のユーモラスな姿が特徴で、仮面による即興劇「コメディア・デラルテ」に登場する。皮肉屋でありながら憎めない性格で、日常の失敗や不運を笑いでかわす、ナポリ庶民の精神を映す存在。街角の装飾や土産物にもその愛らしい姿を見ることができる。
エッセイ 人情の街、ナポリでの酸っぱい体験
ナポリに来たら、このエリアに滞在してみたいと思っていた。細い路地に店がひしめき、人々が誰彼かまわず「Ciao!」と声を掛けてくる「スペイン地区」。建物の間につるされた洗濯物の下をバイクがすり抜ける雑多さこそ、この街の魅力だ。
たどり着いたB&B は古い建物の2階。エレベーターこそないが、室内には最新式の家電が揃う。ただ家主が「窓が壊れていて閉まらないんだ」と言う。「少し値引きしてくれたら問題ないですよ」と冗談を言ったが、かわされた。けれど、窓が開きっぱなしのほうが街の空気を吸える気もする。
ベランダに出ると、真下の通りは人であふれ、フリットの匂いが漂う。向かいの家の洗濯物が風に揺れ、ナポリの熱気が押し寄せる。
荷物を置き、スパッカナポリへ。ナポリの街を東西に真っ二つに切り裂くように見えることから名付けられたこの細い通りには教会やカフェ、土産物店が並び、猫がひなたぼっこしていた。観光地でありながら、生活がむき出しなのが面白い。
少し歩くと、かっぷくのよいおじさんが身振り豊かにリモナータを売っていた。19世紀頃、旧市街では、地下から多様な湧き水が得られ、「アクアフレスカイ」と呼ばれる人たちが水がめで水をくみ、屋台で売っていた。硫黄分や鉄分豊富な水が人気で、よく冷えた水にレモン汁を落として提供された。今のリモナータもその延長にあるように思えた。
看板には「Limonata Fresca」。そして「... cosce aperte」の文字を見て、スーパーで見た太もも(cosce)の名をもつ洋梨pere coscia を思い出し、「太ももみたいな大きなレモン」を連想して注文。
おじさんはコップにレモンを搾り、豪快に炭酸水を注いで「準備はいいかい?」と盛り上げる。そこに謎の粉をスプーン山盛り1杯放り込み、私の口元へぐいっと差し出した。炭酸が弾け、鼻までリモナータが入り、コップから泡がこぼれる。
「早く飲んで!」の声に押され一気に飲む。レモンの酸味が舌を締め付け、遅れて甘さが追いかけてくる。まるで「ナポリへようこそ!」と言われているようだった。
粉の正体は重曹だ。おじさんは看板の「a cosce aperte!」を指さして笑っている。そうか、脚を開いて飲めばよかったのだ。なぜ洋梨など思い出したのか……。
びしょ濡れの靴で歩いていると、店先のプルチネッラの人形がとぼけた顔でこちらを見ている。貧乏で皮肉屋、でも憎めないナポリの道化師。失敗を笑い飛ばし、不運すらユーモアに変えてしまう象徴だ。
日が傾き宿へ戻る。ドアを開けると、窓をぎりぎりまで閉めたはずなのに、フリットの香りが外気と一緒に流れ込んでいた。この日、私は街のすべてを受け入れ、ナポリの香りに包まれて眠りについた。
炭酸とレモンが激しく泡立つナポリ名物リモナータ。脚を大きく開かないと、噴き出す泡で靴がずぶ濡れになる。
まさか、ナポリにドラキュラが眠る?
ナポリ旧市街を歩くと、白い日差しに照らされた石畳の向こうにサンタ・マリア・ラ・ノーヴァ教会がひっそり姿を見せた。観光客の喧噪(けんそう)から半歩離れただけなのに、空気がふっと冷たく変わる。ここに「ドラキュラの墓」があると聞いたときは、さすがに耳を疑った。まさかあの吸血鬼?
好奇心に勝てず教会へ足を運ぶと、本当にあった。石棺が重々しく横たわり、ワラキア公国の君主ヴラド3世の名が刻まれた像と、その解説が添えられている。
この王は、残忍な「串刺し公」として恐れられた。15世紀、外敵に囲まれた小国ワラキアを狂気すれすれの戦術で守り、敵国の大軍を退けた。英雄か悪魔か。その評価は時代と地域によって揺れ動き、やがて伝説は国境を越えて、ヴラド3世の逸話に怪物としてのイメージが加わり『ドラキュラ』へと結晶する。怪物に話題を奪われ続けるのは、王として複雑だったかもしれない。「串刺し公」より「不死の貴族」のほうがまだ聞こえはいいにしろ、どちらにせよ人前には出づらい。
だが、なぜ彼がここに?
その答えが“ナポリ埋葬説”だ。一説では、戦死したと思われていたヴラド3世は実はトルコで捕虜となり、娘の助けで解放され、彼女と共にイタリアへ渡ったという。娘はナポリの貴族に嫁いでいたとも、貴族の家に迎え入れられていたとも伝えられ、父亡きあとこの地に葬ったとされる。真偽は不明だが、石棺の異国風の模様や近年の研究が後押しし、教会側も静かに受け入れている。
石棺の前でふと想像する。灼熱のナポリに、もし本当にヴラド3世が眠っているとしたら。太陽がぎらぎら照りつけ、教会の十字架がそこかしこにあり、街中のピッツェリアからはトマトソースとにんにくの匂いが漂っている。吸血鬼にはあまりに過酷すぎる環境ではないか。
かつて恐怖の象徴だった王も、この街の陽気さに丸められ、どこか人間的に見えてくる。ナポリの太陽は吸血鬼の影さえ、少し可笑(おか)しく、そして柔らかくしてしまうのかもしれない。
陽光に照らされた回廊に、異国風の石棺(左奥)と像がたたずむ。伝説のドラキュラのモデルとされるヴラド3世が、ここに眠っているのかもしれない。
文・写真 奥本美香おくもと・みか。滋賀大学経済学部卒業。ミラノ在住フリーライター。ガイドブックや旅行関係の会員誌、Webメディア「未来コトハジメ」(日経BP)など多様な媒体において執筆。近年はSDGsや食のトレンドについて企業向けリサーチも行う。イタリアの食と旅をブログ「私のタビタリア」につづる。著書に『イタリアぐるっと全20州おいしい旅』(産業編集センター)、『イタリア世界遺産の旅』(書肆侃侃房)がある。
◆『まいにちイタリア語』2026年4月号「ITALIA ぶらり世界遺産めぐり」より
◆文・写真 奥本美香
