【内田雅也の追球】「常識外」盗塁の意味
◇セ・リーグ 阪神0─2広島(2026年5月15日 甲子園)
阪神・高寺望夢の盗塁には驚いた。0―2の9回裏1死、この夜チーム初の四球で出塁。続く森下翔太の初球に走り、二塁を奪ったのだ。
差は2点。セオリーからすれば盗塁は自重すべき場面である。それでも敢然と走り、二塁は余裕でセーフだった。
投手・栗林良吏の癖を見抜いていただろうか。投球が緩いカーブと読んでいただろうか。
盗塁について、高寺は「すみません。非公開でお願いします」、外野守備兼走塁チーフコーチ・筒井壮は「作戦ですから何も言えません」とノーコメントだった。
闘将と呼ばれた西本幸雄は「打線が低調で膠着(こうちゃく)状態にあるとき、時には常識外と思える作戦で動かすことだ。無謀に見える作戦から打線が活気づくことがある」と話していた。
知将と呼ばれた三原脩は早大時代、早慶戦で決めた本盗が<運を呼んだ>と著書『風雲の軌跡』(ベースボール・マガジン社)に記している。飛田穂洲に「定法外れ」と指摘されたことを受け<私の野球原点がここにある。飛田さんのいう「意表に出る」「定法外れ」がそれである>。
この夜は栗林の前に1安打ゼロ行進。突破口を開くためのギャンブルだったのだろうか。
監督・藤川球児は「勝手に走ったんじゃないですか」と言った後、不屈の姿勢を説明した。「集中力高くやっていますから。作戦としては一つ、そうですけど、でも相手に勝とうとするということを最後までやっていかないといけませんから」
1死二塁。一発同点の期待のなか、森下の一打は遊ゴロ。二盗のおかげで併殺はなかった。続く佐藤輝明の一打は中飛に終わり、万事休した。
今季、12球団で唯一なかった零敗を39試合目で喫した。それほど栗林は良かった。速球は平均で143キロほどだが、緩いカーブに小さな変化のカッター、フォークに手を焼いた。打者30人で投球数120球。1打席4球平均で打ち取られた。
そんななか、高寺はよく食らいついていた。打席ごとの被投球数は5、6、6、7で計24球。最後の打席でこの夜唯一の四球を奪ってみせた。そして、あの二盗である。
寂しい1安打零敗のなか、最後に見せ場はあった。得点にはならなかったが、今後に向け、盗塁には意味があったと書いておきたい。 =敬称略= (編集委員)

