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 お笑いタレント明石家さんま(70)が、13日放送のMBSラジオ「ヤングタウン土曜日」(土曜後10・00)に出演し、肺炎のため9日に86歳で死去した女優の中村玉緒さんをしのんだ。

 さんまは先日、元妻・大竹しのぶの息子・二千翔さんの子供と対面したことを明かし、その後に玉緒さんの訃報を聞いたため「そんな出会いもあって、その時に玉緒さんが亡くなられてとか、不思議な俺の周りの人間たちの入れ替わりみたいなのものがあんねんなと思って」としみじみと語った。

 しかし「玉緒さんはかなり何年も前から、施設の方にいらっしゃったんで。何年か前から、つもりはできていたんで、娘さんから連絡いただいた時には、あ、そうですかという感じでな。心にポカンと穴が開いたような感じになって」と明かした。

 また、さんまは「ただ、俺が施設に行かなかったのは、“さんま・玉緒のお年玉!あんたの夢をかなえたろか”という番組、お母さん大好きなんです。終わるたびに“次、いつでっか?”」と聞かれたと言い、施設に入った当初も、事務所に連絡があったほどだったと明かした。「というのは、着物を毎年、出演のためにお作りになっていたんです。その着物を1年に1度、着るのが、お作りになるのを楽しみに…」していたため、さんまが行くのは「ダメですってなっていたんですよ。実は」と語った。

 玉緒さんは携帯電話も持っていなかったことから「それから連絡がなく、情報だけ入れさせていただいていて」と語った。さらに、「あんたの夢をかなえたろか」を思い出さしてしまうのは、と思ったり、さんまの顔を見て「わからなかったらどうしようとか…。他の人にお会いなっても、凄い世話になった人も思い出せなかったらしいんで、この1年。行くのは逆に悪いのと、弱っている玉緒さん見るのもイヤやし…」と行かなかった理由を明かした。

 最後に「お母さんには散々お世話になって、本当に頑張ってくれて。俺、笑いの神が住みついたというのは2人。内山信二と中村玉緒さんだけには。この2人は、ロケに行ったらとんでもないアクシデントが起こるんです、自然と。狙いでやらずに…こんなおもろいこと起こるか、っていうくらい2人は。笑いの神っていうのは、計算しないところに住み着くねん。玉緒さんは(神が)逃げなかった、ずっと。お母さん亞、どうもありがとうございました。もう感謝しかありません」と語った。

 玉緒さんとさんまは、TBS「さんまのSUPERからくりTV」などで共演。さんまは玉緒さんの天然ボケで天真爛漫なキャラクターを見出し、「お母さん」と呼ぶなど、名コンビとしてお茶の間に愛された。

 玉緒さんは1939年7月12日生まれ、京都府出身。歌舞伎界の名門「成駒屋」の出身で、父は二代目中村鴈治郎、兄は四代目坂田藤十郎という芸能一家に育った。1953年に映画デビュー。その後大映に入社し、映画「銭形平次捕物控」シリーズや「赤堂鈴之助」シリーズなどに出演。「ぼんち」などでブルーリボン賞助演女優賞を受賞した。1962年に勝新太郎さんと結婚後は、ドラマやバラエティー番組でも親しまれた。